第4話

 奥谷君とのデートを翌日に控えた私はなぜかデート以上に緊張していた。なんでこんなことになったのかはわからないけれど、私は今大勢の人に囲まれてファッションショーに向けて最後の衣装合わせやメイクをされているのだ。


「あの、ファッションショーってこんなに本格的なやつなんですか?」

「あら、恭也の妹から何も聞いてないの?」

「私のファッションショーをやるってのは聞いてたんですけど、てっきり家で何着か着替えて披露する感じなのかと思ってたんです。そう思っていたのに、こんな大きな会場で観客もいるなんて聞いてないんですけど。私は人前に出ると緊張しちゃうんで無理ですよ」

「そうは言ってもね。あなたってスタイルも顔も良いしモデル向きだと思うんだよね。だからさ、私達の作った服を着て歩いてくるだけで良いから協力してよね。私達は皆あなたのために服を仕立て直したんだし、それくらい協力してくれてもいいんじゃないかな。それにさ、あなたが私達の服を着てくれないと私達は卒業出来なくなっちゃうかもしれないんだからね」

「作り直してくれたのは嬉しいんですけど、やっぱり私は人前に出るのなんて無理ですよ。緊張して何も喋れないと思いますもん」

「あんたバカね。ファッションショーなんだからあなたは喋らなくてもいいのよ。それにさ、あなたの去年の舞台を見せてもらったけど、結構堂々としてたじゃない。そんな感じでやってくれればいいからよろしくね。それに、今日は学校関係者しかいないからあなたの知り合いは恭也の妹しかいないと思うわよ」

「愛莉は観客席にいるって事ですか?」

「違うわよ。あの子は恭也の専属モデルなのよ。専属って言うか、恭也は妹のためにしか服を作ってないんで必然的にそうなっただけなんだけどね。もっと他の人にも目を向ければいいと思うんだけど、今は他の人のために服を作るつもりは無いんだってさ」

「愛莉はそんな事を言ってましたね。愛莉の私服がオシャレだったから相談に行ったんですけど、気が付いたらこんなことになってたんですよね。相談しても、服は全部お兄さんがコーディネートしてるって言ってたし、参考にはならなかったんですよ」

「服の相談って、もしかして、デートの予定でもあるの?」

「デートって言うか、みんなで映画を見に行く予定なんですよ。それで、どんな服を着ていくのが良いのかなって思って相談したんですよね」

「なんだ、デートに着ていく服なら先に言ってくれれば良かったのに。そうすればちゃんとしたのを用意したのにさ。今日は君に似合いそうな服を私達が勝手に用意したんだけど、さすがにデートに着ていくには派手すぎる感じかもしれないんだよね。そうだ、今日のショーが終わったらみんなで君に似合いそうな服を買ってあげるよ」

「え、買ってもらうなんて悪いんでいいですよ。私もお小遣いなら多少ありますし、似合いそうな服を選んでもらえたらそれを買いますから」

「何言ってるのよ。私達の仕立てた服を君が着てくれるんだから、それのお礼だと思ってくれればいいわよ。それにさ、みんなだって君がデートに着ていく服を選びたいと思うし、私達が選んだ服でデートが成功してくれらたら私達だって嬉しいのよ。ってか、あなたは可愛いんだし余程センスが悪くなければ失敗しなそうだけどね」

「普段はどんな感じの服装なのかしら?」

「普段と言うか、愛莉とかと遊んだ時の写真ならありますけど。全身は映ってなくてもいいですよね?」

「出来れば全身がいいけど、なんとなく雰囲気は察することが出来るから大丈夫よ。ちょっと見せてもらうわね」


 私は愛莉と遊んだ時に撮った写真を見せたのだけれど、写真を見たお姉さんの顔はどことなく険しく見えた。


「そうね。一言で言ってしまえば、無難ね。無難中の無難。あなたは素材がいいんだからもっと冒険しても大丈夫だと思うわよ。例えば、流行りの物ばっかりで責めないで一か所だけレトロチックなものを入れてみるとアクセントになっていいかもね。それに、ちょっと色合いが大人しすぎるのよね。あなたの肌の白さを引き立たせるためにもっと濃い色の洋服を合わせた方がいいと思うわよ。せっかく綺麗なお肌なんだし、露出は抑えるにしても見せる部分は見せちゃった方が相手の子もドキッとして好印象だと思うんだけどな。あとは、あなたはロングスカートよりもミニかパンツの方がいいと思うわよ」

「そうなんですね。ちょっと足を出すのに抵抗があるんでなるべくなら隠しておきたいんですけど、そっちの方がいいんですかね」

「それはそうでしょ。あなたはまだ高校生なんだし、スカートなんて制服でいくらでも着れるじゃない。それに、学校のない日まで同じような格好でいる必要なんてどこにもないのよ。あなたが自分に自信を持てないんだとしたら、世の中の大半の人は自分に自信を持てなくなっちゃうのよ。それくらいあなたは良いモノを持ってるって自覚して欲しいわ」


 私はなんだかわからないうちに説教をされていた。おそらく、お姉さん的には真剣にアドバイスをしてくれているのだと思うけれど、私にはどうしても責められているようにしか感じなかった。ただ、お姉さんのアドバイスは色々と参考になっていた。


「さ、準備も出来たしそろそろステージに向かってもらうわね。大丈夫。あなたには悪いけれど、今日の主役はあなたじゃなくて私達が作った服だからね。主役たちを出来るだけ輝かせてくれると嬉しいけど、まっすぐ歩いくれればそれでいいわ。あと、あそこの先端でゆっくり一回転してくれるとよりいいわね。ほら、今の子みたいな感じで歩いて来てくれたらそれでいいわ。緊張しちゃうかもしれないけど、あんまり気負わなくていいからね」

「そう言われても、緊張はしちゃいますよ。私のせいでお姉さんたちの評価が下がっちゃったらどうしようって思いますもん」

「ああ、それなら大丈夫よ。評価ならもう済んでるんだけど、今日はそれにプラスアルファで加点が付くかどうかって感じだからね。みんなあなたの写真と舞台を見て感銘を受けたせいなのか、いつもより良いモノが出来て先生たちの評判も良かったのよ。だから、あなたのおかげで成績が良いってことはあっても、悪くなることなんて無いから安心して行ってきて頂戴ね」


 緊張しがちな私のせいでお姉さんたちの評価が下がってしまったらどうしようと思っていたのだけれど、評価はもう済んでいて歩いてくるだけで良いと言われたため幾分気は楽になっていた。それでも、知らない人達に見られるというのは緊張するし、とても心地良いものであるとは言えなかった。

 私は緊張がマックスになった状態でステージを進んでいったのだが、どうにかこうにかミスをせずに戻ってくることが出来た。これでやっと楽になれると思っていたのだけれど、戻ったそばから新しい服に着替えてそのままステージへと戻されてしまった。そんな事が十数回あったのだけれど、最初の一回以外はそれほど緊張しなかった。なぜなら、今私が置かれている状況を理解する間もなく着替えが進んでステージを歩くことになっていたからだ。私も追い込まれると緊張なんてしなくなるんだなと思っていたのだけれど、私の出番が終わって最後に愛莉がお兄さんの作った服を着て歩いている姿に思わず見とれてしまっていた。愛莉がステージの中央で一瞬こちらを見たと思ったのだが、確実に私と目が合ったのだ。私は愛莉と目が合った瞬間に一気に自分の置かれている状況を理解し、もうステージに向かわなくていいという話を聞いているのにもかかわらず、今まで生きてきた中でも五本の指に入るくらい緊張してしまっていた。


 それにしても、愛莉のお兄さんが愛莉のためだけに作った服はとても可愛らしいのに大人っぽくもあり、愛莉の良さを全て引き出しているように見えていた。兄妹であれほど良さを理解しているというのも凄いことだと思ったが、何よりも普段では考えられない程自信をもって堂々と歩いている愛莉の姿に感動してしまった。


「恭也の作る服はもちろん素晴らしいんだけど、あの子が着ないと完成しないのよね。感じが似ている子が着てもあそこまで良いモノは出来ないと思うし、誰が着るかを考えて作ることって私には無理なのよね。だってさ、一人しか似合わないものなんて余程じゃないと作れないと思うわ」

「でも、今の愛莉って私の知らない愛莉かも知れないなって思っちゃいました」

「そうなのよ。服が変われば違う自分にもなれるのよ。あなたもデートで自信を持てるような服を着て頑張らないとね。私達もあなたに似合いそうな服を探すから楽しみに待っててね」


 私も今の愛莉のようにキラキラと輝けるだろうか。自分で選んだ服で完璧なコーディネートが出来たと思ったことは無いのだけれど、ここのお姉さんたちに選んでもらえば間違いないのではないかと感じていた。

 私がさっきまで来ていた洋服たちをまじまじと見てみると、それは間違いではないと思えるようなものばかりだった。きっと、明日のデートは服装で失敗することは無いんだろうな。そう思っていたのだけれど、次からはファッションショーに呼ばれても参加しないと心に誓ったのであった。

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