第11話 メルト

 あきが帰っていくのを窓からこっそり見届ける。

 髪ボサボサだな……。

 髪ぐらい直してから行かせてあげればよかった。

 こういう気を遣えないのが私だ。

 少し嫌になる。

 

 あきは時折私のほうを気にするように、振り返りながら帰路へ着く。

 って言っても電話してるみたいだけど。

 多分、親かな。家結構遠いのかも。

 ……悪いことしたな。


 家は私一人、いつもの状態へと戻る。なんかドッと疲れたな。

 体調が悪いのもあるかもしれないけれど、珍しく人と話し込んだことが原因かもしれない。

 疲労感はあるけど不思議と体は満足感のようなものが溢れている。

 今、脱力したらとても良い睡眠がとれそうだな。

 寝落ちしない程度に脱力して床へと寝そべり、天井を見つめる。

 あきの言葉を思い出す。そっか、お姉ちゃんかあ。

 でも、あきはお姉ちゃんって感じじゃないな。

 どっちかって言ったら妹かも、と独り言ちつつ笑う。

 隣にあきはもういないけど……っていうか私が帰したんだったな。

 なんで帰しちゃったんだろう。

 本当はもう少しだけ人肌に触れていたかった。

 自分の考えていること……がよくわからない。

 まあ、いっか。めんどくさい。

 少し一人の時間が欲しかった……ってことで。


 もしあきが家族だったら……私は一人じゃなくなるのかなあ、なんて夢を思う。

 両親はいないけど、姉? 妹? と二人暮らし。

 ふむ、悪いものではないな。

 あきと二人で暮していたら……と叶わない夢を妄想してみる。


 きっとあきは甘えん坊さんな妹なんだろうな。

 私より体が大きいくせに、何かあれば直ぐに泣きついてくるような、犬みたいな妹。

 でも、私が体調崩したりしたら必死に看病してくれるんだろう。

 そして、きっと二人で仲良く一緒に眠っているんだろう。


 私はもちろんだけど、多分あきもなんやかんや寝ることが好きなんだと思う。

 これは先天的なものだろうか? 私に似てきているような気がするから後天的なものかも。

 それにそれに……。

 続きを考えようとしてハッとする。変わったなあ私。

 いつから人肌を求めるようになってしまったんだろう。

 しまったっていうと、悪い事みたいだな。良いことかどうかもわかんないけど。


 くそお……、あきを帰すんじゃなかった。もう少し家にいてもらったらよかったなあ……。

 なんて後悔してみたりする。

 一人なのに何となく――

 何やってんだろうなあ、私。

 自分自身に対しても本心を隠してしまっている、なんてバカバカしい話があってたまるか。

 

 どうせいないんだろうけど、もしかしたらいるかもしれない。

 なんて期待しながら窓の外を見つめる。

 いるわけないか。そりゃあ、そうだよなあ……。

 本当の家族でもあるまいし。

 ハハ……。


 ふと、あきと連絡先を交換した後床に置きっぱなしだった携帯に通知があることに気づく。

 他人から連絡が来ることは珍しい。それこそ親戚が来る時ぐらい。

 近所のおじいちゃん、おばあちゃんなんかは携帯が使えないから直接会いに来る。

 まさかあきがすぐ連絡を入れてきたわけじゃあるまいし……でももしかしたらな、なんて期待を込めて携帯のロックを解除し、通知を確認する。

 ほんとにあきだった。


『無理しないでね。なんかあったらすぐ来るから』


 顔文字も、絵文字も、そういったものが一切ない。

 というか、あきはそういうものあんまり好きじゃなさそう。

 女の子らしからぬ文章だなあ……なんて思いながら返事を考える。 

 私がいつの間にか、無意識にニヤついているのに気づいて少し驚いた。本当に変わったな、私。

 なんか視界がにじんできた。


『うい』


 返事はそんだけ。なぜか視界が滲んできたせいで、全然テンキーが見れなかったから仕方ない。

 なんでニヤつきながら泣いてんだろ、私。

 よくわかんねえや。

 いつの間にか、本当に、自覚もしない間に人肌を求めていたのかな、私。

 まあ、いいや。なんかめんどくさい女だ、私。

 このまま寝るとしよう。


「おやす……」


 そうだ、あきはもういないんだった。そっか。もう……帰った……のか。

 また、一人……か。そっか。

 今すぐあきを呼ぼうかな……なんて思ってみる私がいる。

 そんなことしたらほんとにめんどくさい女だ、私。

 それでもきっとあきは来てくれるんだろうな。

 ……困るな。

 あきがくれる無条件な優しさは、時に私を融かしてしまいそうになる。

 何から何まで、それこそ心しか残らないぐらいまで暖かくて優しい、そんな女の子――あきに溶かされてしまいそうだ。

 



 今度こそ寝ようかなって思ったけど、私の代わりに布団で寝ている携帯が震えだす。

 感傷的な気分に無機質な着信音。

 なんか笑えてきた。どんな絵面なんだろう。

 しかも着信音ってことは電話じゃん。こんな状態じゃ出れないよ〜、って。

 誰もいないのに小声で独り言ちる。

 一体誰から……あきじゃん。

 ほんとに、なんなんだろう。あきって子は。

 どうしてこんなに私の心をピンポイントで揺さぶって、融かしてくるんだろう。

 

 寝てたってことにしよう。

 もうなんかいろいろ疲れちゃった。

 それじゃあ、おやすみ、あき。

 今度は一人じゃない。

 隣には着信音が鳴る携帯しかない。

 けれど不思議とそこにあきがいてくれているような気がした。

 そんなあきを背に私は眠りへとつくのだ。



 


 

 


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