ふしぎ

みかんのアレ

ふしぎ

「二組の高橋くんと付き合うことにした」


夕焼けのオレンジ色で染められたコンクリートの上、頬をオレンジ色に染めた理子りこが言う。理子が歩く度に揺れる可愛らしいおさげを見ながら「ふぅん」と返した。


「それだけ?」


足を止めた理子が不満げに振り返る。形のいい少し太めの眉を寄せて、唇を尖らせていた。


「他になんかないの?」

「他って?」

「良かったね、とか!」


私は理子の言葉に首を傾げた。そんな言葉を求めているのだろうか。


「言わないよ。だって好きな人じゃないんでしょ」


今日の私はどうやらいつにも増して不安定らしい。何だかムキになって言い返してしまった。

そうなのだ。理子は今までずっと、自分が好きでもない相手と付き合っては別れている。

理子は私にそれを直接言ったことはないけど見てれば分かるくらい分かりやすいから、結局いつも長続きしないのだ。


「……好きじゃないけど、でも付き合ったんだもん」


大きな瞳を伏せて、理子が呟くように言った。その姿はまるで小さい子が拗ねたみたいで、理子が酷く幼く見えた。


「ねえ、なんで好きでもないのに付き合っちゃうの?」


ずっと聞きたかったことを、この際だからって思い切って聞いてみる。

もしかしたら、好きな人と結ばれない、一種の不満のような気分を紛らわせる為に、今まで好きでもない相手と付き合ってしまうのかもしれない。

そう何となく推測してみた私に、理子はぶっきらぼうに言い放った。


「別にいいじゃん!相手は私の事好きなんだから」


推測は見事に外れた。なるほど、もっと単純な人助け精神によるものだった。

でもそんなの、高橋くんも、理子も誰も望んでいない。

声を荒らげた理子に引っ張られて私まで声が大きくなってしまうのを感じながら言い放つ。


「でも理子は相手のひとのこと、全く興味無いんでしょ?そんなのって良くないよ……」


言い放った、はずが語尾は理子の気迫に押されて、情けないことに蚊の鳴くような声になってしまった。しかし言ってしまってから、これではきっとダメだと思った。

恋人になるなら好き同士で、なんて取るに足らない持論。もしかしたら世間一般的かもしれない意見……。

そんな浅い主張なんか、理子には全く響かなかった。


「だからなに?別に真紀まきには関係ないじゃん!!」

「関係なくないよ!友達だし……」

「関係ないよ!友達なだけでしょ?真紀と付き合ってるわけじゃないもん!高橋くんだってもしかしたら分かってくれるかもしれないし!」


矢継ぎ早に言葉を並べ立てる理子の顔は、言うだけ言って背を向けてしまったから分からない。

ただ息を切らしたのか、肩を上下させている。その肩が、上下に動くだけでなく震えとともに動くようになるまで時間は掛からなかった。

鼻をすする音が聞こえる。

泣いているのだろう。

理子はその場でうずくまって、本格的に泣き始めてしまった。


確かに私はただの友達。

高校に入ってからの友達だから、付き合いは長くない。

理子の恋人でもない。


「……ねえ理子」


でも友達が辛いのに、それを何とかしたいと思うのは悪いことなのか。


「私、理子には幸せになってほしい」


理子が泣いているのに。


「付き合い長いわけじゃないけど、友達だと思ってるもん。理子が泣いてるの見ると、辛い……」


理子に近づく。背中に右手を添える。理子は振り払わなかった。私はそれが嬉しかった。

受け入れてくれている。そう思えるから、次の言葉だって安心して紡げる。


「ね、理子。本当は他に好きな人がいるんでしょ?」


理子はパッと顔を上げた。涙に濡れた顔をこちらに向ける。頬に流れる涙が夕日に照らされて、光っていてとても綺麗だ。


「なんで、それを……」

「分かるよ、友達だもん」


なんて、まるで確信があったかのように言ってしまったけど、本当は何となく感じていただけだった。

何となく。何となく。何となくだけど、きっと理子には他に好きな人がいるんだろうなと思っていた。

それもかなり長い間。ずうっと好きな人がいるんだろうなって。

それが誰なのかは全く検討もつかないけど。


「……ねぇ、真紀」


涙を拭った理子が落ち着いた声で言った。先程までの荒れた表情と打って変わった、冷静な表情で、こちらを見た。


「さっき真紀、私に幸せになって欲しいって言ったよね」

「言ったよ、嘘じゃないからね」

「分かってるよ!……ねぇ、真紀」


理子がこちらに向き直る。理子の左手が、私の腕を掴んでいる。その左手から、震えが伝わってくる。

理子は縋るような目つきで、それでも口調は強く、涙でまだぐちゃぐちゃになっている顔で言った。


「私、本当は真紀のこと、友達として好きなんじゃないの……本当は」

「真紀の事が好き……恋人になりたいの……」


言葉の終わりは語尾が萎んで、よく聞こえなかった。

それでも、聞こえなかった所の部分の答え合わせも、今起こったことが本当だということも全て、理子の真っ赤になった頬が物語っていた。

全てをオレンジ色にしてしまう夕焼けよりも強い赤色。それが私に伝染る《うつる》のは瞬きをするよりも早かった。


「え……」


色々な事が頭の中を通り過ぎてはまたやってくる。グルグルと目が回りそうな脳内で状況を整理するより先に熱を孕んだらしい自分の頬に苦笑いする。

その様子を見た理子は悪戯っぽく笑った。


「別に、返事は今じゃなくてもいーよ。想いあってる同士でも付き合ってみたいし」


しょげてる風でもない。告白したことを後悔している風でもない。いっそ開き直ってしまおうと大胆になっているのかもしれないが、理子が悲しい顔をしていないようだったから、ひどくホッとした。


「つまり……私が理子のこと好きになるまで待っててくれるってこと?」

「そゆこと!男の子なんかより、理子がいいってくらいの、真紀好みの女の子になるよ!」


明るく意気込みを語る理子が何だか輝いて見えて、私は嘆息してしまった。


「……でもとりあえず、さっき関係ないって言ったのは撤回してほしいな」

「あ……ごめん。ごめんね。考えを改めるから……」


先程意気込んだあの元気はどこへやら、すっかり萎んでしまったらしく、理子は肩を落とした。

私は想像以上に落ち込んでしまった理子に焦ってしまったが、好きな人に対する理子の素直さと普段とのギャップに、笑いが込み上げてきてしまった。

「何笑ってるの!」と怒って立ち上がる理子の頭が私の顎に直撃するまであと数秒。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふしぎ みかんのアレ @tatai123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ