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なるほどこれでは入り込めまい。頑丈な石壁が、ぴったりと隙間なく行く手を塞いでいる。押したり引いたり、あるいは殴ったり蹴飛ばしたりでは除けられないそうもないのが、一目で明らかだった。
「完全に行き止まりだね」と私は見えたままのことを言った。「あの人たちの言ったとおり」
案内役の男たちは、本当に〈朱鼠の祠〉の手前までしか同行してくれなかった。あちらでございます、と指し示すなり、自分たちの役割は終了とばかりに姿を消した。ちょっと感心するほどの逃げ足の速さだった。
「人工的に設置した扉には違いないんだから、通るすべはあるはずだ。ちょっと場所を貸してごらん。あたしが上のほうを見てみよう」
栄さんが進み出てきて、天井付近を慎重に確かめはじめる。彼女の身長ならば軽く背伸びしただけで手が届く。その程度の広さの空間である。
「特に変わった把手とか、取っ掛かりとかはなさそうだな。なにか仕掛けが埋め込んであるんじゃないかと思ったんだけど」
今度は屈みこみ、私たちと同じくらいの高さまで視線を下げた。ややあって、「ここに穴があるな」
顔を近づけた。確かにごくごく小さな穴が開いている。鍵が差し込めそうな感じではない。通すとしても糸や針金がせいぜいだろう。
「面倒だし爆破できない?」と小紅が恐ろしい提案をする。「火に精通した〈朱鼠〉もいるでしょ? 爆弾を作らせて吹き飛ばすってのはどう?」
「ここ、地下だよ。落盤でも起きたら、それこそ大変なことになるよ」
「そこは上手く調整して。技術者の意地を見せろ」
「祠だよ。罰が当たるかも」
そうは言ってみたものの、〈朱鼠の祠〉には仏像やお地蔵さまの類が祀られているわけではない。アーチ状の構築物が形作る、単なる通路である。あえて近い印象のものを探すなら防空壕だろうか。あるいはピラミッドの入口。
「巴の伝言は、いま一度の名勝負を期待する、だったね。あいつはあんたたちがここに来ることを望んだ。奇怪な奴だが、あいつにはあいつなりの理屈があるはずだ」
栄さんの言葉に私は頷き、「彼のことだから――ただ私たちを理不尽に追い詰めたいわけではないはず」
「そうかなあ」と小紅。「かなり理不尽な目に遭ってるような気がするけど」
「まあ自分勝手な奴には違いないね。あいつは〈金魚辻〉にも〈祭火隧道〉にも影響力を持ってるが、倫理や道徳だけでは動かない。自分が満足できる理由がなければ、決して力を振るわない」
私は壁の表層を撫でながら考えを巡らせた。巴さんとの勝負を思い返しつつ、
「彼が新しい情報の提供を拒んだのは、必要なものがすでに出揃っているからだと思います。前回もそうでした」
「解なしの問いは出してこないってことか」
「はい。〈牡丹燦乱〉抜きで、私たちだけでこの扉を開けられるはずです。私たちがいま手にしているカードだけで解くことができる」
「手にしてるって――なにも手にしてないよ」
小紅が自身の両掌を開けたり閉じたりする。私はそのさまを眺め、続いて栄さんに視線をやり、改めて小紅の手に注目しなおして、はっとした。
「それだ」
「え?」
「手にしてるよ、小紅。私たちは手にしてる」
ほら、と私は腕を曲げ、手首を彼女の眼前に突き出した。「金色の紐。入場のときに貰ったでしょう? 小紅もまだ付けてる」
「ああ――そういえば。外すの忘れてた」
私は頷いて、「そうだよね。私も忘れてた。ただの紐だから特に気にならないし。でも栄さんは付けてない。なぜですか? 自分で外したんですか?」
「いや、出口で回収された。みんなされたもんだと思ってたけど、あんたたちだけ――」言いながら、栄さんは少しずつ笑顔になった。「そうか。優勝者は違う出口を通らされたんだ」
「ええ。私たちだけは紐を取られなかった。〈隧道祭〉の参加者のなかで、いま優勝者だけが持っているもの、といったらこれしかありません」
慎重に紐を解き、まっすぐに伸ばしてみた。思いのほか強度があり、ぴんと張ったまま形状を維持している。
「小紅のも貸して。今年はふたりとも優勝なんだから、たぶん両方必要だと思う」
彼女は左手首を弄りながら、「上手く解けない。私、左利きなんだよ」
「いいよ、私が外す。手、出して」
二本を並べ、ゆっくりと穴に差し入れてみた。途中で引っ掛かることもなく、するすると扉を貫通していく。やがて、軽い手応えが生じた。紐が自然と奥へと引っ張り込まれ、私の手のうちから失せた。
低い異音が聞こえてきた。扉の一部がゆっくりと滑るように動いて、人がかろうじて通れるか否か、といった程度の横穴を作った。奥から洩れ出した明かりが、うっすらと一帯を染めている。
「ものすごく狭いね」と私。「這えばどうにか通れるかな」
「進むとしてもひとりずつだね。栄は――無理か」
小紅が振り返ると、栄さんは薄く笑い、
「言っておくが、あたしはあんたたちより体が柔らかい。全身の関節が自在に動くんだ。これしきの通路なら簡単に抜けられるよ。様子を見てきてやろうか?」
意外な、そして魅力的な申し出だったが、私はかぶりを振って、
「優勝者が進むことを想定した通路でしょうから、私と小紅が先に行くのが筋だと思います。栄さんはいったんここにいてください。ふたりとも無事に向こう側に行けたら合図します」
「分かった。万が一、閊えたら知らせな。押すか引っ張るかして救出するから」
私と小紅とで順番を決めることになった。最初に言い出した私が先陣を切るつもりでいたのだが、小紅は自分のほうが小柄だから有利だと主張した。柔軟性にもそれなりの自信を抱いていると言う。
「だから私が適任だと思う。更紗は栄と待ってて」
「でも、私には〈兎面〉がある。万が一のとき、気配を察知しやすいのは私だよ」
しばらく話し合ってみても埒が明かないので、潔くじゃんけんをした。私が勝った。
「じゃあ、行ってくる」
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