第8話

 奥谷君が私の事を好きだというのが本当だったとしたら、今の関係を前進させるチャンスだと思う。もしも、私が奥谷君に告白をして断られたとしたら、それはもう残り少ない高校生活が早くも終わってしまうピンチになるのかもしれない。それと、部活にも行きにくくなってしまうと思う。もしかしたら、奥谷君の方が私を避けるようになってしまう可能性だってあるのだ。私は映画を見ている最中も見終わった後も、こうして一緒に二人で帰っている時でも、その事だけを考えていた。


「宮崎ってさ、友達といる時もあんまり話さないみたいだけどさ、それって色々な事を考えすぎてるからなのか?」

「え、私ってそんなに話してないように見えるかな?」

「昔はもっと誰とでも話していたと思うんだけど、いつの間にか宮崎って人見知りになってたよな。俺も割とそうだったとは思うんだけどさ、高校生になって演劇を始めてからそれもなんぼかマシになったと思うんだよね。宮崎が中学の時って山口以外と喋ってるとこを見たことが無かったと思うし、たまに見かけたと思っても二言くらいでいなくなってたよな。もしかしてさ、それって一番正しいこと以外は話しちゃいけないって思ってたりしないか?」

「えっと、それはあるかもしれない。でも、そんな事だけじゃ、ないと思う」

「俺はさ、昔の宮崎を知ってるから思ってるだけかもしれないけどさ、今の知的でクールな感じの宮崎もいいと思うけどさ、幼稚園とか小学校低学年の時みたいに俺と山口と三人で駆け回ってた頃の宮崎もいいと思うよ。あの頃は体力的な問題で山口が一番ダメだったと思ってたけどさ、中学生になった時点で俺達って学力でボロ負けしてたよな。俺ら二人の点数を足しても山口に届かなかったときは笑うしかなかったけどさ。でも、そんな俺達でも頑張れば山口と同じ高校に入れるって凄いよな。正直に言って、俺は結構諦めが入ってたんだよ。一緒に頑張ってはいたけどさ、家に帰ったら美春の世話をしないといけなかったからさ、俺がそうしてる間にも宮崎は勉強してるんだろうなって思ったらさ、少ない時間でも効率的に出来るように頑張ろうって思ったよ」

「そうだよね。私は家でも時々勉強してたかも。でも、奥谷君は美春ちゃんの為に色々してるんだもんね。それを考えたら、私って全然努力が足りないなって思うよ。部活だってそうだよね。私に少しでも勇気があればもっといろんな役を演じることが出来て、みんなで出来る演目も増える可能性だってあったもんね。でも、私は肝心な時に勇気が出なくてみんなに迷惑をかけちゃってるんだよね。もっと勇気があれば今とは違った感じになってたのかな」

「どうだろうな。そればっかりはわからないけど、今の大人しい宮崎だからこそ俺たちの今の関係があるのかもしれないしな。でもさ、俺は山口と河野の関係を聞いた時は結構驚いたんだけど、宮崎ってすんなり受け入れてたんだってな。それってさ、仲の良い幼馴染に出来た恋人が同性だったって受け止めるのも勇気がいることなんじゃないか?」

「それはそうでもなかったかも。私は二人が付き合ってるのは全く気付かなかったし、愛莉に言われて初めて知ったんだよね。でも、その時って一番最初に思ったのは、愛莉が幸せそうで良かったなって事なんだよ。愛莉の事はもちろんだけどさ、梓ちゃんの事も知ってたし、二人ともいい子だからどんな関係でも大丈夫だって思ってたよ。クラスのみんなだって最初はびっくりしてたけど、二人の行動を見ていたらそれも普通に感じてきたしね。どちらかと言えば、二人の関係を否定する方がよくない事なんじゃないかなって思ったくらいだよ」

「好きになった相手がたまたま同性だったってだけの話だもんな。それもさ、別に二人が付き合うことが悪いことってわけでもないしな。何だったら、あの二人が付き合ってるって事で、クラスの団結力が高まってたりするもんな。ちょっとしたことでも何でも言い合えるようような関係になってるもんな」

「そうなんだよね。でも、愛莉も梓ちゃんも凄い勇気があるなって思うよ。私だったら好きな人がいても告白できずに終わっちゃうかもな。どんなことでもやらないで後悔しちゃうタイプだし、きっといい思い出だったなって最後に思うんだと思うな」

「だよな。告白するのって勇気がいるよな。舞台に立ってセリフとしての告白ならいくらでも言えると思うんだよ。でもさ、本当に好きな相手に告白するのって百万人の前で芝居をするよりも緊張するんじゃないかなって思うよ」

「百万人は言い過ぎだよ。私だったら一人の前でも二人の前でも緊張は変わらないかも。緊張しないことの方が少ないしね」

「そんなこと言ってさ、俺とか山口の前で緊張してるときないじゃん」

「そんな事ないよ。私だって二人の前で緊張することだってあるんだよ」

「へえ、どんな時さ?」

「え、それは、今」

「今?」

「うん」

「なんで?」

「奥谷君がそばにいるから」

「結構そばにいること多いと思うけど?」

「そうじゃなくて、今は前と違うの」

「前と違うって、なんで?」

「なんでって、愛莉達が余計な事を言ったからだよ」

「え、余計な事って何?」

「もう、そんなに質問ばっかりしないでよ」

「あ、ごめん。質問ばっかりで悪かったな」


「あのね、ちょっといいかな?」

「どうした?」

「あのね、私は奥谷君の事がずっと好きなの。たぶん、出会ったころからずっとその思いは変わらないと思う。いや、出会ったころより好きになってるかもしれない。でも、私にはその気持ちを伝える勇気が無いの。でも、奥谷君にはその気持ちに気付いてもらいたいとは思ってなかったの。今までの関係で満足出来ると思ってたの。でも、でも、私は奥谷君の事を好きだって気持ちを、もう抑えることが出来ないの」

「え、ごめん」


 あれ、ごめんってどういうことだろう。


 私の気持ちを伝えたけど、受け取ってもらえなかったって事なのかな。


 愛莉たちは奥谷君も私の事を好きだって言ってたと思うけど、それってみんなの勘違いだったって事なのかな。


 それとも、映画を見ている時に気持ちが変わってしまったのかな。


 それでもいいんだけど、それだったら一緒に帰ってくれなくても良かったのに。


 失敗しちゃったって事なのかな。


「本当にごめんな。そういうのって俺から伝えるべきだったよな」

「え、断られたんだよね?」

「違うよ。俺から言わなくてごめんって事だよ」

「そうれって、どういうこと?」

「俺から告白しようって思ってたんだけど、宮崎に言わせちゃってごめんって事だよ」

「え、それって、断られたって事じゃないって事?」

「うん。俺もさ、実は昔からずっと宮崎の事が好きなんだよ。だからさ、勉強会に誘ってもらえたことも、同じ高校に行けたことも、同じ部活に入ってくれたこともさ、全部俺は嬉しかったんだよ。それと、これは気付いてないと思うけど、修学旅行の時に宮崎が買った物を山口が教えてくれて同じものを買ったんだよね。さすがに学校には付けていけないけど、ちゃんと大事に取ってあるんだ」

「愛莉が教えたってやつは知ってるよ」

「なんで知ってるの?」

「映画を見る前に奥谷君たちがトイレに行ってる間に教えてもらったから」

「って事は、今日まで知らなかったって事?」

「そうだけど。でもさ、私の告白は断られてないってことだよね?」

「うん、俺から言いたかったけど、宮崎の告白を断るわけないじゃん」

「良かった。今まで生きてきた中で一番緊張したよ。今だったら何でも出来るような気がしてきたよ」

「マジか。それだったら、次の芝居は宮崎がジュリエット役をやろうよ。そうしたら、今までよりもロミオ役に気持ちを込めれると思うんだよな」

「ごめん、それは無理かも」

「だろうな。俺も無理だとは思っていってみたからさ」

「それでさ、次の水曜に映画を見に行くって話なんだけどさ、お願いがあるんだけどいいかな?」

「お願いって何?」

「あのさ、せっかく恋人同士になれたんだし、お互いで同じ物をペアで買わない?」

「それくらいならいいけど」

「良かった。今度は、お互いに良いなって思ったものをペアで持とうよ。修学旅行の時に買った変なキーホルダーじゃなくて、ちゃんと二人で選びたいなって思ってね」

「ああ、そうだな。それも大切にしたいな」

「うん、改めて、これからよろしくね」

「こちらこそよろしくね」


 一時はどうなるかと思ったけれど、無事に私の告白は成功した。もしかしたら断られるんじゃないかと思っていたんだけど、その時はその時でちゃんと諦めようと思っていた。


 ああ、奥谷君の事をずっと好きだった気持ちを抑えていたんだけど、奥谷君に伝えることが出来て良かった。それも、奥谷君も私の気持ちに答えてくれたんだよ。幸せだな。


「そうだ、俺からも一つお願いしてもいいかな」

「お願いって何?」

「せっかく付き合うことになったんだしさ、苗字じゃなくて名前で呼び合わないか?」

「名前か、それはいいんだけど、意識したら緊張してきたかも」

「だよな。俺も慣れるまでは苗字呼びとごっちゃになっちゃうかも」

「そうだよね。自然な感じで呼び合えるといいね」

「うん、泉って本当にかわいいよな」

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