第12話 約束

 月曜日、朝に目覚める。

 依然は憂鬱な月曜だったけど、今はかえでのおかげで憂鬱じゃない。

 ベットから体を起こし、軽く伸びをする。

 さ、準備しなきゃ。


 結局あれからかえでに連絡は取ってない。

 強いて言うなら、かえでの返信が来たあとやっぱり心配になって咄嗟に電話をかけてしまったぐらい。

 連絡してみようかな、って思ったけど普通に会話できる気がしない。

 昔……ってか二ヵ月前か、あの時は普通に話せたのになあ……。

 ……普通だったか?

 今思えば噛み噛みだったし挙動不審だったかも。

 いつの間にこうなったんだろうなあ。

 何故かかえでと話すとき緊張してしまう。

 以前とは緊張の方向が違う。

 前は人と――それも美人だし、ある意味有名な人と話すのに少し緊張していた。

 今は違う。言語化は出来ないけど、とにかく根本的なところが違う。

 なんでなんだろう。少し考えてみようかなって思ったけど、めんどくさくなった。

 ……似てきたな。




 いつも通りの朝って感じ。

 かえでも今日はちゃんとバスにいる。

 電車までお互い無干渉なのもいつもど――ではないみたいだ。

 マナーモードにしている携帯から通知が来る。


『おはよ』


 これだけ。でも嬉しい。

 かえでが自分からわたしに何かするのは初めてな気がする。

 今まで一方通行だった関係が、ようやく開通した感じ。

 かえでの座っている席は、私の席からはよく見えない。

 今、一体どんな表情をしているのだろうか。

 ……おっと、それより返信をしなくては。

 何か一捻り……って思ったけどわたしにはそんなことできないことに気づく。

 それに、普通に返事した方がかえでも困らないだろうし。


『おはよ、体調は?』


 バスの時点でかえでと話す……話している訳では無いけど、何かしらのコミュニケーションが取れるのが嬉しくて、話を続けるために体調のことを聞いてみる。

 もちろん、本当に心配なのもあるけどね。


『多分元気』


 多分かあ。

 かえではあんまり断言する言葉を使わない。

 悪くないって意味で受け取ることにする。


『よかった』


 うむ、よかった。とりあえず元気ならいい。

 顔を見て話さければ、普通に会話できるのになあ。

 でもかえでの顔……っていうか、表情を見ながら話したいんだよね。

 ううむ……。ま、いいか。そんときはそんときで。



 一日が終わるのは早い。

 最近は朝からずっとあきと一緒だ。

 というかバスと休日以外ずっと一緒な気がする。

 とりあえずあきの隣に座る。

 これもすっかり無意識だ。癖になってきたのかも。

 朝のルーティーンもいつの間にか変わってしまった。

 別にいいけど。


 私が人と一緒にいるなんて、昔の私にはとても想像できなかっただろう。

 まあ、あきは特別ってことかな。

 特別扱いするぐらいにはあきは私に大きく影響を与えている。

 なんでか理由は知らない――知りたくない。


 あきと一緒にいると心地いい。

 今のところ不快な気持ちになったことがない。

 なんだかほんわかする……というか落ち着く……というか……。

 強いて言うなら、彼女独特の雰囲気かな。

 彼女独特の雰囲気が私はとても好きだ。

 ペットに抱く感情に近いのかもしれない。

 飼ったことないけど。

 月曜日はいつも憂鬱だけど、そんなあきと一緒にいると少し軽減される気がする。


 ちらりと隣のあきの方を見る。

 二人仲良く電車に揺さぶられる。

 あきは腕がぶつからない程度に私の隣に座っている。

 いつも通り隣でこっちを見てるのかなあ……なんて思ってたんだけど、今日は違うらしい。

 なんていうか……今日のあきは……いつもよりソワソワしてる感じがする。

 わかりやすく体がモジモジ……あるいはソワソワ……している。

 足が挙動不審だし······。

 あきはすぐ体や表情に出るからわかりやすい。

 そんな所が少し羨ましくも、微笑ましくもある。

 素直に感情表現ができる彼女が少し羨ましい。

 まあ私だけみたいだけど。

 少し胸を張れる気がした。

 ……張るほどのものでもないけど。


 最近のあきは私の近くにいるとずっとソワソワしてるけど、今日はいつものそれ以上。

 なんでなんだろう。なんかしたっけ?

 思い当たる心当たりは……少し考えてみようかなって思ったけど、すぐにめんどくさくなった。

 

 私と一緒にいる時のあきは、一人でいる時とで雰囲気が全く違う。

 一人の時のあきは、無口でクールな大人びてる子って感じ。

 私と一緒にいる時は女子高生相応……っていうか、それよりちょっと幼いぐらいの妹って感じだ。


 声をかけてもいいんだけど、これはこれでこのままほっておいても面白そうなのでほっとくことにする。

 ただほっておいてもつまらないので、無言であきの顔をじっと見ててもいいんだけど、眠くなってきたしいつも通り私は寝るとする。

 きっとあきは起こしてくれるだろうし。

 おやす――


「か、かえで」


 おや、珍しい。あきが私の睡眠を止めるのは初めてだ。

 別に止められるのが嫌な訳でもないから、止めてくれて構わないんだけど。

 それに、あきの方から話が来るのならわかりやすくていい。


「どしたの」


 欠伸をしながら答える。

 普通だったら失礼かもしれないけど、あき相手にはそんなの必要ない。

 そういうのを気にしないところが私は好きだ。


 あきは依然ソワソワしたままだ。っていうか私の顔をすごく見つめてくる。

 視線だけはいつものあきに戻った。


「今日、かえでんち、行って、いい?」


「なんで片言なの、別にいいけど」


 思わず苦笑してしまった。なんだそんなことか、と。

 あきの表情が一気に晴れる。挙動不審だった足も嬉しそうに、ステップを踏むかのように動きが弾んでいる。

 本当にわかりやすくてよろしい。


「それで、別にいいんだけどなんで?」


「え?」


「いや、家になにか用があるのかなと」


「お店に行こうかなって、思って」


「お店?」


 お店……。いや、家の目の前にあるにはあるけど。

 なんでなんだ。

 


「あ、あの。そこのおじいちゃんが、かえでと遊びに来いって」


 私の心情を察したのか、ご丁寧に説明してくれた。

 こういうとこから、やっぱりあきは良い子なんだなって思う。

 ちょっと色々おかしい子だけど。

 私もか。


「あーなるほど。でも、別に今日じゃなくてもいいんじゃないの?」


 ちょっといじわるしてみる。

 私は別にいつでもいいけどね、どうせ暇だから。

 それな家には誰もいないし。

 あきの反応を伺う。


「じゃ、じゃあ土曜日、泊まりに行っていい?」


 だったら、と言わんばかりにあきが別のプランを出してくる。

 ふむ? なるほどね。別にいいけど、一気に日にちが飛んだな。

 意図をさぐってみるか。


「うーん、ちょっと予定が……」


 ほんとは予定なんてないんだけどね。


「よ、予定って……?」


 あきの顔に哀愁が漂ってくるのがなんとなくわかる。

 お手をしたのにご褒美が貰えなかった犬みたいだ。

 犬、飼った事ないし、そんなの見たこともないんだけど。

 もう少しだけ反応を伺ってみたい。

 予定……何かありがちなのは……。

 遊びに行くとかにしとくか。

 そんな友達もいないけど。

 ――なんもないじゃん私。


「遊びに行く予定が……」


「だ、誰と?」


 どうしよう。言い訳が苦しくなってきた。

 あきはなんか泣きそうだし。

 うーん。彼氏……とかでいっか。


「「彼氏……とか?」」


 二人の声が綺麗にハモった。

 やるなあき……察し能力が高い。

 私に彼氏がいるなんて、的はずれなことを思ってることを除けば。

 というか自分で言っといて”とか”ってなんだ”とか”って。

 


「そ、そっか。かえで美人だもんね。彼氏ぐらい……いるよね……」


 なんなんだろう、その表情は。

 告白してフラれた……みたいな表情をあきはしている。

 なんでそんな表情するんだ?

 あきが本当に悲しんでいる顔が見たかったわけではない。

 自分でこんな顔にさせといて図々しいかもしれないけど、なんか嫌だ。

 

「ご、ごめん! 嘘! 暇暇! 超暇だよ!」


「……彼氏は」


 思わず謝る。

 あきがその後何か言ったようだが、声が小さくてなんて言ったか聞き取れなかった。


「な、なんて?」


 恐る恐る聞いてみる。あきは下を向いてしまって顔が見えない。さっきまであんなに嬉しそうだった足もすっかり静止状態だ。


「か、彼氏……」


「う、嘘だよ嘘! 私に彼氏なんているわけないじゃん!」


「でも……かえで美人だし、モテるから…」


 何を言っているんだあき。

 私はモテたことなんてない。

 それに、彼氏なんていたことないし、美人でもない。 

 いくらなんでも過大評価しすぎだ。

 

「モテないモテない! それに美人でもないし!」

 

 やべ、焦り過ぎて声の加減を忘れてた。

 訝しむような視線が私たちを捉えている。

 その中には恐らく同級生と思われる人たちもいた。

 変な誤解をされそうだ。

 私はいいけどあきに変な被害が及ぶ可能性がある。

 仕方ない、あきと距離を詰める。

 腕がぶつかりそう……っていうか、ぶつかってる。

 

「ほ、ほんとに彼氏いない?」


 これ以上周りに聞こえるぐらい声を出すのは控えたい。

 耳元で囁くのが一番なんだけど、あきは耳が弱い。

 致し方なし、ちょっと我慢してねあき。


「いないって。安心してよ。土曜日ね? いいよおいで」


 耳元で囁く。

 あきの顔が一気に紅くなる。秋の紅葉の様だ。

 それこそ秋の楓みたいな。

 それにしても『安心』してねとは一体。

 まるであきが私を好き、みたいな前提で言ってるみたいだ。

 自惚れるなかえで。

 それに、そもそもあきは女の子だし。

 もちろん私も女だが。

 胸の方は少し控えめだけど……。いやそれは別だ。


「あ、わたしも彼氏いないからね」


 あーうん、そう。

 なんでそれを私に報告するんだ……。


「あ、うん。頑張って」


「じゃ、じゃあ、帰ったあとも、電話していい? 色々二人で考えたい」 


「いいけど、寝させてね」


「わかってる!」


 すっかり元気になった様子である。

 一人で盛り上がっているのか、鼻息までもが荒くなっている。

 女の子なのにやめなさい。面白いから言わないけど。

 本当にあきは表情がコロコロ変わる。

 飽きっぽい私が見ていて飽きないぐらい。

 できれば笑顔が見ていたものだけど。

 まあ、いいか。

 とりあえず土曜日はあきが来る、と。

 というか色々考えるって、どこか遊びにでも行くのかな。

 私外出用の私服なんて持ってないんだけど。

 制服でも着るか? 普段外に出ないのをいいことに、近所ではパジャマで過ごしてたのが仇になったな……。


 まあ、いいか。今考えてもめんどくさい。

 土曜日の私に任せまーす。

 じゃあおやす――


『間もなく〜――』


「あ、降りよかえで」


「あ、うん。はい」


 マジかよ。

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