第27話

 二日目の午前中公演は昨日とは違って落ち着いた気持ちで信寛君の姿をじっくり見ることが出来た。じっくりと見た信寛君の芝居は今まで見てきたものとは全然違っているようにも見えて、私の中で新しい発見がいくつも生まれていた。ぼんやりと見ていた昨日の信寛君とはあまり違いが無いと思うのだけれど、受け手側の印象でこうも違ったものに見えるのかと思うと、私は驚くよりも先に感動してしまっていた。

 最後のシーンで私は観客席に背中を向けてしまったのだけれど、それは涙を観客に見せたくなかったためである。緞帳が下りてマイクのスイッチが切れた瞬間、信寛君は私のすぐそばにきてオロオロし始めてしまった。


「ごめんなさい。信寛君の芝居を見ていたら自然に涙が出ちゃったみたい。でも、悲しいとかじゃないから心配しないでね」

「大丈夫ならいいんだけど、本当につらいことがあったら我慢しなくていいんだからね。午後の公演だって中止にしたっていいんだよ」

「大丈夫。あと一回しかない私達の公演だもの、中止になんてしないよ。それにね、私は信寛君に感謝してるんだ。今までたくさんいろんなものを貰って来たのに、何一つお返しできてないなって思うとさ、ちょっとだけ感情が揺れちゃったんだよね。でも、嫌な気持ちとかじゃなくて、ずっと大切にされてて幸せだなって思ってるから」

「そうなんだね。昨日は休憩中に一緒に見て回れなかったから、本番までの少しの間一緒に校内を見て回らないかな?」

「うん、昨日はちょっと考え事をし過ぎてて一人になりたかったんだけど、今日は信寛君と一緒に見て回りたいな。そう言えば、私は学校祭の出し物って一つも見てなかったかも」

「じゃあさ、昨日歩いてて気になった場所があったから行ってみない?」

「それってどんなところなの?」

「それはね、ついてからのお楽しみだよ」


 私と信寛君はそれぞれ更衣室に入って制服に着替えた。さすがに衣装のまま校内を歩くわけにはいかないし、制服の方が何かと都合もいいだろう。何せ、今日は一般来場者もたくさん来ているみたいなのでこの学校の生徒だという事がわかる制服の方が気を遣われなくていいように思えていた。

 信寛君が私を連れて行ってくれたのは手作りのチュロス屋さんだった。私はあまりチュロスを食べたことは無かったのだけれど、一口食べるとそんなに味はしなかったし火加減もそんなに拘っていないような感じだった。それでも、私は信寛君と一緒に食べたチュロスの味を忘れないだろう。その後に飲んだよくわからないジュースも味はいまいちだったけれど、それはそれで楽しい思い出になっていた。

 私は知らない間にいつもみたいに笑っていたようで、それを見た信寛君も私と同じように嬉しそうにほほ笑んでくれていた。昨日まで悩んでいたのは何だったんだろうと思えるくらい楽しい時間を過ごすことが出来た。私が昨日のうちに気持ちを切り替えていたのなら、昨日はもっと楽しい時間を信寛君と一緒に過ごすことが出来たのかもしれないと思っていた。でも、今は後悔している時間なんてないし、この楽しい時間を精一杯満喫してしまおうと思うことにした。信寛君のお陰で今まで以上に前向きになれたような気がした。


「せっかくだしさ、今のこの状態で一緒に写真を撮ろうよ。今まで二人で一緒に写真を撮ったことが無かったしさ、記念にどうかな?」

「うん、私も信寛君と一緒に写ってる写真が欲しいかも」

「じゃあ、一緒にステージまで戻って誰かに写真を撮ってもらおうよ」

「そうだね。普段の私達の姿でも撮ってもらわないとね」


 私は今は何も上映されていない休憩時間のステージに向かったのだけれど、この時間帯にはきっと誰もいないだろうと思っていた。誰もいなければ私は自分の腕を精一杯伸ばして信寛君と一緒に自撮りをすることが出いると思っていた。そうすれば、今まで触れることが出来なかった信寛君に触れることが出来る。そう信じていたのだ。

 だが、私の予想に反してステージの周りには結構な人数が集まっていた。


「あれ、結構この時間でも人がいるんだね。今は何もやってないはずなのに、どうしたんだろ」

「ああ、アレは去年とか昨日の舞台のダイジェストを流しているんだよ。今日が一般開放日って事もあってさ、昨日の舞台とか見れなかった人のためにダイジェスト版を後悔しているんだよ。泉は聞いてなかったの?」

「もしかしたらだけどさ、私は聞いてないけど説明されてると思う。実はね、今回が四回も公演回数あるって知らなかったんだよね。それで、四回もあるなら何かしなくちゃって思って色々考えているうちに、昨日の公演が二回とも終わっちゃったんだ。何も出来なくてごめんね」

「いや、いいんだよ。泉は何もしなくてもいいのさ。だってね、泉はとても恥ずかしがり屋で人前に立つのなんて絶対無理だって知ってるからさ。それなのに、俺の隣でステージに立っててくれるって凄いことじゃないか。俺はさ、ずっと前から泉と一緒に何か思い出を作りたいなって思っててね、一緒の舞台に立ったらいい思い出になるんじゃないかなって思ってたんだよ」

「そうだったんだね。でもさ、この学校にたまたま演劇部があって良かったよね」

「そうなんだよな。俺もこの学校に演劇部があってよかったと思うよ。俺はさ、泉も一緒に演劇部に入ってくれたらいいなって思てたんだけど、泉は俺と一緒に演劇部に入ってくれると担って良かったって思ってるよ」

「もしもさ、愛莉ちゃんも一緒に演劇部に入ってたらどうなってたんだろうね。もしかしたら、信寛君の隣に立ってたのは私じゃなくて愛莉ちゃんだったかもしれないね」

「いや、それは無いでしょ。山口って泉以上に人前に出るのが嫌いだと思うんだよ。人見知りとかじゃなくて、自分が目立つのが嫌いだと思うんだよね」

「でもさ、目立つのが嫌いなのに恋人が梓ちゃんってちょっとおかしくない?」

「そうかもしれないけどさ、人の好みって人それぞれだからさ。俺は山口も河野もいいやつだと思うし、友達としては文句なしだと思うよ」

「それとさ、私が舞台に立つのを本気で嫌がって、裏方として衣装作りにだけ専念したいって言ってたとしたら、信寛君はどうしてた?」

「どうしてたって言われてもな。俺はそうならないように泉を全力で説得してたと思うよ」

「そうか、私は信寛君に全力で説得されてしまうのか。それって一年生の時の話かな?」

「そうだね。一年生の時の話だと思うよ」

「一年生の時の私だったら、信寛君の全力のお願いは断らないと思うよ。良かったね」

「じゃあさ、二年生の時だったとしたら断ると思う?」

「そうだな。二年生の時も断らないと思うよ。私が信寛君のお願いを拒否する理由もないしね。例えばだけど、一緒の舞台に立って芝居をしたいからこの学校を一緒に受けよう。って、中学生の時に言われても断らないと思うよ。信寛君と一緒に居られるだけで私は嬉しかったんだからね」

「あれ、もしかしてだけどさ。俺がこの学校に泉と一緒に通いたかった理由って誰かから聞いたりした?」

「どうだろうね。でもさ、私は信寛君が私の知らないところで私の事を考えていてくれたっていうのは嬉しいよ。嬉しいけどさ、お互いに好き同士だったんだからもっと早くに告白しておけば良かったなって後悔はしているかもね」

「それはさ、俺もあるよ。相談する相手が山口じゃなかったらもっと素直に考えてこんな回りくどいことしなかったかもしれないな。でもさ、山口に相談して良かったと思うよ。結果的には泉と付き合うことも出来たし、三年間同じ舞台に二人だけで立つことも出来たんだからな。ある意味では、中学の時から付き合っているってより充実していると言えなくも無いよな」

「そうだね。私達って一緒に居る期間だけならこの学校の誰よりも長いからね。中学からの付き合いよりも長い付き合いなんだから気にする必要もないよね」

「だな、俺と泉と山口ってなんだかんだずっと同じクラスだもんな。さすがに高校卒業後の進路は俺達じゃ山口についていくことは出来ないだろうし、泉がやりたいことあったら俺が全力でサポートするよ」

「やりたいことか。今はまだ何も思い浮かばないけどさ、私も信寛君みたいに相手の事をずっと思って出来るようなことをやってみたいな。それが出来たら私は幸せだよ」

「何言ってるんだよ。泉は俺と山口と仲良くしてくれてるんだから凄いことだと思うよ。俺は割と誰とでも仲良くなれると思うんだけどさ、山口ってどっちかって言うと一人で何でも出来て他人と関わらないタイプだろ。一人でも平気な感じでさ。そんな山口がさ、泉の為だったらどんなことでも協力するのって凄いと思うよ。俺は時々考えるんだけど、泉がいなかったら俺と山口が幼馴染だったとしてもここまで仲良くなれなかったんじゃないかと思うんだよな。泉ってさ、人と人と結びつける天才なんじゃないかなって思うんだよな。でも、なんで人と人を結びつける天才なのに人見知りなんだろうな」


 確かに、言われてみたら私は友達と友達を繋ぐ役割を担っていたような気がする。人見知りなのは直せないにしても、私は友達とか知っている人ならそれなりに話せるし、人前に出るのも苦手なだけだったりする。それでも、私の友達と別の友達がいたらその人達を仲良くさせたいなって思うことはあるし、そのままたくさんの友達と仲良く出来たらいいなって思ってはいる。

 そう言えば、私が愛莉ちゃんと仲良くなった時から信寛君はそばにずっといたような気がするな。あの時は信寛君が好きな相手は愛莉ちゃんだと思ってたんだけど、私は愛莉ちゃんになら信寛君をとられても仕方ないかもって思ってたな。今はそんな風には思えないし、愛莉ちゃんにも梓ちゃんがいるから取られる心配も無いんだけどね。

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