第3話 借金完済と謎の少年


「だから、借金完済だっつってんだろーっ!!」


「そんな馬鹿なっ、どうやったら金貨一千枚も手に入るんだよっ、おかしいだろっ!!」


 金貸しのカウンターでキャン×キャン吠え合う二人。


 カウンターの外にはオレンジ色の髪をした少女ドリア。中には茶色い髪をした大柄な男性、名前をスチュアート。

 彼はかねてからドリアに好意を抱き、手に入れるチャンスを虎視眈々と狙っていた。

 だから、ドリアの父親が保証人になるならば、いくらでも金を貸していたのだ。

 結果、金貨一千枚以上。この街の平均収入が月に金貨三枚あたりな事を思えば、その金額の高さが分かるだろう。


 どう足掻いても返済は不可能と思われた。


 しかし、ドリアの父親は魔物を狩りまくり、月に五十枚近くの金貨を稼ぐ。冒険者登録をしたドリアも手伝って、後数年もしたら全額返せる勢いだった。

 だが運の無い事に、ドリアの両親は馬車の事故で亡くなり、途方に暮れる彼女を慰めながら、スチュアートは求婚したのだ。


 あと少しだったのに。


 待つ約束なんてするんじゃなかった。すぐにでも借金のカタに自宅を押さえて、ドリアを手元に置いておくんだった。

 スチュアートは、渡された金貨をホクホク顔で数える母親を忌々しげに見下ろす。


 母さんが結婚するまでは利子を払えなんて言うから。婚姻年齢までの二年間、自由にさせるしかなかったのだ。


「はいよ、確かに。じゃあ、これが借用書だ。好きに破棄しな」


 スチュアートの母親は大きく頷き、十数枚の羊皮紙をカウンターに並べる。ドリアの両親が保証人になった借用書だ。

 それを受け取ろうとしたドリアのか細い腕を、いきなり筋骨逞しいスチュアートの手が掴んだ。

 ドリアが訝しげに見上げると、彼の御仁は憤懣やるかたない顔で睨み付けてくる。


「後ろ暗い金じゃあるまいな? 確認出来るまで借用書は返せない」


「なん....っ」


 呆然とするドリアの目の前で、突然、十数枚の借用書が燃え上がる。慌てて身体を遠ざけた二人の耳に、スチュアートの母親の悲鳴が聞こえた。

 水、水ーっと、奥へ駆け込む母親。

 いきなりの事態に固まっているドリア達二人の後ろから、底冷えのする冷たい声が聞こえた。


「後ろ暗い金? 失礼極まりないね、君。僕がそんな悪党に見えるとでも?」


 そこには一人の少年。ドリアを身綺麗にするためについてきたリカルドである。

 炯眼に眼をすがめ、少年はスチュアートを検分するかように見上げる。

 その苛つく仕草に逆鱗を逆撫でられ、スチュアートはドリアの手を離すと、十にも満たないだろう子供の前に仁王立ちした。

 二人の身長差は二倍近くあるが、なんだろう? 少年がスチュアートに負けてない。むしろスチュアートより大きな存在感がある。


 一連の騒ぎに気付いたのか、金貸しの建物の周りにはチラホラと人が集まってきていた。

 窓や扉から覗いている人々が固唾を呑み、事の成り行きを見守っている。


「あれはお前の仕業かっ、魔法が使えるんだな? どういうつもりだっ!!」


「どういうも何も、僕がドリアを雇い、借金のお金を融通したのに、失礼な事を言うからだよ」


「お前が?」


「そう。今日からドリアは僕の専属護衛になる。ドリアを侮辱するなら、僕が相手になろう」


 そう言うと、リカルドは周囲に風を巻き起こし、少しずつスチュアートの衣服を切り刻んでいく。


 風の魔法。


 高位貴族のみが使えるという魔法ソレを見て、ようやくスチュアートは、自分が不味い相手に喧嘩を売ってしまった事を理解した。


「ひっ」


 思わず仰け反る彼を見て、少年はさも楽しそうに微笑む。


「借金のカタに嫁になれとか。ある意味、人身売買だよねぇ。うちの国じゃ有り得ないけど。この国では合法なのかな?」


 勿論、合法ではない。ただし本人らの意思であれば黙認されるだけである。

 悔しげに顔を歪めるスチュアートに一瞥をくれ、リカルドはドリアの手を取った。


「行こう。もう君は自由だ」


 小さく頷き、ドリアはリカルドとともに金貸しの建物から出ていく。

 その背後で、一部始終を見ていた街の人達が安堵と歓喜で少女の後ろ姿を見送っているとも知らずに。




「ありがとうね、本当に」


「当然の報酬だ。拐取されたのを解放してくれたし、ここが隣国であり、我が国にまで護衛して送ってくれる。感謝するのは、こちらの方だよ」


 にっこり微笑むリカルドだが、ドリアの眼は胡乱気に少年を見つめていた。


 護衛要らんだろ、お前。


 あの魔法に、大の男を手玉に取る度胸や話術。護衛がなくとも何処へでも行けそうな感じがする。

 その脳内を察したのか、リカルドは微かに苦笑した。


「無理ですからね? 子供一人で旅とか。関所一つ越えられませんよ?」


 ああ、とばかりにドリアは得心する。


 自国ならともかく、ここは他国だ。貴族の威光も使えないし、使おうものなら、あっという間に軟禁されるだろう。

 身分を明かして保護されても、問い合わせや何やかんやで遺言書の公開には間に合わなくなる。


「貴族の姉弟なふりして馬車でお忍びを気取るか。平民の姉弟のふりして馬で駆け抜けるか。どちらがお好みですか?」


 どちらも無理じゃね?


 何の気なしの言葉だろうが、ドリアに御貴族様のふりは出来ないし、リカルドが平民に化けられるとも思わない。

 何しろこの見てくれだ。一発で御貴族様とバレるだろう。

 平民の殆どは濃い髪色をしている。目の色もそう。

 身分が高くなるにつれ、髪も眼も薄い色になっていく。

 ドリアのオレンジ色な髪だって、ギリギリ貴族に見えるかどうか。曖昧な線だ。


 でも、そうなると貴族に化ける方が無難かな。

 リカルドが平民に化けるのは絶対に不可能だ。


 思案するドリアを眺めながら、リカルドは嬉しそうに街の服飾屋へと足を向けていた。




「お似合いですっ!!」


 破顔し、全力で褒め称える少年。


「そうかな.....」


 ドリアは鏡に映る自分に溜め息をついた。


 焼けた肌に手入れもされていない髪の毛。指先も荒れているし、どう足掻いても淑女というには無理がある。

 着せられたドレスもシンプルなAラインのモノだが、着られてる感が半端ない。

 リカルドも平民らしい服を試しているが、髪色からしてもうアウト。まだドリアがドレスで恥をかいたほうがマシな有り様だ。


 仕事だものな。致し方無し。

 どうせ隣国までの二日間だ。一着あればよかろう。


 そう思っていたドリアの前で、リカルドがあれもこれもと指示を出す。あっという間に包まれ、差し出される大量の服飾品。


 ドリアは思わず眼を点にした。


 待て。待て待て待て!!


「たかが二日だ、一着あれば良いだろう??」


 既にドレス七着、下着十組、寝間着三着、ドレスに合わせたアクセサリー五組。会計してもらい、リカルドは異空間にしまっている。

 止めるドリアを、きょん? とした眼で見つめながら、リカルドは満面の笑みで微笑んだ。


「貴婦人が着た切り雀では格好がつきません。僕に見合う装いをさせないと。僕の甲斐性が疑われます」


「あたしゃ貴婦人じゃない、護衛だっ、そうだよ、護衛の形にすればドレスも何も要らないじゃないか」


「表向きな護衛は別で雇います。関所や宿で保護者の方が必要なんです。貴女は僕の姉として近くにいてください」


 頑として譲らないリカルドに、ドリアは致し方無く折れた。

 そして金貨百枚を越える支払いを見て、そっと眼を逸らしたのである。


 その後もあれやこれやと少年はドリアを引っ張り回す。

 日用品や消耗品。婦女子に必要だろう物を尽く買い漁る。


 うげっ、ハンカチ一枚に銀貨二十枚?? ふざけんなしっ!!


 だがリカルドは気に入ったモノを片端から購入した。


「これも似合いますね。あ、あれも」


 護衛の仕事にワンピースはいらないだろう? ビスチェ? ブラウス? 何に使うんだよーっ!!


 しかも全て最上級素材。


 再びばら蒔かれる金貨に、御貴族様の金銭感覚を見せつけられて、キリキリと腹痛を覚えるドリアだった。

 購入された商品はドリアの金銭感覚から言えば、数年は買わずに済むほどの量である。


 そして思い至った。自分は彼と五年間の雇用契約をしたのだと。衣食住に不自由させないとの言葉どおり、必要になる物を買い集めたのだろう。

 ものが半端なく高級なのだが、所詮辺境の田舎街の高級だ。王都とかで買われるよりは、きっとマシに違いない。

 そう無理矢理自分を納得させ、ドリアは明日の準備に手をつけた。


 貴族向けの中でもシンプルな馬車を選び、頑健そうな馬を購入する。馬は途中で入れ換えるので、特には拘らない。

 ドレスを纏うなら、その下に忍ばせる暗器も必要だ。

 あれやこれやと手配するドリアを見つめながら、リカルドは眼を細める。


「言葉づかいは改められますか?」


「......出来なくはない」


「ですよね」


 少年の返事に、ドリアは軽く瞠目する。


 まるで予め答えが分かっていたかのような台詞。

 それを察したのか、リカルドは軽く口角を上げた。


「貴女の立ち居振舞いや所作。とても平民とは思えない。没落貴族とか言われた方が納得出来ます」


「ああ....そういう。周りは気にもしなかったが。半分当たりかな? 婆様が貴族だったらしい。平民と駆け落ちして、親父が生まれ、あたしが生まれた。礼儀作法に厳しい婆様でね。あたしも親父も小さい頃からしごかれたから。おかげで、まあ、親父は騎士になれたんだけどね。礼儀作法と教養は武器だってのが口癖な婆様だったな」


「良い御祖母様ですね」


 婆様が死んでからは使わない技能だったが。人生、何がどう役にたつか分からないもんだ。


 その美しい所作や佇まいが街中の男の視線を集めていたとは思いもよらないドリアであった。

 スチュアートが眼を光らせ牽制しておらねば、とうに求婚者の列が出来ていた事だろう。

 莫大な借金の存在がスチュアートにドリアの独占権を持たせ、周囲の荒くれ者らを抑えていた。


 皮肉な話だが、ある意味借金に守られていたドリアである。


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