第26話

 結局私は土曜日の公演でいつもと変わらずに一言も発することは無かった。何も知らない人から見ればいつも通りの舞台だったといえよう。ただ、私は自分の不甲斐なさを反省するばかりであった。午前中も午後も本番が始まる前は何とかして想いを伝えようと思ってはいたのだけれど、私はいつも通り緊張してしまって何も言うことが出来なかった。いや、いつも以上に定位置に固定されていただけだった。

 これなら私がいる意味なんてないし、恭也さんが作ってくれた素敵な衣装をマネキンに着せた方がマシなんじゃないかと思えるくらいだった。それでも、朋花ちゃんは私を褒めてくれていたし、事情を知らないクラスのみんなもたくさん褒めてくれていた。ただ、愛莉ちゃんは少しだけ悲しそうに見えてしまった。これは私がそう思い込んでいるだけでそのように見えたのかもしれないけれど、どうしても私には納得出来る内容とは思えなかった。

 それでも、信寛君はいつも以上に輝いていたし、気合だって入っていたと思う。私も気合だけは入っていたと思うのだけれど、それに体はついてこなかった。気負ってしまった分だけいつも以上に緊張してしまい、私は何も見せ場を作ることが出来ずにただただ立ち尽くしているだけであった。


 土曜日の二公演が終わって後輩たちもみんな信寛君のもとへと駆け寄って労っていたのだけれど、私は今の気分的にその輪に加わることは出来ず、そっとその場を離れてしまった。どうしても一人になりたいと思ってしまって、みんなに気付かれないように舞台袖から外へと逃げ出してしまった。

 荒れだけ見えを張って大きなことを言っておいて、私は結局今までと何も変わることは出来なかった。むしろ、今まで出来ていたことが何も出来なくなるくらい緊張してしまって何も考えることすらできなくなっていたと思う。

 今の調子じゃ明日も何も変われないんだろうな。そう思っていたところに若井先生がそっと声をかけてくれた。


「今日はたくさん考えすぎちゃったみたいだね。でもね、色々な事を考えることって大切だと思うのよ。今までは何も考えないで舞台に立ってたと思うんだけど、それはそれで自然体の宮崎さんを表現出来てたんじゃないかな。いや、表現するというよりは素の宮崎さんそのものって感じだったのかもね。でもね、今日の宮崎さんは去年までと違ってちゃんと自分が何をしようか考えていたと思うのね。でも、その表現方法がわからなかっただけだと思うの。先生にもそれの正解なんてわからないし、今考えていることが間違いなのかもしれない。間違いだったらやらない方がいいって考えもあると思うけど、間違いを認めてそれを正解に近づける努力も必要なんじゃないかな。今日の宮崎さんは自分の失敗を認めて反省しているみたいだし、きっとその悔しさが明日へとつながると思うよ。もしも、明日も失敗に終わったとしてもそれは良いの。去年までと違って宮崎さんは確実に前に進もうと努力して一杯考えてきているんだからね。だからね、失敗したからって自分を責めなくてもいいのよ。あんまり自分を追い詰めすぎるのは良くないからね。すぐには気持ちも切り替えられないと思うけど、明日にはもっと良いモノを見せられるようにしないとね。先生も山口さんも宮崎さんがいっぱい悩んで努力していることは知っているのよ。だから、頑張れとは言わないわ。何もしていないように見えてもあなたは今までよりも成長しているんだからね。結果が見えないからって焦るのは良くないからね。ほら、今年はずっと好きだった奥谷君と付き合うことが出来たんだし、去年までとは違う景色が見れるかもしれないのよ。今日は違う事をしようという思いでいっぱいだったかもしれないけど、明日は宮崎さんの大好きな奥谷君が輝いている姿を一番近くで見てみるのもいいんじゃないかな。先生がこんな事を言うのは変かもしれないけど、あなた達二人は今まで見てきた生徒たちの中でも一番お似合いのような気がしているしね。だから、泣くのは今日だけにして、明日は笑顔で奥谷君の姿をちゃんと見られるようにするのよ。じゃあ、先生は皆のもとに戻るけど、宮崎さんも気持ちを落ち着けることが出来たら戻って来てね。主役がいないんじゃみんな帰るに帰れないんだからね」


 私は若井先生の言葉を聞きながらも自分の事を見つめ直していた。

 先生の言う通りで、今日の私は気合が入りすぎて視野が狭くなってるように思えた。


 明日は先生の言うとおりに大好きな信寛君の姿をじっくり見てみることにしよう。そう考えると、私の気持ちは不思議と落ち着いてきた。

 とりあえず、今は皆の前に行って、明日も頑張ることを伝えないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る