第18話 扉

「お客様~、御食事の御用意ができましたよ~」


 肩を揺すられ、声をかけられる。

 すぐにその声の元がわかる。

 わたしにそんなことをする人はかえでぐらいしかいないだろう。

 それにここ、かえでんちだし。


「んん、おはようかえで。今何時……?」


「ん~? なんて言った?」


 眠すぎて声が声になっていない。

 目をこすりながら立ち上がり、窓の外の様子を伺う。

 よほど眠っていたのか外はすっかり暗くなっている。

 寝すぎたかどうかは、この強烈な眠気が強押ししてくれた。


「おっとっと。あき大丈夫? もうちょい寝る?」


 ふらついて転びそうになったところを、かえでが慌てて支えてくれた。

 なんか介護されてるみたいだ、わたし。


「ご、ごめん、大丈夫。んと、今何時?」


「今は二十一時ですよ~お客様」


「やっちゃったなあ……」


「大丈夫だよ、あき。私も一時間前までぐっすり寝てたんだから」


 その言葉で寝る前の状況をはっきり思い出す。

 がっつりかえでに抱き着いてたけど、お咎めはなさそう。

 一安心。

 でも、やっぱりかえでにとって、こういうことはよくあることなのかな。

 少し不安な気持ちになる。

 こういう気持ちになることも、最近はすっかり慣れてきてしまった。

 ……慣れただけで耐性はないんだけれども。


「あ、あとあき。……ありがとね。ご飯できたから顔洗ったら台所来てよ」


「あ、うん」


 かえではそう言ったっきり、そそくさと部屋から出て行った。

 あれで正解だったっぽいのかな。


 でもすっかり元気になったみたいだからよかった。

 ……というかどうしよう。

 親への連絡とかその他云々。

 ……まあ、いっか。最近のわたしはこういった割り切り……というか先送りをすることが多くなった。

 かえでに似てきたのだと思う。 

 それより……かえでお手製のご飯……楽しみだ。


 下へと降り、顔を洗った後台所へと向かった。

 テーブルにポツンとサラダに乗った目玉焼きが置いてある。


「ごめんね~あき。ご飯炊いてなかったからこんなもんしかできなかった」

 

 頬を掻きながら申し訳なさそうにかえでが言う。

 わたしはかえでが作ってくれたものを食べれるだけで満足なんだけどな。


「とんでもないよ。こっちこそごめん、寝ちゃって。それに夕食まで……」

「いいのいいの。これしかないけど味わって食べてね?」


 かえでは器用にウインクする。本当にかえでは切り替えが早い。

 それに、何かを隠すような薄い笑顔ではなく、かえでの猫のような――あえて言葉で形容するのであればニャハハとでも笑っていそうな笑顔を見て少し嬉しい気持ちになる。


 これは少しわたしに心を開いてくれた……ってことでいいのだろうか。

 期待しちゃっていいのだろうか? 

 ……期待? 何を期待してるんだわたしは。

 ――薄々勘づいてきてしまっているこの気持ちは気付かないふりをする。

 とりあえず食べよ。

 

「いただきます」


 二人で手を合わせ、サラダに手を付ける。

 安心する味って感じ。

 生憎わたしには、テレビでよく見るような芸人の語彙力、表現力が満ち溢れているような言葉でこの味を形容することはできない。

 むしろ料理じゃなく、よく一人で料理作って片づけたりできるな〜って素直に思う。

 まだ高校一年生なのに自炊しているかえでを見て感心する。

 

「ごちそうさまでした」

 

 かえでよりわたしのほうが食べるのは早い。 

 かえでは小さな口でチマチマと箸できれいにサラダを食べていた。


「ん~、お粗末様でした」


 租借しながら、手で口を隠しかえでが言う。

 かわいい。


「あ、そうだ、かえで。親への連絡どうしよ」


「あ~、私こそ言い忘れてたよ。お母さんに連絡しといたよ、今日娘さん借りますねって」


「え?」


「え?」


 困惑するわたしに困惑するかえで。なんかすごい絵面だ。


「あ~いや。せっかくだし泊まってってもらおうかなって。それに泊まる……って言ってたような? ……あきが嫌なら帰る?」


 バツが悪そうにかえではこちらを伺いながら言う。

 

「いや! そういうわけじゃないんだけど……というかいいの? 泊まっちゃって。わたしなんか色々と準備が……」


「そんなこと気にしなくていいよ。私があきと一緒にいたいだけだし。それにさ、服とかはあきのお母さん持ってきてくれたよ? ほら、連絡先も交換した」


 そう言いながらかえでは、メッセージアプリを開いたスマホをわたしへと見せてくれる。

 あきと一緒にいたい……か。

 ニヤつきそうになる頬を必死で抑える。

 というかやっぱり手回しが早いなかえで。

 これまた素直に感心する。


「いつの間に……。かえでってやっぱりすごい」


「いえいえ。そんな大したものじゃありませんって」


 誤魔化すようにかえでは猫のような笑顔で笑う。


「かえで、笑ってくれるようになったね」


「え?」


 嬉しくて思わず声に出してしまった。


「あ、いや。なんでもない。忘れて」


「うん」


 かえではまた、猫のように、屈託のない笑顔でわたしを見ている。

 なんか雰囲気変わった?


「そうそう。お風呂沸いてるから入っといで」


「あ、はい。お邪魔します……」


「どこで寝ればいいかな、わたし。前かえでが風邪引いたときに使ったお布団借りていい?」


「え? 私と一緒に寝ようよ。ベッド大きいしさ」


 頭がフリーズする。えっと? かえでなんか、え?

 思考回路がバグる。

 なんか今日のかえでデレすぎじゃない?

 いつもはもう少しクールな感じで、あんまり人に甘えるような子じゃないよね?


「どしたのあき。真っ赤だよ?」


「え、あ、あの。いいの?」


「いいのって……一時間前まで私に抱き着いて寝てたくせに……」


 意地悪にかえでが言う。


「ご、ごめん」


「別に謝ってほしいわけじゃないって。ただその代わり、今日は私が抱き着く番ね」


「え?」


 かえでがニマーって笑いながら言った。

 頭がどうにかなりそうだ。なんだこれ夢か?

 ……本当に頭がどうにかなりそうだ。


「わ、わかった」


 結局わたしは一言だけ言って、速足でお風呂へと向かう。

 いったんお湯に浸かって落ち着こう。

 なんか本当に今日、デレすぎじゃないか?

 落ち着け、落ち着け、落ち着けわたし。


 ……頭がどうにかなりそうだ。

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