第2話 貴族少年と御家騒動


「お墓ぁ?」


 街外れにあるサンドリアの実家は慎ましく、二階建ての小さな家と、同じ大きさの畑。そして鶏小屋がある。

 見るからに堅実な暮らしをしていたのが見てとれた。なのに何故、犯罪紛いな事に手を染めるまで至ったか。


 理由を尋ねれば、お墓があるからだという。


 畑横にある小さな丘には、立派な祠があった。

 彼女の祖父母のために建てたというその墓には両親も眠っている。借金を返さなくば、自宅とともに墓も潰されてしまうのだ。


「ここら一帯は我が家の土地だ。借金の担保にもなっている。本来なら空け渡さなくてはならないんだが.....」


 金貸しの息子がサンドリアを気に入っており、嫁に来るなら借金を帳消しにすると約束したらしい。


 それまでは利子だけで良いと。


 すぐにでもサンドリアを手入れたい息子だったが、サンドリアはまだ一四歳。婚姻年齢まで二年あり、その間は実家に住みたいという彼女に、嫌がらせ混じりで言われた言葉である。

 すぐに根を上げて泣きつくだろうと。


 下種が....。


 思わず眼をすがめたリカルドに気づきもせず、ドリアは家に招き入れてソファーをすすめた。

 テーブルにはティーセットと、彼女の焼いた焼き菓子。

 お茶をポットで蒸らしながら、ドリアは気まずげにリカルドを見る。

 少年は機嫌を損ねた風もなく、珍しそうに部屋を眺めていた。


「まあ、そんな感じで金が必要なんさ。今回の事で半分以上返せたし、ひょっとしたら婚姻年齢までに完済出来るかもしれない。さっきは酷い口をきいたが、感謝してる。本当に、ありがとう」


 お茶を出しながら、ドリアも対向かいの椅子に腰掛ける。


「誰か親族とかはおられないのですか? まだ後見人の必要な年齢でしょう?」


「はっ、こんな借金つきの小娘を誰が引き取るもんか。親父らに借金押し付けて逃げ出した奴らや、両親が死んだら声もかけてこない奴らばかりだよ」


 ドリアの祖父母は駆け落ち同然でこの街に落ち着き、家庭を成した。

 彼女の父親は一人っ子で、母親も孤児であり親族らしき者はいないという。


「誰も当てになんかしやしないよ。身体を売ってでも借金を返す。どうせ返せなきゃ、あのろくでなしな金貸しに嫁入りするんだ。惜しいモノでもないさ」


 この閉鎖的な辺境の街で、駆け落ち同然の祖父母は勿論、孤児を嫁にした父親にも人々は冷たかったらしい。

 父親が末端とはいえ騎士にまで上り詰めたおかげで、いくぶん信頼が出来たが、両親が亡くなったとたん、街の人々は冷たくなり、ドリアに声をかけるどころが目線すら合わせなくなる。

 あからさまに再び掌返しをされ、ドリアは酷く宿ぐれていた。


 そんな強がりを口にする彼女が切なくて.... リカルドは、思わず呟く。


「ご両親は、そんな事を望まれるでしょうか?」


 空のように灰色がかった青い真摯な瞳で見つめられ、思わずドリアは狼狽えた。


 なんで、あんたがそんな事言うの?


 ドリアの眼がすがめられ、手にしていたカップを音もなくソーサーへ戻す。


「仕方ないじゃない..... 他に何にもないんだから」


 そうだ、どうしようもない。


 自分に言い聞かせるような口調のドリアに、リカルドは、これ以上ないくらい優しい声音で囁いた。


「妙齢の乙女が口にする台詞ではありませんよ? ご両親や祖父母様だって、きっと嘆かれます」


「分かってるわよ、そんな事っ!!」


 ドリアはずけずけと内側に入り込もうとする目の前の少年に、言い知れぬ怒りを感じる。

 誰も喜びはしない。完全な自己満足だ。そんな事は百も承知である。


 それでも.....っ!


 彼女の顔が悲壮に歪み、今にも泣き出しそうな瞳で叫んだ。


「分かってるけど、他に何も方法がないのよっ、大切な人達の墓が暴かれて更地にされるなんて耐えられないのっ!! あたしにはアレしか残されてないのよっ!! アレを守れるなら何だってやるわっ!! 誰も助けちゃくれないのに、何で、あたしが責められるのよっ、誰が助けてよっ!!」


 リカルドに揺さぶられ、ドリアの心のタガが外れる。

 その瞳に浮かぶ脆い光をリカルドは見逃さなかった。


 絶叫にも近い本心。


 肩で息をするドリアの耳に、信じられない言葉が聞こえる。


「よろしい。助けましょう」


 何でも無い事のような少年の台詞。


 嘆いていたドリアの頭の中が、一瞬でカッと真っ赤に沸騰した。


 はっ? お涙ちょうだいを期待した訳じゃないっ!! 世の中には、どうにもならない現実だってあると言いたかっただけだ。


 彼女は、キッと顔を上げ、優越感で満たされているだろうリカルドを睨み付けた。


「施しなんざ.....っ」


 御貴族様の気まぐれな施しなのだろうと、怒鳴りつけかかったサンドリアは、リカルドの顔を見て言葉を失う。


 彼女の予想は外れ、リカルドは優越感など欠片もなく、その青い双眸に弱々しい光を湛え、ただひたすら哀しくドリアを見据えていた。


 .......何で、あんたが、そんな顔してるのよ。


 訳もわからず、少年よりドリアの方が狼狽えてしまう。


 リカルドはカップをソーサーに戻し、テーブルに置くと、先ほどまでの弱々しい眼差しを隠して、真面目な顔でドリアを見つめる。


「無論、施しなどではありません。こんな荒事をされているんだ。腕に覚えはあるのでしょう? 護衛として向こう五年間、貴女を雇いましょう」


「そりゃ.... 親父が騎士だったし、あたしも魔物狩り出来るくらいには鍛えられてるよ」


「助かります。誰が敵か分からない状態なので、信頼のおける護衛が欲しかったんです」


 はあ、と大きな溜め息をつく少年に、今度はサンドリアが話を聞く番だった。




「なるほどね。御家騒動か」


 ドリアは納得した風でリカルドに頷いた。


 彼は隣国の公爵家嫡男。父親が早世し、祖父である現公爵が最近亡くなった。

 祖父は長く独身で、晩年に遠縁から子連れの妻を迎えて子供を養子にする。

 その息子の子供はリカルド一人。現公爵が亡くなった今、相続人であるのは彼一人なのだ。


 しかし、そこで公爵の遺言書に添えられた手紙が問題となる。


《遺言書の公開は一週間後。公開の場に立ち合わぬ者は、如何なる理由があろうとも一切の継承権を放棄する事》


「つまり、あんたが遺言公開の場に間に合わなければ.....」


「祖父の兄弟、あるいはその子供らに継承権が移ります」


 それが三日後。


 彼の父親は養子だ。遠縁ではあるが魔法が使え、その才能から母御が妻に選ばれた。

 それを不服とする親族が、リカルドを継承者から外そうと、今回の誘拐を目論んだのだろう。

 ここは辺境。隣国まで馬車なら二日。馬なら一日。頑張れば、何とかなりそうだな。


 すくっと立ち上がり、彼女は挑戦的な顔をした。


「よろず屋サンドリアが受け合おう。必ず遺言公開の場に送り届けると」


 ニヤリと笑うドリアに、少年は一枚の羊皮紙を差し出す。


「内容を読んで、間違いなくばサインを御願いします。契約は五年間。報酬は金貨五百枚。借金の残金を完済したら、残りは月々のお小遣いとして、月金貨二枚を渡します。衣食住は保証するので、不自由はさせません」


 おおう。破格の待遇だな。


 年金貨百枚。今の二倍の収入だ。しかも生活費無用とは。


 書面を良く読み込み、ドリアはサインをした。

 それを大切そうに異空間へ仕舞い込むと、リカルドは生意気そうな顔でドリアを見つめる。


「では、これから五年間、貴女を護衛として拘束させていただきます。働きに応じて別途な褒賞もありますので、頼みますね」


「さすが御貴族様だ。気前が良いな」


 しっかりと握手を交わし、二人は旅支度を始める。


 しばしの別れを家とお墓に告げ、ドリアは初めての旅に、ワクワクした好奇心を隠せなかった。


 その別れが今生になりかねないとも知らず、彼女の意識はまだ見ぬ隣国へと向かっていく。 

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