第84話中学の修学旅行





「新幹線ってなんだかワクワクするね!」


「こんなにお菓子持って来たんだ!みんなで食べよ!」


「席回してUNOやろうぜ!」


「昨日寝れなかったから新幹線で寝るわ...」


「席交換しようぜ!外の景色みたい!!」


やけにテンションの高い学生の集団が新幹線内で騒いでいるのを、スーツを着崩してアイマスクをつけたサラリーマンが鬱陶しそうにみている。おそらく飲み過ぎて二日酔い、学生たちの喧騒が頭に響いているのだろう。


「おい渚、そのインスタントしじみ汁をどうするつもりだ。」


「え、あそこのおじさんにあげようかと...」


「扱いに困るからやめとけ」


カバンからこっそりカップ状のインスタントしじみ汁を取り出す渚に達也は冷静に注意する。


3席並んだ


修学旅行1日目、この新幹線で京都駅に向かい、京都駅で貸切バスに乗り換える。貸切バスはそのまま奈良へ向かい、奈良の観光を開始する予定だ。


一日行動になるため集合時間は早く、朝の7時30分に新横浜駅集合だ。


「東京駅集合にしなかったのはなんでだろうね。最寄りで新幹線が止まる駅は東京駅なのに。」


「少しでも新幹線の費用を減らしたいんじゃないか?観光にお金を使えるように。」


「でも寺院巡りって自費だったよね?新幹線とか宿代は入学からの積み立てだけど。」


「...そりゃあれだ。教師にも楽しみが必要だろ?それだ。」


差額は全て教師陣の酒代になっていると予想する達也だったが、これは後日保護者会にて返金されることを彼らはまだ知らない。


「ところで...」


渚は自分の右側に顔を向けると、今にも寝そうに首をカクカクする香織。渚がフラフラ上下して安定しない香織の首を自分の肩に引き寄せると、香織は笑みを浮かべて寝息を立て始めた。


「香織は昨日寝付けなかったのかな。」


「そういえば遅くまで部屋の電気ついてたな。何してたのかは知らん。」


グミを食べながらそう話す渚と達也の元に、隣のクラスの男子がやってきた。


「なぁ、篠原さんに話があんだけど貸してくんね?」


「ん?俺か?なんだ?」


「いや、女のほう」


「いや、香織いま寝てんだけど。」


無遠慮に話しかける男子に達也がムッとした顔をするが、香織しか眼中にないのか彼は話を続けた。


「新幹線降りたらタイミングねぇからな。クラス別だし」


「クラス別でも学校で話しかけてくる男子はいるぞ。正々堂々と誘ってるやつもいたが?」


「でも断ったんだろ?公衆の面前で修学旅行の自由行動に女子誘うなんて、女子からしたら恥ずかしいばっかじゃねぇか。俺は配慮ができるからこういう目立たない場所なんだ。」


「え、号車別なのにわざわざ乗り込んできて誘う方が配慮に欠けてる気がするんだけど...」


渚がぼそっと呟いた言葉に反応したその男子は渚に顔を向けた。渚の肩に香織が頭を乗せて寝ている姿を見るとこれまた分かりやすく表情を歪める。


「久里山さんもたくさん誘われたんだろ?たまには幼馴染よりそっちに行ったらどうだ?」


「うーん、その人たちは別の機会にするからって言ってあるよ。今回の香織の予約は埋まってるから君たちも別の機会にお願いできない?香織ってお休みに誘われると大体一緒に行ってくれるよ?」


「は?まじ?」


「うん、今度誘ってみな。」


「おう!ありがとな!」


いい情報もらったぜ!と言いながら自分の号車に帰る件の男子。


「...渚。」


「ん?」


「香織は誰でも誘いに乗るわけじゃないぞ。」


「?そりゃそうでしょ?」




わかっていないなこりゃ。



寝ながら肩に涎を垂らす香織の口をハンカチで拭う渚に、達也はため息をついた。







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京都についた一行がそのまま奈良へ向かい、今彼らがいるのは奈良の公園。ここのすぐ近くにはかの有名な大仏がある。


「ねぇ達也、香織。鹿せんべい持ってるのに僕の周りには鹿が一匹も来ないんだけど...?」


公園の真ん中でポツンと立ち尽くす渚。なぜかは知らないが、渚の周りには意地でも鹿が寄り付かないのだ。


「服が毛だらけになるのは嫌だからいいじゃんか...」


身体中が鹿の毛とよだれに塗れ、大量の鹿に担がれヨイショされた達也が死んだ目をしてそう呟く。鹿せんべいを買った瞬間にしっちゃかめっちゃかにされて既に満身創痍だ。


「まぁ、奈良の醍醐味を堪能できたんだからいいじゃん?」


渚の近くにいることで鹿を回避する香織。



「僕ってまさか動物に嫌われてる....?」


この歳になって信じたくなかった現実に直面した渚はとても悲しくなった。








奈良県内の観光スポットをある程度まわった一行は、バスで宿泊予定の旅館へ向かった。


修学旅行という大人数の学生が宿泊する旅館なので一泊数万するような高級なところではないものの規模はそれなりに大きく、浴場もフットサルコート程度の大浴場や温泉である。部屋は各クラス男女ごとに大部屋が割り振られ、座敷に布団を敷いて寝るスタイルだ。


しかしここで問題が発生。


「先生、久里山は本当に男子部屋なんですか...?」


一人の男子生徒が担任にそう尋ねると、彼は眉間に皺を寄せる。


「久里山は男子なんだから当たり前だろう。あらかじめ決めていたじゃないか。」


「そりゃあそうですけど!ここにきたら実感が湧いて来たというか...」


男子生徒はチラチラと渚を見ながら担任に言い募る。外見だけ見れば女子にしか見えない渚と同じ部屋で寝ると考えて緊張してきたようだ。


「なになに?久里山くんに女子部屋にきて欲しいの?私たちは大歓迎だよ!むしろ男子部屋にいる方が心配なんだけど...」


「なっ!そんなんじゃねぇよ!というか女子部屋に行く方が問題あるだろ!」


渚の部屋割りを巡って論争が起き始めるが、担任は意見を変えない。


「久里山は男子だから男子部屋。これは久里山自身の希望でもあるから変更はしない。お前らもいい加減慣れろ。久里山の身体なんてプールの授業で飽きるほど見たろ」


「いや、体育教師の剛田先生の計らいで久里山は女子用の水着着てた。」


「...特殊なことやらせてんな剛田先生...」


納得しない男子をどう説得するか考えていると、担任はちょうどバスから降りた仲良し幼馴染3人組に声をかける。


「おい久里山!お前は男子部屋と女子部屋どっちがいい?」


「え、僕は男子なんで男子部屋がいいですけど...これ前にも言いませんでしたか?」


「いや、最終確認でな。」


ご苦労、と声をかけると3人はそのまま集合場所に歩いて行った。



「というわけだ。久里山の容姿で色々と決めるのはやめろ。裸の付き合いをすれば仲良くなれるさ。」


そう言って担任は歩いて行ってしまった。


その場に残された男子生徒は直立不動で立っていると、後から降りてきた男子生徒が彼を見つける。


「おいどうしたんだよ。先生とたくさん話してたけど...ってうわ!!鼻血出てんじゃねぇか!どっかにぶつけたのか!?」


「は...」


「は?」


「裸の付き合い....ふへ...」


「.....」


鼻血を出しながらにやつく友人から一歩ずつ距離を空けた彼は、友人を放っておいて何事もなかったかのように集合場所へ急ぐ。


妄想を膨らませてだいぶ気色悪い顔になっている友人の顔をこれ以上記憶に残したくなかった。






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旅館に入る前の校長のお話や注意事項の説明が終わると、夕食の時間までは各部屋で休憩する時間となる。


「15人で寝るにしてはこの部屋広くない?」


「結構余裕あるな。」


部屋に荷物を置いた渚たちは、そのまま座敷に腰を下ろす。修学旅行という外泊行事はいくつになってもワクワクするもの。学校では割と静かな渚も設備を見て回ったりしてはしゃいでいる。


「おい!他のクラスの部屋行こうぜ!」


「女子部屋ってどんな感じか見に行こうぜ!」


「下の売店でお土産買っていいらしいぞ!」


「木刀あるかな...」


「おい、初日から木刀はやめとけって。」


他の男子もそれぞれ行動を始めており、宿を満喫しているようだ。


「僕も木刀見に行こうかな。修練用にいいものが見つかるかもしれないし。」


「やめとけ。渚んちにあるやつと比べたらここにあるやつはおもちゃだ。」


「え、流石にそんなことはないでしょ!黒檀はないにしても赤樫の木刀くらい売ってるって!」


「そんな高級素材で作った木刀なんてお土産コーナーで売ってるわけないやろ!専門店くらいだわそんなん売ってるの!木刀専門店ってのも意味分かんないけど!」


「えぇ..まぁそこまでいうなら買わないでおくよ...」


しょぼんとした渚を見て達也時は思わずため息をついた。修学旅行で木刀を買う人がいるというのは創作物の中だけかと思っていたが、こんなに近くにいたとは...


渚の言動には細心の注意を払うことに決めた達也であった。









夕食も終え、待ちに待ったお風呂タイム。


夕食はバイキングではなく個々に食事が出るものだったが、なんとハンバーグが硬くて割り箸が折れるという事件が発生した。割り箸が折れるほどに硬いハンバーグなど見たことがなかったが、食べてみるとそこまで硬くは感じなかった。ファミレスで食べるようなどこにでもあるハンバーグだ。おそらくハンバーグが硬いのではなく、割り箸が折れやすかっただけなのだろう。


達也と一緒に渚が脱衣所に入ると他クラスの男子や一般客がギョッとした顔でこちらを向き、一部の客はそそくさと服を着て脱衣所を出ていってしまった。


「あ、あの人まだ髪乾いてないのに出てっちゃった...部屋にドライヤーあるのかな?」


「...多分あの人の部屋にはあるんだろ」


渚の的が外れた問いかけに適当に返す達也。渚は既に風呂に興味が移ったようで、ウキウキとした様子で服を脱ぎ始めていた。


「渚、お前絶対にタオル巻いて入れよ?鎖骨あたりまで上げてけ。」


「何言ってんの達也。お風呂にタオルはつけちゃいけないんだよ?テレビのアレは特例措置なんだから」


やれやれというように手首を曲げて首を振る渚に達也は少しイラッとするが、渚自身が微塵も気にしていない様子。しかし幼い頃から見慣れている達也はいいとして他の男子には刺激が強いと思われたため、せめて湯船に浸かる直前まではタオルを巻くように指示した。


「いくら僕が女の子に見えるからってそこまで気にすることないと思うけど...」


渋々タオルを身体に巻いた渚が洗い場に突入すると、先に入浴していた男子生徒が一斉に渚に視線を向ける。渚は気にした様子もなくシャワーの正面に腰掛け身体を流し始めた。


「久里山は男、久里山は男、久里山は男...」


「落ち着け俺、やつには○○○がついているんだ。胸もない..。あいつは男なんだ...」


「鎮まれ俺の息子...!!やつは男なんだ...!!」


「...もう男でもいいんじゃないか?」


「落ち着け高島!!お前は篠原さんが好きなんだろ!?男の裸だぞアレは!」


「高みを目指すより、目の前の宝島で満足するのもアリじゃないか?」


「やめろ!しかもあれに欲情したらお前は完全にロリコンだ!」


「幼女体型の同級生もいいよな」


「せめてトイレの個室で一人でやってくれ!こんなところで男を見せるんじゃない!!」


周囲の男子が全員前屈みになりながらブツブツと煩悩退散してる様子を見て達也はため息をつく。そしてそのまま渚のすぐ横のシャワーで身体を流し始めた。


「渚、お前は今晩女子部屋行きだ。」


「は?なんで?男子部屋じゃないとダメでしょ?」


「いいからっ!!お前がいると俺以外のクラスの男子が全員悶々とした寝不足になる。」


「?何それ?でも男子一人が女子部屋なんて先生がダメって言うでしょ。」


「それについては風呂後に要相談するべきだと伝えてる。」


「用意周到なこって...」


香織から教えられた女子用の洗い方で優しく髪と身体、顔を洗った渚は席を立った。身体に巻いたタオルがやや薄かったせいか、水分を吸ったことで微妙に透けている。男子はなけなしの理性でそっぽを向くが、視線だけはチラチラと渚に向けている。


「お邪魔しまーす...ふあぁぁぁぁぁ.....」


タオルを完全に取っ払い、肩まで湯船に浸かった渚。湯船が白く濁っていたおかげで身体が見えることはなかったが、雫が垂れるうなじや扇情的に濡れる真っ白な肌。年頃の男子に効果は抜群だ。


「あ、やべ。出ちゃった...」


「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」



その日、渚が風呂を上がるまで男子生徒は誰一人として湯船から上がることはなかった。













************************************************************************************






「まさか本当に女子部屋で寝ることになるとは...」


担任に指示された通りに渚は女子部屋へ荷物を持っていく。


達也が風呂での様子をありのままに担任に報告すると、その話を横で聞いていた保険の先生が「久里山さんは女子部屋か私と同室がいいわ!男子部屋なんて絶対だめ!!襲われる!!」と言い始めたので、渚の抵抗虚しく女子部屋に行くことになってしまった。


「でも確かにこっちの方が安全だと思うよ。久里山さんは可愛いから、一緒に寝てたら確実に襲われそうだし。」


学級委員の高橋さんが渚を女子部屋へ案内しながら笑いながら呟く。女子陣には既に説明が入っており、一緒の部屋で寝ることを快く了承してくれた。


「まさかぁ。流石に男に襲い掛かりはしないでしょ!襲われても僕なら抑え込めるし。」


「...まぁそうだろうけど。でも久里山さんは女子部屋に行ったら行ったで別の意味で襲われそうだなぁ...」


女子部屋の扉を開けるとそこは男子部屋と同じく大部屋だったが、男子部屋とは違って布団同士の間隔に余裕があった。そして男子とは違い布団が綺麗に敷かれており、荷物が部屋の端に全て綺麗に揃えられている。


「ほらほら、久里山さんも荷物を置いて、布団はここね。」


「う、うん...」


女子の中に一人だけ男子が混ざるという状態、とんでもないアウェー感、渚はひどく緊張していた。


「さぁ、久里山さんも集まったことだし...」


「やりますか」


「修学旅行といったらやっぱり.....」


女子は全員目を輝かせた。


「「「「「「「「「恋バナでしょ!!」」」」」」」」」」




こうして寝る前のお楽しみタイムが始まった。







女子部屋に泊まった翌日の朝のこと。


「渚、眠そうだな。」


「うん...昨日みんなが寝させてくれなくて...」


「...世の男子が聞いたら血涙を流すほど羨ましい状況だな。」


各班の自由行動に出発した達也は、あまり寝付けなかったのか横で大きなあくびをする渚にそう声をかける。


女子部屋で一晩過ごした渚は夜遅くまで恋バナに付き合わされ、彼女らが寝付いた後も緊張して寝付くことができなかったのだ。


「移動中のバスとか電車なら少しは寝られるだろうから少し我慢しとけよ。」


「今日一日くらいは大丈夫だよ。今日はたくさん回るところあるんだから気合い入れないと!」


達也の気遣いにそう答えた渚は、達也と香織の手を引いて歩き始めた。


「まずは金閣寺だ!」



※ ※ ※




「金だな」


「金だね」


「金ぴか」


日本が世界に誇るものの一つとして候補に挙げるとしたら、京都や奈良にある寺院を挙げる人が大半を占めているのではないかと思う。その中でも金閣寺は小学生、中学生が授業で学ぶこともあるため、覚えている人も多いはずだ。


「写真は見たことあるけど、本当に金色なんだな。多少は加工してるもんだと思ってた。」


達也が正直な感想を漏らすと、香織が「あれ?」と頭をひねる。


「昔からこの色だったんだっけ?予算が足りなくて最初は金色じゃなかったはず。」


「それは銀閣寺だよ。金閣寺は最初から金色だったよ。まぁ今見てるこの建物は建て直した後のもので、室町時代に建てたものは消失しちゃってるんだけどね。」


「あ、聞いたことあるわそれ。」


目の前の荘厳な光景をしっかりと目に焼き付けると、3人はその場から離れる。どこの寺院にも置いてあるような寺のミニチュアをお土産に買うか悩んでいる渚を引き摺って達也と香織は敷地を出た。



その後も京都の観光名所をまわっていた3人は、昼食のためにとある喫茶店に入っていた。


「こんな感じのレトロな喫茶店がいいんだよね!」


「あまりこういうとこに来る機会もないからな...そのたまごサンド一口くれ。」


「えぇ..じゃあそのナポリタン一口と交換ね。」


たまごサンドイッチにかぶりつきながら香織がいうと、ナポリタンを啜りながら達也も同意する。


「このパンケーキは何か型を使ってるのかな...綺麗な形してる...」


「渚くんの着眼点はそこなんだ。味はどう?」


「甘さ控えめの生地とバニラアイス、そして上からかかったストロベリーソースがいい具合に絡み合って美味しいよ!」


一口あげる、と言って一口サイズに切り取ったパンケーキを香織の口元に持っていくと、香織は嬉しそうに口を開ける。


「修学旅行って言ってもいつもと何にも変わってない気がする。」


「まぁ行動班がいつもの3人だもんなぁ。代わり映えがなくて当然だ。」


「まぁ楽しいからいいんじゃない?」


こうして3人の修学旅行は続く。







※ 前編、中編と合体させて1話として投稿し直しました。


私事ではありますが、今作の連載をしばらくお休みします。

理由といたしましては、仕事の都合というのが一つ、そして少し話を書き溜めてから投稿することにしたためです。

私自身話の内容に違和感を覚えることが多かったので、しばらく考えてみようと思います。


1〜2ヶ月以内には再開したいと思っていますので、何卒よろしくお願いいたします。

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