天界の行く末

第73話オールスター



「〜♪〜」


「「「「...」」」」


鼻歌を歌いながら帰り支度をする香織に教室中から視線が集まる。しかし彼女はそんな周囲の視線を気にすることもなく着々と鞄に荷物を入れていく。


「篠原さん?私たちこの後カラオケ行くんだけど、よかったらどう?」


「ごめん!今日は早く家に帰る用事があるんだ!」


「そ、そっか。」


それじゃ!と言って香織は教室から出ていった。そして同じように帰り支度をしていた達也と渚もしばらく経って教室から出た。


「文化祭の振替休日って普通は翌日にくれるものじゃないのか?」


「まぁこの学校は特殊だし...でも1週間丸ごとくれるとは思わなかったね。」


「本当それな」


達也と渚は昇降口へ向かいながら休日について話す。


本日は金曜日、渚たちは翌日から文化祭の振替休日として七日連続のお休みに入るのだ。


本来振替休日とは『あらかじめ休日と定められていた日を労働日とし、その代わりに他の労働日を休日とする制度。』であり、土日の2日が平日の5日に変換されることはあり得ない。


しかしここは私立叡賢高校、休日の策定は校長の匙加減である。


『推しの地下アイドルが沖縄でライブするので来週は休みます!文化祭の振替休日ってことでみんなも休みなさい!部活もなし!!学校は閉めるので誰も入れません!!異議がある人は校長室へ!!』


本日朝の全校集会で校長が全体に言い放った言葉である。


有給取得が明らかに少ない教職員に対して強制的にお休みを取らせるこの行動は、ある意味いい上司と言えるのかもしれない。しかも有給は消化されないそうだ。


もし一部の熱心な生徒が『予定のない休みは認められません!!』と言って校長室へ凸していた場合この連休がなくなっていた可能性もあるが、彼らも遊び盛りの高校生。誰一人としてそんな異議を申し立てる人はいなかった。


「そういえば、前にプリティガールさんと話してたクエストの話はどうなった?」


達也が話を変えると、渚は少し考えて話し始める。


「確か今日の夜から明日の夜の間なら何も予定はないからいつでも連絡ちょうだいってプリティガールさんは言ってたよ?お姉ちゃんは少し野暮用があるみたいだから、鍵開けに同行した後はログアウトするってさ。」


「亜紀さんできないのか...一緒に来てくれたら心強かったんだけど、」


「しょうがないよ。大学の方も忙しいみたいだし。」


今度ご飯でも持っていってあげよう、と渚は特に気にした様子もなく靴を履き替えていると、達也の下駄箱から数枚の便箋がひらりと落ちてきた。


達也は宛名の筆跡を見て「あぁ、また来た...」と呟くとそのまま鞄に詰め込んだ。


「開けなくていいの?呼び出しかもしれないじゃん。」


「一昨日も昨日も今朝も同じやつから呼び出されてるんだよ。流石に疲れた。」


「おぉ、押しが強い子なんだね...」


渚と達也はそのまま昇降口を出る。背後から地団駄を踏むような音が聞こえたが、渚は聞こえないふりをした。


触らぬが吉。渚の勘がそう告げている。


「話戻すけど、今日はログインするんだよな?」


「うん、紗良と皐月とカエデを連れて行くから香織と達也は先に行ってて。」


「おっけ」


その後二人は夕食の買い物を済ませて足早に自宅に戻った。




************************************************************************************





時刻は20時。久里山宅内では夕食を終えた達也と香織の二人が即座にログインしていった。


渚はいつものごとく食器の片付けを行い、全てが片付いてからログインしているため他の人よりログイン時間は少し遅い。


ナギは『空蝉の城』の拠点でログインするとナギを待っていたカエデ、シル、メイがお茶を飲んで一息ついていた。


「あ、師匠!お疲れ様です!」


「カエデもお疲れ。元気にしてた?」


「はい!元気いっぱいです!レベル上げも頑張ってました!」


「偉い偉い。」


駆け寄ってきたカエデをよしよししていると、メイとシルが「ん?」と何かに気づく。


メイはゆっくりとナギに近寄り、ナギの額に手を添える。その後ナギの後ろにも視線を移した。


「...?どうしたの?」


「ナギちゃん、角と尻尾生えてる」


「え、」


メイの指摘にナギは言葉を失う。恐る恐る額と腰に手を伸ばすと、15cmほどのゴツゴツした角が2本、そしてお尻の上あたりには銀色に輝くまさにドラゴンの尻尾と呼べるような代物が地面ほ引き摺っていた。


「...ナニコレ」


状況が理解できないナギだが、まぁゲームだしと考えるのをやめた。特にゲームに詳しくもないナギがいくら考えたところで解決策が浮かぶ訳ないのだ。


「さぁ行こうか。」


「え、そのままで行くの?」


「考えたところで結論が出るわけじゃないしね。ロイとフレイヤも待ってることだし。」


「それもそっか」


メイも納得したところでナギ拠点から外に出る。そして自身のアイテムの中から人が入るほど大きな紐付きの籠を取り出した。


「師匠!この籠は何ですか!?」


「ナギ姉ちゃん、今からクエスト行くんだよね?」


カエデの元気な質問とシルの確認にナギは「もちろん」と答え、籠についた紐を自身にくくりつけた。そしてその状態で〔龍の翼〕のスキルを発動。


「さ!籠に入って!運ぶから!」


「...本気で言ってる?」


メイのジト目にナギはキョトンとして答える。


「この方が早いよ?」


「確かにそうだろうけど...まぁいいや」


メイはナギの説得を諦め、大人しく籠の中に入った。


「絶叫マシンみたいで楽しそうだね...!!」


「ありがとうございます師匠!お邪魔します!」


シルとカエデはワクワクした様子で籠に乗り込む。


全員が乗ったことを確認したナギは、翼を大きく広げてゆっくりと飛び立った。


「大丈夫?怖くない?」


「大丈夫だよ。ナギ姉ちゃんも重くない?」


「僕は大丈夫。空中でモンスターが襲ってきたら対応は任せるね。」


「おっけい」


ナギは道中襲いかかってくるモンスターはガン無視するつもりでいたが、空を飛ぶモンスターは地上のモンスターと比べて気性が荒く、プレイヤーの姿を確認すると即座に襲いかかってくる。そして地上のモンスターと比べても攻撃力が高く群れを成して行動することが多いため、遭遇してしまった時には一歩的にやられてしまうことが多いらしい。


上空にいる相手には攻撃が当たりにくいこともプレイヤーが一方的にやられてしまう原因とも言える。


そんなわけで今、正面にはワイバーンの群れが存在し、ナギ達に今にも襲い掛からんとしていた。


「ガン無視で行くから、近寄ってきたやつだけはシルの魔法で倒してね。振り落とされないようにね!!」


「え“!?ちょっと待っt、ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


搭乗者のことなど全く考えないダイナミックな飛行を披露するナギ。ワイバーンの鳴き声とメイの悲鳴が入り混じって周囲に響き渡る。


「〔火炎槍〕!〔氷結槍〕!」


「〔雷槌〕!」


シルの魔法スキルとナギの〔龍魔法〕の攻撃が追ってくるワイバーンを撃ち落とし、爆発に紛れてワイバーンを通り過ぎた。


「このままトップスピードで目的地に向かうよ!!」


「ちょっ...ちょっと休憩を....いやあぁぁぁぁぁ!!!!!」








「メイ大丈夫か?顔が真っ青だけど...?」


「もう二度とナギちゃんの言うことは信じない...」


ロイが声をかけると、表情の抜け落ちたメイがボソっと呟く。


ナギは集まったメンツを確認していると、何人か見覚えのない顔があった。それなりの装備に身を包んでいるあたり、ロイたちと同じようにβテスターなのだろう。その中には第一回イベントでナギが戦った女性もいた。


「アリエルさん!!!私のこと知ってます!?」


「いや、すまないが知らないな。」


「そうですか!!ではこの機会に知ってください!あなたの下僕候補のアリスです!!」


「...そうか。」


その女性はアリエルに猛アタックしており、姉は少し引き気味で流すようにしている。中途半端に対応するのは良くないと思って一応応答はしているようだが、予想外の解答が飛び出したことでさらに引いていた。


「おいフレイヤ、お前が俺に声をかけるなんてな。驚きすぎて固まったぞ。」


「今回ばかりは人手が多くて困ることはなさそうだからね。グレイルもそこそこ強いし声をかけさせてもらったよ。」


「その評価で素直に喜ぶことはできねぇが、まぁいい。存分に期待してな。」


全身を蒼い鎧に身を包んだ大男がフレイヤと話している。どこかで見たような顔だが、ナギは思い出すことはできなかった。


「あの人も来てたんだ...」


シルが少し眉を下げてその男性を見ていたが、すぐに顔を逸らした。


「久しぶりねぇん!ナギちゃぁん!!!」


「お久しぶりですプリティガールさん。遅くなってしまってすみません。今日はよろしくお願いします。」


「そんなかしこまらなくてもいいのよん♡気軽にプリちゃんと呼んで!!」


「じゃあプリちゃん」


順応はや!!と周囲から聞こえた気がしたが、二人とも気にすることはなかった。


プリティガールはそのままロイに声をかける。


「今日はミーシャちゃんにも声をかけたのかしらん?」


ロイはチャット画面を開き、その内容を伝える。


「『行けたら行かせていただきますので先に行っててください』だってさ。あの人のそのセリフは本当にくるから期待してていいと思う」


「そうなのん♡楽しみだわん!!」


プリティガールは嬉しそうに身を躍らせると、全員が揃ったことを確認した。


ロイも同じく人数を確認し、全員に声をかけて集合させる。


「今日は集まってくれてありがとう!今から行くのはβテストでも解放されてなかったものだから何が出てくるのかわからない。各自十分に注意してクエストに臨んでくれ!!」


「「「「「「「「「応!!!!!」」」」」」」


ロイの掛け声に全員が気合の声を上げる。


「さぁ行こう!!天界の扉へ!!!」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る