第78話結末と惨状
「私がとりあえず正面で攻撃を引き出すから、あなたたちは隙に攻撃しなさいな♡」
そういうが早いかプリティガールは両拳を突き合わせる。
「私のスキルを見せてあげるわん♡〔マッスルトレーニング〕“上腕二頭筋“っ!!」
そして緩やかに両腕を掲げると、両手のひらには50kgと書かれたダンベルが現れた。
「ふんふん」
プリティガールはそのダンベルをおもむろに上下し筋肉にわずかばかりの疲労を与えると、プリティガールの上腕二頭筋がわずかばかりの光を放つ。それを確認した彼女はダンベルを八岐大蛇に向けてぶん投げた。
「ダンベルとは筋肉と遊ぶためのお手玉...軽くキャッチできるわよねん?」
しかしそんな言葉が相手に通じるわけもなく、八岐大蛇の首の一つに当たったダンベルはそのまま地面に落ちた。
ダンベルを当てられた首は勢いよく仰け反り、頭上に星を回し始める。他の首がこちらに襲いかかってきたところでプリティガールは別の言葉を唱える。
「“広背筋“!!」
その瞬間、投げたダンベルは消失し、代わりにプリティガールの手にはトレーニング用のチューブが出現した。それを背中を回して両手で持ち、両手を同時に前に出し始める。
「ふんふん」
こちらも数回行うと広背筋が発光し始める。そしてチューブを腕に巻き付けて襲いかかってきた首を片っ端から殴りつけると、その殴打の衝撃により八岐大蛇は地面に大きな引き摺り跡を残しながら吹き飛ばされた。
「“大胸筋“!!」
その言葉とともに現れたのは300kgと書かれた特大のベンチプレス。
「ふんっっっ!!!」
両手でそれを持ち上げたプリティガールの大胸筋が淡く発光、その後は今までと同じく振り回し、ベンチプレスで八岐大蛇を殴りつけた。
「筋トレ器具を粗末に扱うのは良くないとは思うんだけど、このスキルを発動させる条件だから仕方ないわねん♡〔ボディビル〕“ダブルパイセップス・フロント“」
攻撃前にボディビルダーのポージングを行うことでSTRを一段階上昇させるこの〔ボディビル〕。使用回数制限はないが、一度使用したポーズは上昇の対象にはならない。ポーズの数だけ攻撃力を上げることができるスキルだ。使用後はプリティガールの全ての筋肉が盛り上がり、STRが上昇する。筋肉の盛りはすぐに元に戻るが、上昇したSTRは一定期間は継続される。
「まずは一回目ェ!!」
プリティガールの地面をも破壊しそうな拳が八岐大蛇にのめり込む。そのままプリティガールは“サイドチェスト”のポージング。その後は先ほどよりも威力の上がった拳を「2回目ぇ!!」と言いながら八岐大蛇にお見舞いする。
八岐大蛇の口から放たれた毒霧が地面を抉り着弾したプレイヤーを光の粒子へと変えていく中、ロイは天叢雲剣に光属性魔法を込め、最後の技を発動しようとしていた。
「ロイちゃんが大技出すみたいだから、わたしたちで隙を作るわよメイちゃん♡」
「了解!!」
メイは自身の短剣を構えて八岐大蛇に向けて駆け出す。八岐大蛇が向かってくるメイに向けて氷属性ブレスを撃つ。各首から放たれるブレスを掻い潜りながら懐に潜り込む。
「〔鬼神縁舞〕っ!!」
メイの高速斬撃が八岐大蛇の全身を斬りつけ、わずかばかりの隙を作る。その隙を縫ってプリティガールがさらに大きな隙を作ろうと拳に力を込める。
「私の師匠から教わった隠し技を見せてあげるわ。“隠撃”」
プリティガールが腰をわずかに下げ、拳を地面に向けて突き出すと、八岐大蛇の真上に大きな影のようなものが浮かび、その中から一際大きな拳が飛び出し敵を地に叩き伏せる。その間に正面にロイが接近し天叢雲剣を振り上げる。
「〔聖光滅砲斬〕!!!」
光属性を纏った大規模な斬撃は周囲を巻き込んで大きな爆発を起こし、砂埃が吹き上がる。それがひと段落ついた時、そこには傷だらけの八岐大蛇がいた。
「とどめね!!〔プリティ正拳突き〕!!!」
ボディビルポーズによって攻撃力が上昇していた彼女の正拳突きによって八岐大蛇のHPは完全になくなり、光の粒子となって消えていった。
山茶の大蛇を倒した直後、足元に魔法陣が現れ光を放つ。放たれた光に視界が覆われ、次に目を開けたときには強制転移される前にいた【天界の扉】の前にいた。そしてそこには見慣れた人たちも。
「フレイヤたちも無事だったか。」
「ロイたちもね。ナギちゃんは一緒じゃないの?」
ちょうど扉をくぐろうとしていたフレイヤたち一行と再会する。アリスとカエデは何やらぐったりしているが、フレイヤとシルは元気いっぱいのようだ。
「ナギはフレイヤたちと一緒にいると思ってた。ここにいないってことは別のグループか。確かにここにはグレイルもいないもんな。」
「グレイルちゃんを忘れるなんてひどいわぁ♡それにしてもあの子は絶対私と友達になれると思うのよねぇん♡あんなに男前で筋肉があるなんて羨ましいわぁん!!!」
「いやあなたも似たようなものだろ。」
プリティガールのボケとも言えない言葉にツッコミを入れながらもう一つのグループについて考える。
「ナギがいるグループが俺らより遅いわけないもんなぁ。」
「グレイルもいるんだし、先に進んだんじゃないかな?」
ロイとフレイヤの会話にメイとシルも同意する。
「あなたたちの彼女に対する信頼厚すぎるでしょ...」
「確かにあの子は強いけど、流石にそこまでは...」
アリスの呆れた声にプリティガールも頷きながらも同意する。
「さぁ早く行くぞ。もしまだクリアできていなかったとしてもナギたちならすぐ俺たちに追いつくさ。」
そう言ってロイもフレイヤについて【天界の扉】をくぐると、
「な、....」
「どういうこと....?」
扉を抜けた先は、天界という名の通り白い雲の上に大理石の建造物が建てられており、透き通るような白さは神秘的な輝きを醸し出しているのだろう。
本来であれば。
現状はそのいくつもの大理石の建物は崩れ落ちており、雲や壁に血痕がついている。そしてこの天界を住まいにしているであろう天使のような格好をした人々が傷だらけの状態でうめきながらそこらじゅうに倒れていた。
「大丈夫!?」
「あ...」
フレイヤが倒れた天使の男性に声をかけると、わずかに声を発したのちに力を失ったように倒れた。
「何があったの...?」
シルの呟きをよそにプリティガールが周囲のプレイヤーに指示を出す。
「ここに簡易の医療所を設置するわ!!倒れてる人たちを片っ端から運びなさい!NPCとは思えないからとりあえず治療するわよ!回復薬を持っている人は後で補充してあげるから惜しまず使いなさい!」
プリティガールの咄嗟の指示で全プレイヤーが動き出した。
倒れている天使を医療所に運び、応急処置を施した後に回復薬を飲ませる。被害を受けた天使の数は甚大だった。
「おい!大丈夫か!?」
「一人目を覚ましたぞ!!」
患者の一人が目を覚ましたらしく、プレイヤーたちが情報収集に動く。
「ここで何があったのかしらん?」
代表としてプリティガールが目を覚ました天使に尋ねると、彼はゆっくりと話し始める。
「君たちのように【天界の扉】を通ってきた来訪者を大聖堂に案内した後で、悪魔が単身で乗り込んできたんだ。」
「...悪魔?」
シル、メイ、カエデの脳内に以前戦闘したとある悪魔がひょっこりと頭をのぞかせる。
「そいつがとんでもなく強くてな。【大天使の羽】をよこせとか言っていたが、俺らはそもそも大天使じゃねえからな。そういうと奴はこの場にいる全員を戦闘不能にした後で大聖堂に向かっていったんだ。多分今頃熾天使様と戦っている頃だろう。」
あらかたの事情を聞いた後で、その天使は再度眠りについた。今の内容を話すだけでも結構無理をしていたようだ。
「ロイちゃんとフレイヤちゃん、ここにいるプレイヤーを半分くらい連れて助太刀に行きなさい。その悪魔の強さが未知数だわ。私たちの前にプレイヤーを案内していたらしいから多分ナギちゃんもグレイルちゃんも現地にいるはずよ。私はここで治療を続けて、一通り終わったら参戦するわ」
「わかった。」
ロイとフレイヤは数人のプレイヤーを連れて大聖堂とやらへ急ぐ。道中には武装した天使が息だえた様子で倒れていたため、数人のプレイヤーを残していった。
たどり着いた大聖堂は【天界の扉】前余地も凄惨だった。五体満足な天使は一人もおらず、血塗れで血に臥していた。しかしこの場には天使だけでなくプレイヤーも傷だらけで倒れていた。そしてその中にはグレイルの姿も。
「グレイル!!無事か!?」
「かふ...この状態が無事に見えるか....?」
「軽口が叩けるならマシだな!」
「今上空でナギ嬢ちゃんと熾天使、大天使が共闘してる。だがナギ嬢ちゃんはもうだめだ...」
グレイルが力の入らない腕でゆっくりと上空を指差すと、そこから飛んでくる人影が三つ。
その人影は地面に叩きつけられ、大きく砂埃を上げる。
「ナギちゃん!!??」
人影の一つはナギであり血塗れ傷だらけですでに満身創痍の状態だった。左足は膝上からちぎられ、右腕も肘先から切断されている。そしてその胸部には自身の武器である穿血刃が突きつけられていた。
「くっ!悪魔一体ごときに我らが遅れをとるとは!!」
「龍の娘が攻撃をあらかた引き受けてくれてたが、流石にもう無理か...」
すぐそばに叩きつけられていた熾天使、大天使が即座に立ち上がり再度上空に飛び立つ。
「ナギちゃん!ナギちゃん!目を覚まして!!」
ナギの肩をどんなに揺らしても口から血を吐きながらもピクリとも動かないナギに絶望したフレイヤは怒りに顔を歪ませて上空を見上げる。するとまたもや熾天使と大天使が地面に叩きつけられた。
「なんだぁ?助っ人かぁ?雑魚が何人集まったところで俺には勝てねぇのになぁ?」
荒々しく低い声が聞こえ、砂埃が晴れたその場所には身動きが取れない状態の大天使と熾天使。そしてナギの腕を持った大柄な悪魔がニヤリと笑いながら立っていた。
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