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 九曜さんたちが去ってしまったのち、〈隧道祭〉は再開された。出番を終えた私たちは客席に座り込んで、数々の出し物を眺めて楽しんだ。それぞれに練習を重ねてきたことが明らかな、力の入ったパフォーマンスばかりだった。〈隧道祭〉に参加できてよかったと思った。

 最後の演目が終了すると、みんな、と栄さんが声をあげた。居残った〈朱鼠〉たちをゆっくりと見渡しながら、

「〈隧道祭〉の締めくくりを考えなきゃならない。固い挨拶は省略するとして、賞品をどうするかだ」

「今回の優勝者が誰かって? それはもう決まってるんじゃないか?」と観客のひとりが発した。「なあ。こちらのお嬢さん方だろ」

 いっせいに拍手が生じた。栄さんは頷いてから私たちを見やり、「だってさ」

「やった」と思わず声をあげた。「ありがとう、栄さん。ありがとう、みんな」

 指笛や口笛が起き、驚いたことに花火までが打ちあがった。どん、どん、という轟音とともに、一帯が鮮やかな光に染め上げられる。

 途端に小紅が飛びついてきて、私の首に両腕を回した。私は彼女の体を抱き締めかえしながら、その耳元で囁くように、

「ありがとう、小紅」

 ――こうして、波乱まみれの〈隧道祭〉は幕を閉じた。景品は後から届けてもらえるというので、私たちは〈朱紋様〉へと帰ることにした。優勝者は例年、会場を一回り凱旋してから専用の門を通っていく決まりだという。気恥ずかしかったが従うことにした。栄さんたちは出口で待っていてくれた。

 その夜は酒盛りと相成ったのだが、聖さんがいなくなった淋しさからか、コウさんは浴びるように飲み、蘭さんに抱えられて早々に寝室へ戻ってしまった。あんたたちもほどほどに休みなよ、と言い残して、栄さんも席を立った。

 私と小紅だけが残った。私は水を片手に料理を摘まんでいるのみだったが、小紅はコウさんを遥かに上回る量のお酒を飲んでいた。それでなお平然としているのに私は驚き、

「小紅は本当にお酒が好きだね」

「ん。でもこれ、そんなに強くないよ。蛇のお酒よりずっと飲みやすい」

 感心と呆れと心配とが入り交じった複雑な心境で、私は彼女を見つめた。すでに空になった壜や壺が、卓上にはずらりと並んでいる。

「更紗もちょっとなら飲んで平気だと思うよ。そもそもなんで駄目なんだっけ?」

「未成年だから。二十歳になるまで、人間はお酒を飲んじゃいけないの」

「人間がお酒として定義した飲み物は、でしょ。これは当てはまらないよ」

 よく理屈を捻り出したものだと思った。法的には、確かにそういう逃げ道が存在するのかもしれない。

「もちろん無理にとは言わないけどね。でも美味しいよ。八重の砂糖菓子くらい美味しい」

 少しだけ心が揺らいだ。あのお菓子も口にするまでは迷ったが、食べてしまえば絶品だった。あれと同等の満足感が得られるなら――逃したくはない。

「どんな味なの?」

「果物。甘いよ」

 小紅が寄越してくれた器を手に取り、慎重に香りを確かめた。なるほど果物に近い。ほんの少しだけ口に含んでみる。途端、その味わいに驚嘆した。

「――美味しい」

「そうでしょ。もう一杯飲んだら」

 もう一杯が二杯、二杯が三杯になり、いい加減にしなければと思ったあたりで私の意識は途切れている。気が付くといつもの布団の上だった。むろん自分で敷いた覚えはない。

「おはよう、更紗」と隣に横たわった小紅が呼びかけてきた。「気分はどう?」

「おはよう。二日酔いとかは、たぶんしてない。でも記憶がぜんぜん」

 ここまで運んでくれたのかと訊ねてみたが、彼女はただ謎めいた笑みを浮かべるばかりで答えてくれなかった。酔った私は相当に間の抜けた言動を繰り返したのかもしれない。まったく思い出せないのがかえって恐ろしかった。

 ともかくも起き出し、ふたりで遅い朝食を取った。小紅がやたらご機嫌で、なにか満たされたような顔をしていることに、その段になって気付いた。理由はまるで分からなかったが、私に呆れたり怒ったりしている様子ではなかったので、少し安堵した。

 待ちかねた客は、昼過ぎに〈朱紋様〉を訪れた。栄さんに案内されて、私たちの部屋へと入ってくる。小柄なふたり組の男性で、少し疲れたような表情を覗かせているのが気になった。私の思い過ごしだろうか。

「できれば、更紗さまと小紅さまに先に」

 席に着くなり、片方が神妙な口調で告げてきた。怪訝な表所を浮かべた栄さんに向け、もう片方が言い訳するように、

「いえその、おふたりへの品ですので」

「そう、分かった」と栄さんはあっさりと腰を浮かせた。「外すよ。更紗、もしよければ帰る前に、あたしたちにも時計を見せてって」

「はい、必ず」

「じゃあ、後でね」

 四人が残った。男たちはそれぞれに名前を言い、丁重に頭を下げながら、

「このたびは、誠におめでとうございます。おふたりにこうしてお祝いを申し上げられますことは、私どもにとりましても――」

「そのへんでいいから」と焦れた小紅が割り込む。「長い挨拶は抜きになったんでしょ」

「失礼いたしました。つい」

「いいってば。それで、時計は?」

 彼らは互いに顔を見合わせた。明らかに気まずげにしている。私は恐る恐る、

「もしかして、忘れて来ちゃったとか」

「いえ、断じてそのようなことはございません」

「じゃあ早くちょうだい。更紗はずっと、それを探してたんだよ」

 ふたりはまた顔を見合わせた。やがて片方がゆっくりと、

「率直に申し上げますと、時計はいま、この場にはありません」

 数秒の沈黙ののち、私と小紅は声を揃えた。「え?」

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