第17話 妹

 目が覚めた。寝る前のことはよく覚えている。

 ざっくり言うと病みモードだった。

 かなり精神的に下を向いていたけど……。

 それでも私は寝るだけで、すっきり切り替えられるのだから人間とは面白いものだ。

 それだけでは無いかもしれないけど。

 私に抱きついている暖かいそれを見る。

 ――本当に、仕方がないなこの子は。


 寝るだけですぐ切り替えができる自分にも嫌気がささんこともないんだけど。

 私なりの精神的な防衛機構なのかもしれない。

 そういうことにしておく。

 

 んで……、今どういう状況なんだろうか。

 いつの間にか私はベッドで眠っていて、相変わらず当然かのようにあきは私に抱き着いている。

 寝る前の私……私があきを傷つけているっていうのは全否定はしないけど、どうやらあきはそんなやわな人間じゃないらしいぞ。

 実際柔らかいし。

 ぷにぷにとしたあきの頬を引っ張る。

 なんかおもしろい。

 

 全く私は本当にあきの何を見ていたんだか……、思わず一人で苦笑してしまう。

 声を少しあげてしまったことに気づき、あきが起きないか少し心配になった。


 今はもう少しだけ一人で考える時間が欲しい。

 あきはこれくらいで起きないだろうな……とも思ったけど、意外とあきは耳がいいらしく、ボケーッとした顔で起き上がってきた。

 確かに少し聴覚過敏なとこあるもんね、あき。

 やっぱり意外とあきのことを私は知っているようで知らないのかもしれない。


 まあ、起きてしまったものは仕方がないさ。

 他にもあきについて知りたいことはたくさんあるけれど、果たしてあきはそれまで私と一緒にいることに耐えられるのだろうか。


「かえで~……」


 大丈夫そうだなあ……。呑気なあきの顔を見て即前言撤回する。

 あきは寝ぼけてるのか、私へとまた抱き着いてくる。

 なんかバカみたいだな私。勝手に一人でへこんで、勝手な思い込みして。反省反省。

 またちょっと精神が荒れてきているのかもしれない。

 やっぱりまだ、薬は飲んだほうがいいのかな、なんて思う。

 それでも、薬をもらいに病院へ行くのはめんどくさいし、そもそも雰囲気が嫌いだから行きたくない。


「かえで~……ねええ、かえでぇ~……」


 あきは私の体へ頭をグイグイ押し付けてくる。

 近所の野良猫が撫でてほしい時に、甘えてるときの動作と似ている。

 犬みたいだったり、猫みたいだったり、あきは忙しい。


「はいはい、かえでさんですよ~」


 頭を撫でる。あきの頭を撫でていると落ち着く。

 あきと一生このままでいられたらな、なんて勝手に思う。

 あきの都合を完全に無視した自分勝手な理想なんだけどね。

 あきみたいな家族が欲しかったなあ……。


「かえでぇ……しゅきだあ……」


 ふむ。やっぱり寝る前の私の懸念は大丈夫そうだ。

 どこが私の事嫌ってるってよ? むしろ逆なのかもしれない、寝る前の私。

 あきの頭を撫で続けながら、一人安堵する。

 それに呼応するかのように、あきは私の手を取りベッドへと押し倒してくる。

 手を繋いだまま押し倒され驚く。


「あき……?」

 

 返事はない。寝ぼけてるだけだったのかもしれない。

 その後は疲れたのか、力尽きたのか、今度は私を下敷きにぐっすり眠り始める。

 手は繋いだままなんだけど。

 やっぱりあきも大概、寝ることが好きみたいだ。

 体の力を抜き脱力して、あきを受け止める。

 仄かに暖かいあきの体温は私の精神を安定させてくれる気がした。

 ちょっと息苦しいけどね。でも悪くない気分だ。

 『しゅき』……か。

 ……ん?


 なるほど、『しゅき』か。なるほど……。

 どっちのしゅきだ……。

 体温が急激に上がるのを実感する。

 私の心臓もまるで死に急いでいるかの如く急速に脈を打ち始める。

 ……良い意味でもやもやすることになるとは思わなかった。

 一人頭を抱える。

 あきに捕まっているから頭は抱えられないけど。

 一体どっちの『しゅき』なんだろう。

 友達としてなのか、人間的……恋的なものとしてなのか。

 ……友達としてだろうな。……まさかね。

 どっちでも嬉しいんだけど、後者のほうだと少し複雑なことになるかもしれない。

 あきに直接聞いてみても……誤魔化されそうだ。

 だったら、と。

 一方、私の方はどうなんだろうと考えてみる。

 あきの事は好きだ。大好きとも言えるのかもしれない。

 でも、それはあくまで友達……としてなのだと思う。

 いや、そうでもないのかな? あきとは友達を超えた関係みたいになってるし。

 半分姉妹みたいなものだ。妹か、姉かはよくわからない。


 私のほうが小さいから、どちらかと言えば私が妹寄りかもしれない。

 ……脱線した。まあ、いいか。

 どっちでも嬉しいし。

 それでいいんだ。

 とりあえず今は血の繋がってない姉妹みたいな感じで。


 


 五分ほどそのままあきの体温を堪能していた。

 さすがにそろそろ起きなければと思い、あきを起こさないようにゆっくりあきを横に転がし、ベッドから立ち上がる。

 いつもは大きく感じるこのベッドもあきと一緒に寝ると少し手狭に感じる。


 とりあえず体のほうも覚醒させるため伸びをする。

 今何時だろう。

 携帯、携帯。

 今、二十時。

 随分寝たなあ。


 結局今日、出かけられなかったなあ。

 まあいっか。

 過ぎてしまったものは仕方がない。

 もしあきが起きたのなら帰るのだろうか。

 時間的にはそれが普通だ。

 でも前回あきを帰らせてしまって、後悔したのを覚えている。

 独占欲……みたいなものではないと思う。

 だから今夜こそは、あきと一緒に過ごしたい。

 ――後悔したくない。

 あきの様子を見てみる。

 そんな私の考えなどどうでも良いと思わせるくらい、あきは気持ちよさそうに眠っている。

 じゃあ、いっか。今夜は寝かせないぜ。

 ……というか、あきのご両親に連絡したほうがいいよな。

 思いたったら即行動。


 あきのスマホを探す。

 探し物は、この狭い部屋じゃ案外簡単に見つかるもので、あきのスマホは丸机に肩身が狭そうに控えめに置いてあった。

 パスワード……は指紋か。

 ちょっと失礼……。あれ、どの指何だろう。

 こういうのって右手親指だよね、多分。

 あきは右利きだし。

 あきの右手親指を拝借し、ロックの解除を試みる。

 ロック解除完了。がばがばだなあ……。

 今回はそれに助けられたんだけど。

 とりあえず、あきのスマホを操作する。

 あきのスマホを借りたのはあくまでも、あきのご両親に連絡するため。

 余計なことはしないように心がける。

 ……あきの寝顔ぐらい撮っとくか。

 私の方にも送っとこ。

 

 通話アプリの連絡帳を開き、『お母さん』へと通話を発信する。

 なんか緊張してきた……。

 私には普通の人と比べ母親と会話する、という経験が欠如している。

 中には生まれてから一度もそんな経験がない――なんて人もいると思うけどそれはそれ、これはこれだ。


 おっと、あきが起きないように部屋からは出ないと。

 静かにドアを開け、一階へと降りるとタイミングよく通話が繋がった。


「もしもし……」


「え、っと……あき?」


 電波越しでも戸惑っているのが伝わってくる。


「あ、あきさんの……お友達? をさせてもらってます。沖野かえでって言います」


「あ~かえでちゃんね。よくあきからお話聞かせてもらってるわあ。仲良くしてくれてありがとねえ」


 声から警戒するような感じが消えた。あきって私の話家でもしてるんだ。

 ちょっと嬉しい……けど、どんなこと話してるんだろう一体……。


「いえ……私のが仲良くしてもらってて……」


「ふふ、謙遜しなくていいのよ。それで、あきは? 今日かえでちゃんとこに行くって言ってたけれど……」


「それがすっかり眠っちゃってて……。娘さん今晩お借りしてもいいですか……?」


「んーと、そっちであきを泊めてくれる……ってことでいい?」


 あきと違って察しがとてもいい。

 あきは何か危機迫っているときや、肝心なときだけやたら察しがいいんだけど。


「あ、はい。あきは多分そのつもり……っぽいんですけど、一応ご連絡だけしておこうかな……と」


 ほんとは私があきと一緒にいたいだけなんだけどね。

 あきなら気にしなさそうだから勝手に事を進めてしまう。

 なんかいちいち気にしてるのが馬鹿らしくなってしまった。


「わざわざごめんね~。あきよりずっとしっかりしてる。それじゃあ今晩、あき任せちゃっていい?」


「大丈夫です。それじゃあ一晩お借りしますね」


「はーい。うちの娘よろしくね。かえでちゃんも、今度もしよければうちへ泊りにきて。きっとあの娘も喜ぶから」


「は、はい。機会があればぜひ」


「それじゃ、あきのことよろしくね。帰りは……まあ明日考えればいいか」


「はい、失礼します」


「はーい」


 通話を終える。

 ふー……。

 腕を伸ばし、もう一度伸びをする。

 母親――他人の母親と会話する……というのはなかなか緊張するものだ。

 ……いい人だったな。それにしてもあきの家か……。気になる。

 いつかお邪魔させてもらおう。

 それじゃとりあえず夜ご飯、つくるか。

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