第15話 呪い

 あきは私の膝の上で、子供みたいに丸くなって眠っている。

 あきはさっき、どんな気持ちで私の言葉を聞いていたのだろうか。

 そして、なにを偉そうに語ってたんだろうな、私は。

 思わず背中を倒し、ベットに背中だけ寝そべる。

 『泣きたいときゃ泣きゃいいのさ』とか……、『取り繕ったって疲れるだけ』……とか。


『……ほんとに、何を言ってんだか』


『どの口が言ってんだ? その言葉』


 そいつの顔が見てみたい。

 考えるまでもないか。

 自己嫌悪が止まらない。……やめられない。

 めんどくさい女だ。


「はあ……」 


 思わず溜息が漏れた。

 ただただ自己嫌悪する。


『……なあに被害者ぶって自己嫌悪したふりしてんだ?』

『……気持ちわりいな』

 

 過去の、思い出したくない記憶がフラッシュバックしてくる。

 

 ……出てこないで。


『めんどくさい奴』


 ……出てこないで。


『だから、お前は――』


 ……出てこないで!


 体が沈んでいく。深い沼へと。

 体に重い何かがのしかかり、私を立ち上げられなくする。

 もとより立ち上がる気なんてとっくに失せてしまったけど。

 世界は広い。そして綺麗で汚い。

 それ故に美しく儚い。

 ――そして歪だ。

 小さな頃に学んだ。

 ……だとしたら私はその中で泥を生み出し、それに周りを巻き込み、沈んでいくのだろう。

 そういう風に、なってしまった。


『だから、何を被害者ぶってんだ、お前はよ』


 ……出てこないで。


『……めんどくさい女』


 ……出てこないでよ、お願いだから。


 死んでしまったは、死んでしまったあとも私のことを呪い続ける。

 多分一生こうなんだろう。




 あきはなんで、あんな顔をしていたんだろう。

 あきは今、切なく悲しそうな顔で私の膝の上で眠っている。

 また、私は、誰かを傷つけてしまったのだろうか。

 どうして、あきはあんなに、あんなに、悲しそうな顔を、していたんだ。

 ……わからない。


 また一つ、体へ重しがのしかかっていく。


 傷つけてしまった、と仮定して原因を考える。

 そんなのすぐに思いつく。私の癖だ。

 何も考えずに、適当に喋るのが私の悪い癖。

 自覚している。

 今までも私の知らないところでたくさん人を傷つけてきたんだろう。


『よくわかってんじゃねえか』


 ……。


 あきもいつの間にか私の手によって傷つけられてきたんだろうか。

 それが爆発してしまったんだろうか。

 でもそれならなんで、なんで、私にもたれかかってきたの?


『人のせいにするなよ、ガキ』


 ……あきのせいにするな。


『めんどくさい女だなあ、おめえはよ』


 ……めんどくさい女。

 死んでしまったそれが発する言葉を頭の中で反芻する。

 でも、どうして?

 ……わからない。


 私の周りが暗闇に包まれ、何かに閉じ込められる。

 昔からいつもこうやって、人の優しさに甘えてきた。

 その結果はいつも同じ。

 必ず誰かが悲しい気持ちになり、不幸になる。

 ……なってきた。

 あきは、そうじゃないと思ってたのに。

 ……そうじゃないと信じてたのに。

 私が一方的に思っていただけか。


『世の中そんな甘くねえってこった。よーくわかったか? ガキ』


 ……死んだくせに。


 あーなんか、考えてたら疲れた。

 こういう時どうするんでしたっけ?

 えーっと、なんだっけかな、誰かさんのお言葉。

 『寝て忘れよう』だっけか。


『じゃあ寝るか? かえで』

『そりゃあ逃げてるだけだろかえで』

『こうやっていっつも逃げやがって。逃げるなかえで』

『戦え』


 ……何とだよ。何と戦うんだよ。

 めんどくさ。

 ……死んだくせに。


 おかしいな。今日はあきに私服を選んでもらおうみたいな、軽い気持ちだったのにな。

 どうしてこんなことになってるんだろうか。

 ……私があきを傷つけていることに気づかずに、思い上がった結果か。


『バカが』

 

 あーやめやめ。疲れた。

 寝るか。


『……寝るなよ、かえで。……戦えよ、かえで』


 ……うるさいな。

 ……ちょっと疲れた。いや、だいぶ疲れた。


 上半身だけを動かし、体を起こす。

 あきの顔を見る。

 せっかくの顔が涙でぐしゃぐしゃだ。

 ごめんあき。

 あきがなかなかに粘ってくるものだから思わず近づいてしまった。


『……まるで俺のせいみたいな言い方だな、ガキ』


 あきは繊細で純情な女の子だってことを、知ってきたはずだったのにな。

 知ったふりしてただけか。

 

『だから、世の中そんな甘くねえってことだよ。何回言えばわかるんだ? ガキ』


 いつも私の思考と行動は矛盾している。

 矛盾を抱えて生きていくなんて、私には難しすぎる。

 

 どうしてなんだろうなあ。

 どうしてこうなったんだろうなあ。

 それでも私は、強がりをやめられない。

 偽ることをやめられない。

 真っ黒な沼へと、私はどんどん沈んでいく。

 それに連動するかのように徐々に私の視界は暗く、深く、暗い闇にも、沈んでいく。

 

『また逃げんのか、ガキ』


 ……うるさい、……死んだくせに。

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