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「申し訳ございません」畳に額を擦りつけんほどの勢いで、途端にふたりが平伏する。「本当に、どうお詫びすればよいものか」

 私はすっかり混乱して、「どういう――ことですか」

「事情があるのです。どうか、少しだけお話を」

 私は反射的に小紅を振り返った。激昂しているらしく、眉間にくっきりと皺を寄せている。彼女は息を吸っては吐き、声を震わせながら、

「くだらない言い訳だったら、恐ろしい目に遭わせるから」

 我々も今日の今日までまるで知らなかったのですが、と前置きしてから、彼らは説明を始めた。〈牡丹燦乱〉は毎年、賞品を〈朱鼠の祠〉と呼ばれる場所に保管する。結果発表ののちに優勝者がそこに入り、自ら取ってくる決まりである。優勝者に与えられるのは賞品そのものではなく、〈朱鼠の祠〉に入る権利である――。

「じゃあ私の時計はまだ〈朱鼠の祠〉のなかにある、と」

「左様でございます」

「あのさ、それは去年までのしきたりでしょ? もう〈牡丹燦乱〉は解散したんだから、従わなくたっていいんじゃないの?」小紅がもっともなことを言う。

「我々も最初はそう考えました。しかし〈朱鼠の祠〉の入口を塞いでいる扉は非常に頑丈で、無理やり開けることも壊すこともできないのです」

「開けるための鍵があるんじゃないですか?」

 という私の問い掛けにも彼らは頷かず、

「あるのかもしれませんが、特定には至れていません。ともかく〈牡丹燦乱〉から聞き出すのが早かろうと判断し、使いを遣ってありました。ところが蛇の一族からの了解が得られず、対面できなかったのです」

「どうして対面できなかったんでしょう。なにか事情が?」

「蛇の一族からの伝言をそのまま読み上げます。いま一度の名勝負に期待する。地の底より君たちのために祈る。以上」

「よし」小紅が立ち上がった。「巴のところに殴り込んで〈牡丹燦乱〉を奪還しよう」

 勢い込んで部屋を出て行こうとする。私は慌ててその腕を掴み、

「酔ってる?」

「酔ってないよ、大真面目。なんであいつに邪魔されなきゃならないの?」

「そうだけど――」

「みんなに助太刀を依頼する。栄が巴と戦う。コウと蘭は後方から援護する。その隙に私たちが〈牡丹燦乱〉を奪い返す。完璧な作戦」

 やはりまだ酔っているのだという気がしはじめた。昨夜の酒量からすると、それも当然かもしれない。

「とりあえず落ち着きなよ、小紅。栄さんを呼んで相談しようよ。あの、もうここに来てもらって構いませんか」

「来ていただくこと自体は構いませんが、その――」

「あなたたちに非がないことは分かっていますから、心配しないで。栄さんも、むやみに責めたりはしませんよ」

「私が呼んでくる」と小紅が席を立った。栄、栄、と叫びながらどたばたと廊下を駆けていく。

 ややあって戻ってきた。栄さんが腰を下ろしながら、「事情は聞いたよ。また厄介なことになったね」

 完璧な作戦なるものを実行する前提で話が伝わっていたらどうしようかと密かに危惧していたのだが、どうやら大丈夫そうである。胸を撫で下ろした。

 栄さんは全員を見渡してから、穏やかに、

「いったん蛇の一族に処遇を委ねてしまった以上、あたしたちから〈牡丹燦乱〉の扱いに口出しするのは悪手だと思う。連中が態度を曲げることはありえない」

「我々としても、それはぜひ避けていただきたいです。蛇の一族とは良好な関係を維持しておきたいですから」

「納得がいかない」と小紅は膨れた。「〈牡丹燦乱〉はけっきょく、賞品を渡したくないからそんなところに隠してるんでしょ? 山ほど罠が仕掛けてあるよ、きっと」

「ああ、それは一理ある。過去の優勝者にもそうやって諦めさせていたのかもしれない。その程度のことならやりかねない連中だから」

「栄もそう思うんでしょ? 馬鹿正直に相手の手に乗ってやることないよ。奪い返すのが難しければ、蛇屋敷に忍び込んで〈牡丹燦乱〉とこっそり接触するっていうのは?」

 栄さんは腕組みし、「無理だろう。万が一上手く入り込めたとしても、〈牡丹燦乱〉側にその場で口を割らせるのは不可能だ。巴がこちら側に情報を寄越さないと決めているなら、それを出し抜くのは至難の業だよ」

「私たち、一回あいつに勝ってる。次も勝てるかも」

「それは同じ土俵で勝負したからだろ? 向こうが手段を選ばないつもりなら、勝ち目はほとんどない。悔しいけど、力では敵わないよ」

 小紅はますます頬を膨らませ、「地を這う者たちに幸いを、とか言ったのは取り消す。少し痛い目に遭え」

「とりあえず、みんなで〈朱鼠の祠〉に行ってみない?」タイミングを見計らって、私は切り出した。「現地を見てみれば、なにか思い付くことがあるかもしれないし」

「でしたら我々がご案内しましょう。先ほど申し上げたとおり入口は開きませんので、その手前まで、ですが」

 男たちふたりが立ち上がった。私たちの誰かがそう言い出すのを待っていたようだった。

「あたしも一緒に行くよ」と栄さんも腰を上げる。「見てみないことには始まらないからね。小紅はどうするんだ」

「更紗が行くんだったら、もちろん行くよ。〈牡丹燦乱〉にも蛇たちにも腹が立つけど」

「よかった。ありがとう」

 微笑みかけると、小紅は私の手を掴んで、

「決めたもん、最後まで隣に居るって」

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