自棄っぱちのシンデレラ

美袋和仁

第1話 自棄っぱちのシンデレラ


「やっちまった.....」


 オレンジ色の髪の少女は、運び込んだ麻袋を見つめながら茫然と立ち尽くした。

 整った顔立ちと猫のようにパッチリとした黄昏色の眼。ふっくらとした唇は、やや肉厚だが、童顔な彼女を扇情的に彩っている。

 鼻梁も高く綺麗にとおり、全体的にみれば、擦れ違った男性らが十人中八人は振り返る美貌だろう。

 そんな彼女は怯える姿も可愛らしい。本人に言おうものなら、即座に裏拳が飛んでくるだろうが。


 驚愕に眼を見開き、微かに震える少女は、簡素も通り越したボロい小屋の中で扉に身体を預けて、そのままズルズルとへたりこむ。


 少女の前には口を軽く結わえられた麻袋。


 部屋の中心に置かれた大きな麻袋がモゾモゾと動き、緩んだ袋の口から小さな頭が飛び出した。

 光をはらんで揺れる鮮やかな金髪。


「ここは何処ですか?」


 見るからに育ちの良さそうな金髪碧眼の子供。

 年の頃は七つほどであろうか。キョロキョロと周囲を見渡してから扉前に座り込む少女を見つめる。


 そして、そのまま固まった。


 彼の名前はリカルド・フォン・ミッターマイヤー。王族の血をひく公爵家の一人息子である。


 少年は信じられないモノを見る眼差しで少女を見据えていた。


 懐かしさの伴う妖しげな焔が、か細い火を彼の心の端に灯す。

 それは瞬く間に、劣情を滲ませた業火となり少年の心を覆い尽くした。


 見つけた。


 うっそりと弧を描く少年の獰猛な眼に、彼女は気づかない。




 事の起こりは時間を遡る事、二日前。


 少女はある女から仕事を持ち掛けられたのだ。


 少女の名前はサンドリア。街外れに小さな家を持つ平民である。

 ただ彼女には両親が残した多額の借金があり、非常に生活に困窮していた。


 利子だけでも月に金貨五枚。


 真っ当に働いて返せる金額ではなく、利子の支払いすらも困難を極めている。

 そんなこんなでサンドリアは、冒険者の経験を生かして何でも屋を営んでいた。


 雑用から用心棒まで何でもござれ。犯罪に触れないギリギリのラインまでは仕事を請け負う。

 父親が元騎士だっため、腕に覚えのあるサンドリアは、荒事だろうが何だろうが、毎日あくせく働いていた。

 そんな彼女の元へ、ある日一人の女性がやってくる。


 黒い喪服とベールに身を包んだ女性は、淑やかな物腰でサンドリアに仕事を持ち掛けた。

 手入れの行き届いた細い指や優美な綺麗な所作から、それなりの身分の者と見受けられる。

 そんな人物が、何故に何でも屋などを頼るのか。

 いくらか訝しむドリアだが、女が口にした台詞で、些細な疑いの芽は吹き飛んだ。


「荷物の見張りを三日間してほしいの。そうしたら前金に金貨百枚。成功報酬は金貨三百枚です」


 マジでっ??!!


 先ほどの猜疑心も忘れ、サンドリアは一も二もなく飛び付く。


 両親が残した借金は金貨一千枚。御人好しな両親が知り合いの保証人になったツケだった。

 女の示した金額は、合計金貨四百枚。元金すら半分近く減らせる報酬である。


 そうして今日。荷物の受け取りに赴いた訳だが.....


「まさか.... 中身が子供とは」


 これって誘拐だよね? その片棒を担がされた?? 三日したら解放良いって言ってたけど、本当に良いのかっ????


 冷や汗をダラダラ流しつつも荷物を担ぎ上げ、ドリアは監禁予定の小屋へ辿り着く。


 そして現在。被害者であろう少年と見つめ合っているサンドリアだった。


 呆ける二人だが、先に我に返ったのは少年だ。

 まだあどけない顔に笑みを浮かべ、大きな眼を柔らかく細める。


「えと.... 初めまして? リカルドと申します」


「あたしは.....ドリアだ」


「僕、男らに誘拐されたはずなんですけど、関係者ですか?」


「............」


 何と答えたものか。


 サンドリアは眉を寄せてリカルドを見据えた。

 麻袋の中でモゾモゾしながら、少年はゴロンと転げる。

 ジタバタともがくたびに袋がバスバスと動いていて微笑ましい。こんな緊迫した状態でなければだが。


「この袋から出してもらえると、ありがたい」


 苦笑する少年に、思わず天を仰ぎながら、サンドリアは袋の紐を解いた。

 そして正直に事のしだいを説明する。


「実のところ、あたしにも良く分からないんだ。ただ荷物の見張りを頼まれただけなんでね」


「三日間ですか。なるほどね」


 得心顔で頷く少年。子供らしくない大人びた姿から貴族の子弟だろうとは思うが、落ち着きすぎじゃないか?

 少年にお茶を所望され、サンドリアは備え付けの古びた台所でお茶淹れた。

 ふわりと漂う芳ばしい香り。

 それを啜りながら、リカルドは人好きする柔らかい笑顔で彼女を見つめる。慈愛の滲む優しい微笑み。

 その眼差しは加害者に向ける被害者のモノではない。


「相談なんですが、解放していただく訳にはまいりませんか?」


「.......冗談。こちとら仕事だ。前金も貰ってるしな」


 そうなのだ。前金の金貨百枚。既に借金の返済に当ててしまったため、後にはひけない。

 藪睨みするサンドリアの前で小首を傾げ、リカルドはウ~ンと唸り、ぱあっと顔を輝かせた。


「ならば、報酬の二倍出しましょう。いかがですか?」


「二倍....?」


 報酬は金貨三百枚。その二倍なれば、借金が半分以上減る。しかも犯罪に加担しなくて済むのだ。


 ドリアは小さく固唾を呑む。


 だがしかし、世の中がそんなに甘くない事もドリアは熟知していた。

 少し斜に構えて、ドリアは炯眼に眼を光らせる。まだ十代前半だろう少女には似つかわしくなく昏い眼差し。


「金貨六百枚だよ? どうやって? あんたがそんな大金持ってるようには見えないし。家から貰いに行くっての? そのまま憲兵に突き出されて終わりじゃん」


 上手い話には裏がある。よくよく考えれば、そんなところだろう。子供の浅知恵だが、借金苦なサンドリアには有効な手だ。危うく惑わされるところである。


 荒み切ったドリアの剣呑な瞳。それは誰も信じない猜疑心と、裏を読もうとする不信感を隠しもせずギラついている。

 警戒心あらわにトゲトゲなドリア。少年は軽く肩を竦め、某かを呟いた。


 するとそこの空間が微かに歪む。


「そんな必要ないですよ。よっと....」


 リカルドは何もない歪んだ空間から、重たそうな皮袋を二つ取り出した。袋の口を開くと、中には煌めく硬貨が各三百枚ずつ。


 呆気どられるサンドリアに、リカルドは満面の笑みで応えた。


「これで交渉成立ですね?」


「ああ.....」


 目の前には金貨の詰まった皮袋。

 仕立ての良いそれは、上質な鞣し皮に丁寧な縫製の高級品。

 袋まで高級品な金貨に疑いの余地はない。間違いなく本物の金貨だ。


 今のは魔法か? 高位貴族には魔法が使える者もいると聞く。と言う事は、この子供は高位貴族の?


 今更ながらに冷たいものが背筋を滑る。


 ヤバかった。こんな交渉にならなくば、間違いなく首が飛んでいた。物理的に。


 そして、この金貨。


 安堵と歓喜でサンドリアの身体から力が抜ける。


「了解だ。.....ありがとう」


 相手が御貴族様だと理解したサンドリアは、見事なカーテシーで御礼を述べ、扉を開け放ち街へと駆け出した。


 置き去りにされた少年は、不可思議そうに首を傾げる。


 こんなヤクザな仕事に手を染める人間にしては、素直で正直なドリア。それに、あのカーテシー。平民が身に付けるモノではない。

 口調はぞんざいで荒かったが、お茶の淹れ方といい、細かい所作といい、どう考えても平民らしくない。


 そして、あの顔...... 髪..... どうしても気になる。


 しばし考えて、リカルドはサンドリアの後を追いかけていった。




「いよっしっ、半分切ったっっ!!」


 金貸しの建物の前で両手を上げるサンドリア。

 ごうつくババアに金貨の袋を投げてやった時の、あの顔ときたら。思わず顔がにやけてしまう。


「スカっとしたわーっ、まさか元金半分以上減るとはね。これで利子も減るし、生活も楽になるぅ」


「なるほど。借金があったのですね」


 え?


 まさか独り言に返事が返ってくるとは思わず、サンドリアの首が、ぎぎぎと音をたてて声の主に向けられた。

 そこには件の御坊っちゃま。サラサラな金髪を揺らし、吸い込まれるように真っ青な瞳で見上げてくる。


「なんで、あんたがここにっ??」


「少し御願いがありまして」


「はあっ? 知らねぇしっ! 面倒事は御免だしっ!」


 これ以上関わり合いになんて冗談ではない。


 辛辣な眼差しで睨めつける少女に、リカルドは困ったような顔でサンドリアの斜め後ろを見た。


「じゃあ、叫んじゃおうかなぁ。人拐いーって」


 ばっと振り返ったサンドリアの瞳に、数人の兵士が映る。巡回しているのだろう、こちらへ向かって、ゆっくりと歩いていた。


「....たぶん、貴女にとっても悪い話ではないですよ」


 ふわりと微笑む優美な少年。


 悪魔か、こいつはーっっ!!


 顔面蒼白なままギリギリと歯軋りをしつつも、選択肢のないサンドリアは、致し方無くリカルドを自宅に案内していった。


 如何にも不満マシマシな顔を隠しもしない彼女を、少年が愛おしげな眼差しで見つめているとも知らずに。

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