♪ ♪ ♪
鐘が鳴る。
朝の国歌の時間らしい。
「ソンさんは行かなくていいのですか?」
鐘のある建物からどんどん遠ざかるソンに、ウタが尋ねる。
「いいの。あんなの、別に」
ソンの冷めた物言いに、ウタはおやと思う。
「そんなことよりも、私、昨日、聞いちゃったんだから!」
唐突に立ち止まり、くるりと振り返ると、ソンはふんぞり返って言った。
「あなた、昨日ここで歌を歌っていたでしょう?」
「え、歌ってないですよ?」
「歌ってた! 私聞いたもん! 聞いたことのない歌、歌ってた!」
「ええと、歌ってはない、ですよ?」
「国歌以外の歌は歌っちゃいけないんだよ!」
「うーん、あれは歌っていた、わけではなくて……」
「旅人だろうと関係ないもん! 国歌以外の歌を歌ったら罪人になっちゃうんだから!」
「いやー、あはははは……」
遠くからかすかに国歌が聞こえてくる。
「あ、あの、あのね? 私、別に黙っていてあげてもいいよ?」
ソンは頑なな表情から一変して、急にもじもじとし出してウタを見つめる。
「そのかわりに、ね? 昨日のやつ、もう一度歌ってくれないかな?」
歌じゃない、とはウタはもう言わない。しかし、少し悩んでいた。
「それは構いませんが、ソンさんはそれでいいの? 旅人に歌わせて、その歌を聞くことも、罪……とまではいわなくとも、まずいことなんじゃないのかな?」
「いいの! 私、もう国歌には飽き飽きしてるんだから!」
「そうなの? じゃあ、まあ、昨日と同じハミングでよければ」
ウタはソンに押されつつ、ちょっと嬉しそうに昨日と同じ曲をハミングしてみせる。
「もっと!」
一曲ハミングを終えると、ソンが頬を上気させ目を輝かせながらウタにねだる。
「えーっと、まあ、いっか」
ウタの歌は商売道具だ。
本当だったら、ただでリクエストを受け付けることはない。
でも、この町ではそもそもまともに歌を歌うこともできそうにないし、ソンの熱心さに、まんざらでもない気分だった。
ウタはリクエストに応えてハミングしてハミングしてハミングしまくった。
ウタがハミングしている間に日がすっかり高くなっていく。
「もう一回!」
「あの……はあ……えっとね……そろそろ、疲れちゃった、かな?」
「もう一回!」
「ご、ごめんね……少し、休憩を……」
「わかった! じゃあ休んで! そしたらもう一回!」
「ええー……」
高揚した様子のソンを、ポケットからハナが不思議そうに眺めている。
「ソンさんは、国歌以外の歌に興味があるの?」
ウタもハナと同じ表情を浮かべて、ソンに尋ねる。
ソンは少し考えてから、
「ううーん、違う、かも」
「違うの?」
「うん……私、歌は好き、なんだと思うの。歌ってると楽しいし。だけど、なんだかこう、国歌は嫌い。いつ頃からそう思うようになったのかはわからないけど、なんか、こんなの歌じゃないって思えてきちゃって。それで、あなただから言うんだけどね、こっそり自分で歌を作ってみたりもしたんだ。でも、気が付くと国歌みたいな歌ばっかりで。それがすごく嫌なの。だから、私はたぶん、国歌以外の歌に興味があるんじゃなくて、歌は好きだけど国歌だけが嫌いなんだと思うの」
「それは……大変だね」
国歌しかない町で、歌は好きなのに国歌だけが嫌いだなんて。
ハナもポケットの中で同情するかのように発光する。
「うん。でもさ、だから私、変えたいんだ」
「変える?」
「そう! 国歌を変えるの! もっと楽しくて、歌っていると嬉しくなるような、そんな歌に!」
ソンは握りこぶしを作って、力強く天に向かって振り上げた。
ウタとハナは、意気揚々としたソンをポカンと見つめる。
「国歌を変えるの? 国歌しか歌えないルールの方じゃなくて?」
小声で呟くウタ。
仮にそれが上手くいって、今の国歌を新しい国歌に挿げ替えてみたところで、きっと今のソンみたいに不満を抱く人は必ず現れるような気がする。だったら、国歌一択という今の状況、このルールそのものを変えてしまった方がいいような気がするんだよなあ、とウタは内心首をひねった。
もちろん、興奮しきっているソンにウタの小声は届かない。
「だから、もっと歌ってよ、旅人さん!」
「あ、うん。いいけど、もう少しだけ休憩させて?」
♪ ♪ ♪
結局、ウタは日が暮れるまでハミングを続けることになった。
同じ曲ばかりでは飽きてしまうので、ウタが気に入っている曲を片っ端からハミングした。中には歌詞が好きな曲もあったが、ウタは歌を歌うことはせず、徹底的にハミングをしまくった。
「あーあー、疲れたあー」
宿屋の食堂でポテトとハンバーガーというかつて国があったころの伝統的な食事をしてから部屋に戻ったウタは、ベットにひっくり返ってかすれた声を出す。
ハナは呆れたようにベットにひっくり返るウタの上をくるくると飛ぶ。
「えへへー、こんなにハミングばっかりしたの、初めてかも」
疲れ切っているウタに、ハナはねぎらうように発光する。
ありがと、ハナ。とても小さくて聞き取れないくらいの声で言うと、ウタはそのまますとんと眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます