第5話
いつもとは違う感じの服装だったのでどんな印象をもってくれるのかなと思いながら待ち合わせ場所に向かっていたのだけれど、よくよく考えてみたら奥谷君と私服で会ったことは片手で数えるくらいしかなかったと思う。それでも、以前とは違う私を見てもらえるのは嬉しかった。
待ち合わせ場所についたのだけれどまだ誰も来ていない。約束の時間まであと一時間くらいあるのだから当然と言えば当然なのだが、それでも私はこの待っている時間に奥谷君がどんな反応を想像してくれるのか考えるのが楽しかった。きっと、奥谷君は私が嬉しくなるような反応はしてくれないと思うけれど、ほんの少しでも可愛いなって思ってもらえればそれで満足だな。でも、可愛いって思てくれたんなら言ってもらえる方が嬉しいんだけどさ。
待っている時間も楽しいんだけれど、さすがに一時間も早く着いてしまったのは失敗だったかもしれない。それに、今日はいつも以上に人に見られている気がする。もしかして、愛莉のお兄さんの友達が選んでくれた服が私に似合っていなくておかしな感じになっているのかな?
いや、そんな事は無いはず。だって、みんな私に似合う服を選んでくれていたし、自分で見ても可愛いって思えたから。それでも、やっぱり知らない人達の視線はとても気になってしまった。どうしてそんなに私を見るのだろうというくらい私は注目されているような気がしてきた。それが、私の思い過ごしだとしても、やたらといろんな人と目が合うのがとても嫌だった。
「そんなに可愛らしい恰好で待ち合わせしてるのかな?」
私はいきなり知らない人に話しかけられて固まってしまった。知っている人だったかもしれないと思ってまじまじと顔を確認してみたのだが、私の記憶の中にこの人の顔は無かった。年齢も少し上のような気がするし、誰かの兄弟と言った感じでもなかった。
「ねえねえ、さっきから気になってたんだけれどさ、お姉さんってずっとここで待ってるみたいだけど、もしかして約束をすっぽかされたんじゃないかな。もしそうだったとしたら、今日は待つの諦めて俺と遊ぼうよ」
「いや、大丈夫です」
「やった、大丈夫って事は何して遊ぼうか。お姉さんがやりたいことで良いよ」
「そうじゃなくて、本当に結構です」
「まあまあ、そんなこと言わないでさ、一緒に遊ぼうよ。一人で暇してる同士で楽しいことしようよ」
「そういうの困るからやめてください」
「そんなこと言わないでさ、これからお互いの事を知って仲良くなっていこうよ。もしかしたらさ、これが運命の出会いってやつなのかもしれないし、一緒にご飯でも行こうよ」
「運命の出会いではないと思います。人を待ってるんで」
「お姉さんはずっとここで待ってるんだからもう相手の人も来ないんじゃないかな。それよりもさ、俺と一緒にどこかに行こうよ」
「もう少しで待ち合わせの時間になるんで無理です」
「じゃあさ、その待ち合わせの時間まででいいから一緒に遊ぼうよ。何だったら、ここでその相手が来るまで話をしててもいいけどさ。ね、いいでしょ?」
「本当に困ります。そういうのは迷惑です」
「そう言わずにさ、俺と話すの楽しいかもしれないよ。それに、こうして相手をしてくれるってのは多少興味あるって事でしょ?」
「そんなことは無いです」
「まあまあ、立ち話もなんだし、どこかで何か飲みながら話そうって。いいでしょ?」
なんでこの人は私が勇気を出して断っているのに気付いてくれないんだろう。これ以上知らない人と話をしていると私の中で何かがいっぱいいっぱいになってしまいそう。こんな事なら待ち合わせ時間の少し前に来ればよかったって思ったけど今更どうしようもないな。奥谷君が来るまでまだ結構時間はあるし、それまでずっとこの知らない人が近くにいるのって気持ち悪くなってくるかも。
「あのさ、その人に話しかけてるみたいだけど知り合いじゃないよね?」
「なんだお前、知り合いじゃなかったとしたら何なんだよ。俺たちの間にいきなり割り込んでんじゃねえよ」
私と知らない人の間に入ってくれたのは高橋君だった。そう言えば、今日の映画を見る相手は奥谷君だけじゃなく朋花ちゃんと高橋君も一緒だったんだ。忘れていたわけじゃないけど、私は奥谷君の事しか考えてなかったな。
知らない人に話しかけられて頭がパンクしそうになっていたんだけど、知っている高橋君を見て私は少し安心していた。普段は奥谷君のそばでちょろちょろしている印象しかなかったけれど、知らない人と私の間に入ってくれている姿は少しだけカッコよく思えた。奥谷君の方が格好いいけどね。
「いきなり割り込んできてお前なんなんだよ。俺とこの子が話してる途中なんだよ」
「会話なんてしてないじゃん。あんたが一方的に話しかけてただけだろ」
「そんなもんなんだよ。俺の話を聞いてくれていたって事は、俺に興味があるって事だろ。お前なんか相手にされないんだからどっか行けよ」
「どっか行くのはお前だよ。俺はこれからこの人と一緒に遊ぶんだからな。関係ないやつは話しかけんなよ」
「お前みたいなガキがこんな可愛い子に相手にされるわけないだろ。適当な事を言ってんじゃねえぞ」
「出来当じゃねえしガキでもねえよ。俺が優しく話してるうちにどっか行けよ」
「どこが優しいんだよ。ガキの癖に随分となめた口聞いてくれてんな。調子乗ってると痛い目見せるぞ」
「やれるもんならやってみろよ。俺がそれくらいでビビるわけないだろ」
どうしよう。奥谷君と会える楽しみでちょっと早めに待ち合わせ場所に来てしまったのだけど、そのせいで高橋君が知らない人と言い合いをしてしまっている。この知らない人は私が何を言っても聞いてくれないし、高橋君がこんなに怒っているのに気にも留めていないようだった。どっちを止めればいいのかわからないけど、私は知らない人と話すのなんてこれ以上は無理だし、高橋君に頑張ってもらうのも悪い気がするし、こうなったら高橋君がこの人の相手をしてくれている間に愛莉を呼ぼう。愛莉ならきっとすぐに来てくれるはずだ。
しかし、私の願いもむなしく、愛莉は約束の時間にならないとここには着かないそうだ。それに、着いたとしても梓ちゃんが一緒にいるんだから私を助けてくれるとは思えないしな。むしろ、梓ちゃんが私を助けてくれるような予感すらしていた。でも、二人のデートの邪魔になるようなことはしたくないんだよな。
「お前さ、ガキのくせにいい加減しつこいんだわ。俺の邪魔してないでガキはガキらしく河川敷で野球でもやってろよ」
「俺は野球よりもサッカー派なんだよ。ってかさ、しつこいのはお前だろ。嫌がってんだからさっさとどっか行けよ。今のうちに大人しく消えた方が身のためだと思うよ」
「何言ってんだお前。なんで後から来たお前にそんな事を言われなきゃいけないんだよ。いいから、邪魔者はどこかに行けよ」
「邪魔者はお前だろ。人の迷惑考えてちゃんと行動しろよな。大人なんだろ?」
「うるせえ。ガキは大人のいう事を聞いてればいいんだよ。ほら、黙ってどっか行けよ」
「めんどくせえな。約束の時間までまだだいぶあるし、一回ここを離れて警察に行きましょうか?」
高橋君が私の方を向いたと思ったら、思っても見なかった言葉が出てきた。そうか、こういう時はお巡りさんに助けを求めてもいいんだ。もしかしたら迷惑かもしれないけど、お巡りさんは困っている人の味方だし、私の事も助けてくれるかもしれないしね。
でも、ここで警察に電話してもいいのかな?
「は、警察とか意味わかんねえ。なんかさめたわ。お前の顔は覚えたから今度どこかで会ったら覚悟しとけよ」
「俺の顔なんて覚えてなくていいよ。さっさとどっか行けよ」
知らない人は他の人の迷惑じゃないかってくらい喚きながらいなくなったのだけれど、私はこの状況が改善されたことで安心していた。それにしても、高橋君って頼りになるんだな。さすがは男の子だね。
「いや、マジビビりましたよ。あの人って先輩の知り合いじゃないですよね?」
「うん、全然知らない人だよ」
「良かった。先輩の知り合いだったらどうしようって思ってみてたんですよ。最初はただのナンパかなって思ってたんですけど、見てたら先輩が会話をしてたんで知り合いなんじゃないかなって思ったんですよね。でも、先輩が知っている人に対する態度と何となく違うような気がして、ついつい割り込んじゃいました」
「ありがとう。高橋君のお陰で助かったよ」
「ホント良かったですよ。俺も先輩ほどじゃないけど人見知りなんで緊張しましたよ。でも、のぶ先輩が見てないところで良かったです。のぶ先輩って結構思い込みが激しいところがあるんで、先輩と男の人が話しているのを見たら勘違いしてたかもしれないですからね」
「勘違いなんてするかな?」
「のぶ先輩はしちゃうと思いますよ。俺と福山が言い合いをしてる時でも喧嘩してるんじゃないかってオロオロしてますからね。俺と福山が喧嘩なんてするはずないんですけどね。それにしても、いつも先輩は綺麗ですけど、今日はいつにも増して綺麗ですよね。私服の先輩って初めて見た気がするんですけど、学校で見る時以上に大人って感じがしますね」
「ありがとう」
私は高橋君が助けてくれたことも嬉しかったのだけれど、選んでもらった服が似合ってないわけじゃないという事を知れて嬉しかった。
奥谷君も今日の服装を気に入ってくれるといいな。
待ち合わせの時間までもう少し余裕があったので、私は高橋君に何か飲み物を買ってあげることにした。お小遣いはそんなにないけれど、助けてもらったことに感謝するのは悪いことじゃないよね。
なぜか、高橋君も私に飲み物を買ってくれた。二人で待っている間にそれほど会話は無かったけれど、高橋君と一緒にいるおかげで人から見られている感じはしなくなっていた。奥谷君が来る前に飲み物は空になっていたのだけれど、朋花ちゃんがやってきたのは奥谷君が着てから少し後になってからだった。遅れてきた朋花ちゃんに高橋君は何か文句を言っていたみたいだけれど、朋花ちゃんは遅刻をしていたわけじゃないんでそこまで文句を言わなくてもいいんじゃないかなって思っていた。
「あの二人ってさ、いっつもあんな感じで喧嘩してるんだよ。でもさ、なんだかあんな感じの二人って見てて微笑ましいものがあるんだよね。小学生が好きな子の気を引くためにちょっかいをかけてるみたいに感じるんだ」
「そうかもしれないね」
奥谷君は私の服を見て何も言ってくれなかったけれど、学校にいる時よりも近くで話しかけてくれたのは嬉しかった。今日はこれだけでも幸せな一日だったって言えるかもしれない。
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