第7話

 奥谷君も私の事を好きだって知ってしまってからは何も考えられなくなっていた。もちろん、映画の内容も全く頭の中に入ってこなかった。主人公が有名な女優さんらしいのだけれどその人の名前も役名も何もかも覚えられなかった。ただ、相手の俳優さんは何となく奥谷君に似ているように思えたのでそれだけは印象に残っていた。

 映画を見ている時に少しだけ横目で奥谷君を見てしまったのだけれど、奥谷君は真剣に映画に集中していた。私はそんな奥谷君を見て悪い事をしているような気になっていた。ただ、悪いと思ってはいたものの、奥谷君も私の事が好きなんだと思っていると、自然と笑顔になっていたかもしれない。映画館の中が暗くて良かったと心から思ってしまった。


 そんな感じで約二時間を過ごしたのだけれど、劇場内に照明が灯って明るくなっても私は席を立つことが出来なかった。他にもすぐに席を立とうとしない人が何人かいたので私は目立たなかったけれど奥谷君も同じように座ったままだった。明るいところで見る奥谷君も素敵だったのだけれど、その目にはうっすらと光るものが見えたので感動していたのだろう。


「ちょっと難しい話だったけど面白かったね。高橋たちも外に出たみたいだから俺らも行こうか」

「うん」


 私は奥谷君の顔を見ていたのだけれど、目を合わせることは出来なかった。奥谷君の気持ちを知った今、目を合わせてしまうと自分の気持ちを抑えきれる自信が無かったからだ。

 それでも、奥谷君は優しく私に接してくれていた。いや、奥谷君はいつでも私に優しくしてくれていたのだ。どんな時でも優しい奥谷君だったので気が付かなかったのだが、思い返してみると奥谷君はいつも私にとても優しくしてくれていたのだ。愛莉の家で勉強会をしていた時も、愛莉よりも私に気を遣ってくれていた。学校でもそうだったような気がしてきた。私も奥谷君に何か気を遣うようなことはしていたのだろうか。思い返してみると、私は衣装を直すときは奥谷君の使うものから優先的に手を付けていたような気がしてきた。もしかしたら、他にも奥谷君の衣装や小道具を修繕したかった人がいたのかもしれないけれど、ずっと私は奥谷君の物を直していたような気がしてきた。


「なんか難しい映画でしたね。俺は出てる人達とか予告編とかで勘違いしてたんですけど、もっと単純なラブロマンスかと思ってましたよ。とんでもないサイコ映画でしたね」

「そうかな。私は自分の好きな人のために頑張ってる恋愛映画だと思ったけどな。好きな人のためにすべてを犠牲にするのってなかなか出来ることじゃないと思ったけどね」

「俺は最初に主人公だと思った女の子が自殺した時はバッドエンドだと思ったけど、最終的にはハッピーエンドだったんじゃないかなって思ったな。でもさ、人が一人亡くなってるって意味では、後味は悪いよね。一人が犠牲になったからそれぞれは幸せになれたのかもしれないけどさ、最終的には男の子も不幸になる気がするんだよな。宮崎はどう思った?」

「私はね、ちょっと難しくて完全には理解出来なかったかも。上映しているうちにもう一回見てみようかなって思ったよ」

「そっか、結末を知っている状態でもう一度見てみたらあの女の子がどうして自殺を選んだのかわかるのかもな。いや、自殺をさせた側の行動に意味を見出せるのかもしれないな。そうだな、俺ももう一度見てみようかな。レンタルになるのを待っていたら話を忘れそうだし、宮崎が良かったらだけど、時間を合わせて一緒に見に行かないか?」

「え、私と?」

「ああ、嫌だったらいいんだけど」

「いやじゃないよ。いつでも付き合うよ。あんまり遅い時間になるとダメだけど、早い時間だったら大丈夫かな」

「そうだな、水曜は部活も休みだから空いてたら一緒に行かないか?」

「水曜日か、水曜日は家族でご飯を食べに行く日だから夜の七時くらいまでに家に帰れるなら大丈夫だよ。調べてみたら、学校が終わって真っすぐ映画館に来れば間に合いそうだけど、ちょっと遅れたら上映に間に合わないかもしれないかも」

「マジか。ちょっと考えてみたけどさ、冒頭の十分くらいは予告編だと思うし、開始30分くらいだったら途中から入っても大丈夫じゃないかな。そりゃ、最初から見た方がいいとは思うけどさ、俺達が知りたいのって中盤からのやり取りだと思うんだよね。もしも間に合わなかったらさ、下で何か軽く食べて帰ろうよ」

「そうだね。出来るなら最初から見たいけど、無理だったらそうしようか。天気予報を見たら雨も降らなそうだし、その日は自転車で学校に行こうかな。それとも、学校前からバスを使った方が時間に余裕が出来るかな?」

「どっちも同じくらいだと思うけど、時間を短縮できるとしたら自転車じゃないかな」

「そっか、それなら自転車で学校に行くことにするよ」


 映画の内容は全然頭に入ってこなかったけど、そのおかげでもう一度奥谷君と一緒に映画を見ることが出来るのか。次は真剣に映画に向き合って内容を理解するようにしないとな。でも、奥谷君でも一回で内容を理解出来ないんだったとしたら、私も同じように理解出来ないかもしれないよね。そうなったら、奥谷君の考えを聞けばいいか。


「なんかアレですよね。泉先輩と奥谷先輩って本当に仲が良いですよね。前々から思ってましたけど」

「そうかな。普通じゃないかな」

「普通ですかね。もしかして、幼馴染って属性があるからそんな感じに気軽に約束とか出来ちゃうんですかね。私もそんな風に気軽にデートできる相手が欲しいですよ」

「デートって、ちょっと大げさだよ。奥谷君だってそんなつもりで誘ったんじゃないと思うし、朋花ちゃんだって今日みたいに高橋君を誘ったりしてるじゃない」

「ええ、真吾は誘ってなくてもついてくるんですよ。今日だって本当は誘うつもりもなかったんですけど、気が付いたら奥谷先輩にくっついてきたんですからね。少しは遠慮ってもんを覚えて欲しいんですけどね」

「俺はのぶ先輩についてきただけだよ。朋花が嫌ならハッキリそう言えばいいだろ」

「私は嫌だなんて思ってないけど。そりゃ、真吾が隣にいるのを知ってて奥谷先輩を誘ったけどさ、一緒に行くなんて言わなければいいじゃない」

「何言ってんだよ。その状況で誘われているのを見たら俺も行くって言うに決まってるだろ。誘われるの待ってたとしても、お前は俺の事を誘わないじゃん」

「は、あんたの事なんて誘ったってしょうがないでしょ。今回は主役をやる泉先輩と奥谷先輩と私の勉強のために来たのよ。主役をやれない真吾が見たって意味ないじゃん」

「そんな事ないって。俺だってのぶ先輩の跡を継いで主役をやる機会だってあるかもしれないだろ。そりゃさ、のぶ先輩はイイ男だよ。見た目だけじゃなくて中身だってイイ男さ。俺なんかと比べ物にならないよ。でもさ、俺がそんなのぶ先輩に憧れたって駄目なわけじゃないだろ。俺だってのぶ先輩みたいにカッコよくなりたいって気持ちはあるんだからな」

「別にさ、真吾の事をカッコ悪いとは言ってないよ。それに、誘ってほしかったらそう言ってくれば誘うしさ。でも、真吾は私なんかに誘われたって来ないでしょ。のぶ先輩がいないと来てくれないでしょ」

「そんな事ないよ。俺は朋花に誘われれば断らないよ」

「ホントに?」

「ああ、本当だ」

「それならさ、来週の水曜日なんだけど、私達もどこかに遊びに行かない?」

「良いよ。何かしたいこととかあるの?」

「ううん、何も思いつかない。思いつかないけどさ、それでも良かったらどこか行こうよ」

「ああ、カラオケでもボーリングでも漫画喫茶でも何でもいいよ。でもさ、映画はダメだからな」

「え、どうして?」

「だってさ、次は先輩たちの邪魔をしないようにしようぜ」

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