第76話地下戦闘の終幕





ガキンッ!!!



金属が激しくぶつかり合う音が周囲に響き、カエデは眼前に迫る鎌を金棒で抑えていた。


「っくぅ...ぁああ!!」


「〔蔓毒打〕!」


カエデが抑えている間にアリスが〔毒魔法〕を込めた鞭を放ち、土蜘蛛の背に傷をつける。


土蜘蛛の意識がカエデから逸れた瞬間カエデは鎌を弾き返し、渾身の一振りを土蜘蛛の顔面をお見舞いする。


土蜘蛛が怯んだ隙にカエデが返す形でその顔面にもう一撃。


『ギャガ、グ、ガガガガガ....』


「畳み掛けるわよ!!」


「っ、..はい!」


アリスの掛け声にカエデが応え、二人で土蜘蛛に躍りかかる。


第2ラウンドが始まってから既に10分は経過しており、土蜘蛛やアリス、カエデはお互いに傷だらけであった。二人以外のプレイヤーも合間合間に土蜘蛛への攻撃を与えているため戦況的にはこちらが有利だ。しかし土蜘蛛の攻撃力は凄まじく、それなりに上位のプレイヤーが鎌の一撃で大部分のHPを持っていかれるところを見ると、さすがはS級と言ったところだ。


カエデも善戦はしているが攻撃をくらう頻度は他のプレイヤーよりも多く、奇跡の積み重ねで生き残っているような状況である。アリスたちと比べて圧倒的に経験値が不足しているカエデは、種族としての先天的な防御力の高さによって生き長らえているに過ぎないのだ。


カエデとアリスが攻撃をする間も土蜘蛛は鎌を振り回しこちらにダメージを与えてくる。幾度となく土蜘蛛の鎌はカエデの鼻先をかすめ、九死に一生ならぬ九生を得ている。


猛攻の果てに残り体力20%を切った土蜘蛛。大きく咆哮を上げると目に見えて動きが格段に速くなる。防御力も爆上がりしたようで、先ほどよりも攻撃を与えるのが難しくなった二人は攻めあぐねてしまった。


攻撃を鎌で弾かれた二人は壁に叩きつけられ、地面に倒れる。


「くっ...あの残り体力が削り切れない...!!」


ゆっくりと立ち上がりながらアリスはそう吐き捨てる。二人が立ち上がる間に他のプレイヤーが土蜘蛛に攻撃するが、土蜘蛛に効いている様子は全くない。


「姉御!俺らに任せてくだせぇ!!」


「ヒャッハァ!!俺の大斬りをくらえぇ!!」


「ウッホォ!!」


二人と一匹が土蜘蛛に躍りかかるが、土蜘蛛の鎌がやや斜めに傾くとアリスが叫ぶ。


「っ!!危ない!!」


アリスの声が間に合わず、二人と一匹のプレイヤーが鎌で斬り捨てられ光となって消えていった。


しかしそこで隙ができた。


「〔羅生門〕!!」


カエデがそう唱えた瞬間その場からカエデの姿がかき消え、そのすぐ後に土蜘蛛が壁までぶっ飛ばされた。そして先ほどまで土蜘蛛がいた場所には金棒を振り抜いたポーズをとるカエデが立っていた。


カエデの種族専用スキル〔羅生門〕。一定時間自身のVITを0にする代わりにSTRを10倍まで引き上げるスキル。加えて攻撃前の溜め時間に応じて次の一撃にさらに威力を上乗せできる、「攻撃は最大の防御」を極端化したスキルである。


壁際まで吹き飛ばされた土蜘蛛が立ち上がる前にカエデは次の攻撃の溜めに入る。次の一撃で決めるためにカエデは目を閉じて神経を集中させる。


しかしそんな大きな隙を土蜘蛛が見逃す訳もなく、ズザザザザザと片足を引きずって近づいてくる。そして鎌をカエデに振り下ろした。


「っ!アリスさん!」


「くっ...私はいいからさっさと溜めろぉ!!」


土蜘蛛の背後から鞭を飛ばして鎌を抑えるアリスの声が響き、カエデは溜めに徹する。その最中も土蜘蛛の攻撃はカエデに襲い掛かり、それを全てアリスが防ぐ。


数分にわたりアリスが一人で土蜘蛛を抑え、攻撃は一切カエデには届くことはなく、カエデの溜めは最大になった。


「行きます!!!」


カエデの声が周囲に響くと全員が攻撃をやめて下がるが、その瞬間土蜘蛛が跳び上がり、天井に足をつけて攻撃の届かない位置を取り始める。そしてそのまま遠距離を保って攻撃をし始めた。


溜めた力は最初の一撃でしか扱えない。中途半端な攻撃をしてしまうとアリスが稼いだ数分間が無駄になってしまうため、時間切れが迫る〔羅生門〕に気を遣いながらカエデはその時を待つ。


そしてその時は訪れた。


「〔落葉鞭〕!!」


土蜘蛛の攻撃が収まった瞬間にアリスの鞭スキルが発動、天井に張り付く土蜘蛛に鞭が巻き付き地面に叩き落とした。


「カエデ!」


「はい!」


アリスの声に合わせてカエデは土蜘蛛の眼前に移動、金棒を強く握り締め、溜めた力を放出するように振り抜いた。


突風が巻き起こるほどの衝撃が周囲に響き、土蜘蛛の頭部が吹き飛ばされる。


頭部を失った土蜘蛛の身体は力を失ったように崩れ落ち、そのまま光となって消えていった。


「はぁ、はぁ...負担がデカすぎる...」


アリスはそう呟いて仰向けに倒れると、カエデも地面にへたり込んだ。








************************************************************************************


土蜘蛛との戦闘が最終局面に差し掛かった頃、同じくS級モンスターと戦闘を繰り広げるフレイヤとシルはこう着状態に陥っていた。


お互いに決定打がないまま進展がない玉藻前との戦闘はフレイヤたちにとってもストレスが溜まるばかり。


「〔雷光撃〕!!」


シルの魔法がフレイヤの動きに合わせて玉藻前に襲い掛かるがカーテンを殴りつけた時のようにひらりと躱され、両手の扇子についた刃がフレイヤに向けて振り抜かれる。


フレイヤは刀で扇子を弾いて玉藻前から一旦距離を取ると、シルの〔氷槍〕が玉藻前の横を通り過ぎる。


「どんなに魔法を撃っても当たらないんだよねぇ...」


「ひらひらしてるから判定の見極めが難しいね、しかも奴の周りに浮かぶ狐火から攻撃が来るのがむかつく」


フレイヤの言葉が終わると同時に玉藻前が両手を大きく広げ、その口を開く。


『〔狐火紅蓮〕』


玉藻前から溢れ出た火の粉が広範囲に広がり、彼女の合図とともに一斉に爆発する。


「っフレイヤちゃん大丈夫!?」


「シルがバリア張ってくれたから大丈夫!!」


シルの魔法によって攻撃から逃れたフレイヤは玉藻前に向けて刀を構える。


「〔蒼炎斬〕!!」


「〔飛竜氷瀑〕!!」


フレイヤの蒼い炎を纏った斬撃は扇子で弾かれ、シルが放つ氷の龍を模した魔法は十二単の裾をすり抜けていく。


『〔狐火爆斬〕』


玉藻前の扇子が振り抜かれ、着弾箇所が爆発する無数の斬撃が二人に放たれる。フレイヤは直感だけで斬撃を刀で弾き、その足で玉藻前と距離を詰める。


「〔紫電一閃〕!」


瞬きの間に放たれる刀術スキルの技で攻撃を仕掛けると、刃が首元に届く直前で玉藻前の口が開く。


『〔狐火舞踊〕』


玉藻前の首を刀が通り過ぎその場からかき消えたと思いきや、フレイヤの背後に再度出現する。そしてみるみる玉藻前のHPが回復していき、フレイヤとシルが与えた微量のダメージすらなかったことにされてしまった。


「VITは高くないけどAGI、STRが異様に高い、攻撃の手数も多いし回復スキル持ち。今まで戦ったどのS級モンスターよりも厄介だね...」


ナギちゃんならどうにでも対処できるんだろうなぁと思い浮かび、フレイヤは苦笑いを浮かべる。ちらりと土蜘蛛の方向に顔を向けると、そこではすでに土蜘蛛が光となって消えていくところであった。


「あっちは終わったみたいだね。私たちも頑張ってあいつを....?」


シルが苦笑いしながらそう呟き玉藻前に向き直ると、玉藻前の周囲に飛び交っていた狐火が静かに消えていく。


『条件を満たしました。撤退します。』


女性の声が響いたかと思えば、玉藻前は炎に包まれて消えていった。


「....は?」


「いやまさか、こんな早くに終わるわけ....」


シルとフレイヤが警戒しながら周囲を見渡すと、周囲にアナウンスが流れる。


『S級1体撃破成功。次のフィールドに進みます。10秒後に転送を開始します。』



...


「マジで終わりだった....ようやく流れを掴めてきたと思ったのに...!!」


長らくゲームをやってきたフレイヤからしたら、自分の実力不足により倒す前に撤退されるというある意味一番屈辱的な思いを味わわされることとなり、悔しさに顔を歪ませる。


「次に戦うことがあったら初っ端最大火力で体力を削ったほうがいいな、それで怯んでいる間に近寄って斬り刻んで...」


「フレイヤちゃん、今はとりあえず先に進もう?」


こうして力を使い果たしたアリスとカエデ、不完全燃焼なフレイヤとシルは別の場所へと転送されていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る