第6話
私達は映画のチケットを購入したのだけれど、なぜか奥谷君と高橋君は離れた席を指定していた。せっかくみんなで一緒に見るのだから近くにすればいいのになって思っていたのだけれど、高橋君は後ろの方で見たいと言ってきかず、奥谷君は真ん中あたりで楽しみたいと言っていた。私はどこで見てもそれほど変わらないんじゃないかと思っていたのだけれど、二人にはどうしても譲れないものがあるらしく、同じ映画を見ている時に何か話をするわけでもないんだからという事で、二人は離れた席を指定していた。
そうなると私と朋花ちゃんはどうすればいいのだろうと困っていたのだ。私は映画を見に来ること自体それほど多くないので拘りはないのだけれど、朋花ちゃんは視界に誰かが入るのが気になるので前の方がいいと誘われた時に言っていた。でも、朋花ちゃんはなぜか高橋君の隣の席を指定していた。私はどうすればいいのだろうと悩んでいたのだけれど、一緒に来ているのに奥谷君だけ一人にさせるのは申し訳ないと思って、奥谷君の斜め後ろの席にしようと思っていた。
「あれ、宮崎は俺の斜め後ろにしちゃうの?」
「えっと、朋花ちゃんたちが後ろの方で一緒だし、奥谷君が一人だけ離れるのもどうなんだろうと思って。迷惑だったかな?」
「いや、迷惑なんかじゃないけどさ、どうせだったら隣にしたら?」
「え、でも、隣って迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だよ。宮崎が後ろにいる方が気になるって言うか、隣だったらポップコーンとか分けること出来るし」
「あ、私、映画を見る時ってあんまり食べないんだ」
「そっか、なんかごめんな」
「いや、こっちこそ。ごめんね。
「うん、じゃあ、宮崎の見たい席で見るといいよ。この映画ってまだ席も埋まってないし、好きな席空いてると思うからさ」
「わかった。そうするね」
奥谷君がそういうのなら好きな席にしようと思う。好きな席と言われても、どこが見やすいのかもわからないし、奥谷君の隣とか前だと緊張しちゃうな。後ろから奥谷君を見ていたいと思うけど、やっぱり隣にしちゃおうかな。
私がチケットをやっと買った時には愛莉と梓ちゃんも映画館に来ていた。愛莉はいつも通りのおしゃれな格好だったんだけど、梓ちゃんもいつものギャル風ではなくて清楚な感じだったのが印象的だった。
「へえ、愛莉から聞いてたんだけどさ、泉って今日はいつもより大人っぽくていいね。もしかして、イメチェンしちゃったってやつ?」
「イメチェンって言うか、愛莉のお兄さんの友達に選んでもらったやつだから。私が選んだわけじゃないからさ。似合うかな?」
「ハッキリ言わせてもらうけどさ、いつもの泉より全然いいよ。申し訳ないけど、泉って自分をわかってないんじゃないかと思ってたんだよね。普段の泉ってどんな感じに見せたいのかハッキリさせてない部分があったんだけど、今日は大人っぽく見せたいって思いが伝わってくるよ。確かにさ、ちょっとかわいい感じの服も似合うよ。似合うんだけどさ、本当の泉の魅力って可愛らしさよりも綺麗さだと思うんだよね。だから、これからは愛莉のお兄さんたちに服を任せてみたらいいんじゃないかな。ウチも今度お願いしてみようかな」
「梓ちゃんは今のままでも完成されていると思うけど、もっと素敵になっちゃうかもね」
「二人で楽しそうに何を話しているんですか?」
「ああ、泉が普段と違って大人っぽい感じだなって話してたんだよ。朋花ちゃんもそう思わない?」
「私も思ってました。泉先輩って学校でも綺麗で目立ってますけど、今日は服装も相まっていつもよりもずっと大人っぽく見えますよね。大人っぽい中にも隠し切れない可愛らしさもあるし、いつもそうなんですけど泉先輩が隣にいたら私が全然目立たないんだなって感じちゃいますよ」
「そんな事ないって。朋花ちゃんも十分可愛いよ。そうだ、ウチだけじゃなくて朋花ちゃんも愛莉のお兄さんたちにコーディネートしてもらおうよ。ねえ、愛莉からも頼んでもらえないかな?」
「ん、たぶん大丈夫だと思うよ。お兄ちゃんたちもいろんなタイプの人に服を着てもらいたいって言ってたしね。奥谷と高橋も聞いてみる?」
「え、俺もいいんすか?」
「良いと思うよ。もしかしたら、奥谷達は普段使えるようなのじゃなくてコスプレになっちゃうかもしれないけどさ。それでもいいなら聞いてみるよ」
「マジっすか。俺に似合うコスプレって何ですかね?」
「真吾に似合うのって軍人とかじゃないか?」
「のぶ先輩、それはちょっと酷いっスよ」
「確かにね。高橋が似合いそうなのって軍人とか野武士とかそんなんじゃないかな。泉もそう思うよね?」
「うーん、どうだろうね。高橋君は意外と男気もあるから応援団団長とかでも行けそうな気がするな」
「それって、系統一緒じゃないっスか。俺の印象ってそんな感じなんですね。でも、のぶ先輩みたいに爽やかイケメンだったら何でも似合いそうだなとは思いますけどね。そう言えば、去年の舞台も凄く似合ってましたよ。のぶ先輩と宮崎先輩のカップルって学校一どころかこの町で一番お似合いなんじゃないかってみんな言ってましたからね。先輩たちの隠れファンだって人が俺とか演劇部のみんなに聞いてくるんですけど、実際のところお二人って付き合ってないんですか?」
「真吾の疑問なんてどうでもいいんだよ。そんなのは見たらわかるもんだろ。それよりも、もうすぐ上映の時間になるからトイレに行くなら今のうちに行って来いよ」
「マジか。上映中にトイレに行きたくなったら困るから今のうちに行ってくるわ。福山、悪いけどちょっとジュース持っててくれ」
「あ、俺も行ってくる。申し訳ないけど俺のジュースも持っててくれ」
「そんな、私はジュース三つも持てないですよ」
「じゃあ、私が持つよ」
「悪いな宮崎。頼むわ」
「ホント真吾って頭悪くてごめんなさい。泉先輩に迷惑かけちゃってますよね。本来だったら私がキャンセルして先輩たち二人だけで楽しんでもらおうと思ってたんですけど、せっかくの貴重なチャンスを潰してしまってごめんなさい」
「ううん、全然気にしなくていいんだよ。私も少しは芝居の事を勉強したいって思ってたしね」
「いや、そっちじゃなくて、奥谷先輩と二人っきりになれるチャンスを潰しちゃってごめんなさい。怒ってますか?」
「怒ってないよ。それにさ、奥谷君と二人っきりって何を話したらいいかわからなくて緊張しちゃうかも。朋花ちゃんがいてくれて助かってるよ」
「そうだよな。泉が奥谷と二人っきりになっても無駄な時間を過ごすことになりそうだしな。付き合ってればそれもありかもしれないけどさ、付き合ってもいない段階で無言の時間が続くのって、ちょっとした恐怖だよな」
「それはあるかもね。でもさ、ウチは見てたけど、泉って上手いこと奥谷の席の横をとったみたいだよ。朋花たちが離れた席をとったのって計算なの?」
「違いますよ。私は前に人がいたら落ち着かないんで前の方がいいんですけど、真吾が後ろの席をとったんで仕方なくそっちにしただけですし。そこまで考えてなかったです。むしろ、普段の奥谷先輩を見ていたらみんなに合わせてるから座席も近くなのかなって勝手に思ってました」
「それはあるかもね。奥谷って基本的には周りに合わせるタイプなんだけどさ、自分の意見を通そうってときは死んでも意見を変えないからな。そんな事って年に一回あれば多い方なんだけど、映画の座席にそこまでこだわってるとは思わなかったわ」
「だよな。でもさ、もしかしたら、泉と隣同士になるためにあえて席を離したのかもしれないよ。ウチの考えすぎかもしれないけどさ、奥谷の頭でもそれくらいなら考えそうだからね」
「結構な言われようですね。でも、映画の時間だけでも泉先輩が奥谷先輩の隣にいてくれて良かったです。確認なんですけど、お二人って付き合ってないんですよね?」
「そうだ、ウチラにもそれをちゃんと聞かせてもらいたな」
「そうだよ。幼馴染同士でカップルになるのはいいけど、別れたりしたら私はどうやって接したらいいかわかんなくなるからね」
「そんなグイグイ来ないでよ。私は奥谷君とはお付き合いしてないよ。こうして学外で会うのだって受験勉強の時以来だと思うからね。そりゃ、道ですれ違うとかスーパーですれ違うことはあったけどさ、その時だって軽く挨拶するくらいで会話らしい会話なんてしてないからね。それで付き合ってるって言うんなら、ほとんどの人がカップルになっちゃうじゃない」
「だとは思ったけどさ、ウチは泉を応援してるよ」
「私も幼馴染として応援しているよ」
「私も泉先輩の味方ですよ。でも、不思議なんですよね。泉先輩が奥谷先輩の事を好きなのって誰が見てもバレバレなのに、それに奥谷先輩とか周りの人がなんで気付かないんですかね?」
「それはさ、奥谷が泉の事を好きだって事を泉が気付いていないのと同じ理由なんじゃないかな?」
「それはあるかもね。ウチも何であそこまで好き好きオーラ出し合ってるのに告白しないんだろうってずっと思ってるもん。もしかしてさ、お互いに告白したら負けだとか思ってたりしてな」
「それはさすがに無いと思いますよ。泉先輩も奥谷先輩もちょっと抜けてる部分があるんで、それが気付かない理由なんじゃないですかね」
「ねえ、ちょっと確認してもいいかな?」
「どうした?」
「私が奥谷君の事を好きなのって、なんでバレてるの?」
「そりゃ、泉の行動を見てればすぐに分かるだろ」
「朋花ちゃんはいつから知ってたの?」
「いつからって、あの舞台の練習をしてる時にそうなんじゃないかなって思って、本番で確信しました」
「どうして?」
「だって、泉先輩って普段はクールビューティーな感じなのに、稽古で奥谷先輩と見つめ合うシーンの時って口角も目じりも緩みっぱなしなんですよ。それに、舞台衣装を作ってる時だって目の前にいる私よりも奥谷先輩の事を見てる回数の方が多いと思いましたもん」
「そんなことも無いと思うけど、梓ちゃんは?」
「ウチはね。出会った次の日には何となく察してたね。最初はこのクラスにとんでもない美男美女がいるなって注目してただけなんだけど、泉と奥谷の視線を追っていったら、二人とも後姿を追ってることが多かったんだよね。それで、仲良くなった愛莉に聞いてみたら間違いじゃないよって教えてくれたんだよ。そこから愛莉と話す機会も増えていって、趣味の話とかで意気投合して付き合うようになったってわけさ。あれ、もしかしてウチラが付き合えるようになったきっかけをくれたのって、間接的ではあるけど泉のお陰かもしれないな。ありがとよ」
「それはめでたいことで良いと思うけどさ。愛莉は?」
「私はね、幼稚園の時から知ってたよ。だってさ、お泊り保育の時に奥谷の事が好きだって教えてくれたし、去年の修学旅行でもさりげなく奥谷と同じお土産買ってただろ。それでさ、まだ好きなんだなって思ってみてたよ」
「え、アレって愛莉が奥谷君が買ってたよって教えてくれたやつだよね?」
「そうだよ。私は奥谷が買おうとしてるって教えただけなんだけどね。ま、その後に奥谷にも同じことを教えたんだけどさ。あんな変なのをペアで持ってるってなかなかいないと思うから結果オーライじゃないかな」
「ちょっと待ってよ。それってだまし討ちじゃない。それよりも、幼稚園の時の記憶なんて残してるんじゃないよ。記憶力良すぎでしょ。そりゃ、テストもほとんど満点だわ」
思わぬ形で私が奥谷君の事を好きだってバレてた事を知ってしまった。もしかしたら、あの舞台に立っている時よりも今の方が恥ずかしいかもしれない。自分でも顔が熱くて赤くなっているのがわかるよ。
あれ、奥谷君も私の事を好きだってどういうことだ?
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