第72話閑話 女神の思惑①

ーー神界ーー



「疲れた」


「...いきなり呼び出しておいて一言目がそれか」


書類が積み上がったデスクのすぐ横の地面で寝転がる純白のヒラヒラした服を着た女性に、呼び出された純黒のスラッとした衣装を纏う女性は顔を顰める。


「星ごとに健康日記なんぞつけてるからだ。現世に幾つの星があると思ってるんだ?奴らも自立してるんだからいちいち干渉するんじゃない」


「この前までこんなに小さかった私の子どもたちが一人暮らししてるのよ!?親として心配しないわけないでしょ!?」


白い女性が手を使って精一杯大きさを表現すると、黒い女性がハァァ、と大きなため息を吐く。


「それは一体何億年前の話だ?奴らもすでに星としては成長してる。この前6億歳の星が相談してきたぞ?『創造神様が毎年仕送りしてくるんですけど、どうしましょう』ってな。しかも送ったものが星粒子(スターダスト)だと?それくらい自分で捕まえさせろ!お前が世話をやく範囲ではない!」


「だって...だって...補給できないと生命が終わっちゃう...」


「過剰な補給こそ、奴らにとっては生命を縮める行為だが?それに生命に終わりが来るのは世界の理。それを創造神が覆してどうする?お前が理を破れば奴らが異端となり、それを始末するのが破壊神である私だ。お前は自分の子どもたちを私に殺させるつもりか?」


「そんなつもりは!!」


「であれば過度な干渉は慎め。自分の子どもが異端となってしまうのを見たくなければな。」


創造神は眉を下げてしょんぼりするが、破壊神はそんなことお構いなしといった様子で空間内にあるソファに腰掛ける。



「で?なんで私は呼び出されたんだ?」


破壊神がそう問いかけると、創造神はハッとして破壊神に駆け寄った。


「それであなたを呼んだ件なんだけど...」


そう言って創造神は目を爛々と輝かせた。


「新たに生命体を作ろうと思うの!」


「は?」


思わぬ発言に破壊神は目を細めた。


「今までそんな相談してきたことないだろう?お前は創造神なんだしなんでもできるだろうが。勝手にやればいいだろう。惑星がまた増えるぞ。」


「違うの!私が作りたいのは惑星とは違う『神格』をもつ生命体なの!」


創造神はそう言って机の上に腰を乗せた。


「つい数十億年前に自発的に生命が誕生した惑星があったでしょ?」


「他の惑星と比べて魔力保有量が桁違いに高かったやつだな。なんかで聞いた。」


「そうなの。それで興味本位で調査してみたら見つけちゃったのよ。『歪み』」


「なんだって?」


創造神は破壊神にある書類を手渡して話を続ける。


「その『歪み』がつながっていたのは魔力が存在しない次元、私の管轄外だったのよ。」


「その世界の創造神に連絡はしたのか?」


「もちろんよ。でも彼も魔力を使わなくなってから数兆年、対処法がわからないらしいわ。」


白い女性はやれやれ、といったふうに首を傾げる。


「『歪み』を通して魔力がそっちに漏れ出した。一応私が応急処置をしたけど、向こうの世界の地球という惑星に影響が出てるらしいわ。本来数十億年周期で移り変わる生態系が数億、数万年で変わってしまうほどに。」


「結構な影響だな...早く行って処置してこいよ。」


破壊神がそういうと、創造神は明後日の方向に視線を向けため息をついた。


「私が向かった結果、当時繁栄していた生命体が濃厚な魔力の影響でほとんどが死滅してしまったわ。」


破壊神は思わず白い女性にチョップをかます。「痛い!」という声をあげて創造神は話を続けた。


「地球という惑星において魔力は運命を覆す力の源になってしまってるの。今回死滅した生命体だって本来は後数十億年繁栄しているはずだった。私が行ったせいで運命が捻じ曲げられてしまったの。」


「最上位の神であるお前が行ったからじゃないか?部下に向かわせれば解決しそうな気もするが?」


「【上級神】【中級神】【下級神】それぞれを向かわせた結果、どの時代でも繁栄した生命体は死滅したわ。」


「...」


「【創造神】である私を頂点として【上級神】5体【中級神】50体【下級神】500体はそこに向かうことができない。天使は力が弱くて『歪み』に飲み込まれかねないから無理。でもこのままだと魔力が延々と漏れ出し続ける。」


創造神は紅茶を一口飲んだ。そして破壊神をビシッと指差す。


「そこであなたの出番よ!【破壊神】であるあなたなら神の中で唯一魔力放出を制御できる術を持っているでしょ?こっちではこれ以上魔力が漏れ出さないようにする。あなたは今まで向こうに漏れ出した魔力を全て回収する。随時こっちに送ってくれてもいいわよ!全てを回収し終わったら『歪み』を閉じる。これで終わり!」


「なるほど...つまり仕事依頼ってことね。」


「そゆこと。」


破壊神は額に手を置いて深くため息をつくと、話を戻した。


「それが最初に言ってた『神格』をもつ生命体を生み出すってことに繋がるわけか?」


「そう!こっちの管理をそれに任せるつもり。あなたが生み出す『神精卵』なら絶対に安心でしょ?」


「まぁ私独自の魔力放出を制御する術を継承するからな。でも創造神と破壊神が協力して創る『神精卵』なんてどんな力を持つかわからない。訓練の時間は必須だ。」


「魔力制御の方法はあなたしか教えられないから、教育係はよろしくね!」


「はぁ、しょうがない。」


破壊神は紅茶を飲み干すと、ソファから立ち上がった。


「やるなら早いほうがいい。今すぐにやるぞ」


「えぇ!今から!?心の準備が...!!」


創造神はスカートの裾を摘んで顔を赤面させると、破壊神に頭をしばかれた。


「生み出すのは何体の予定だったんだ?」


「え?普通1体分じゃない?」


白い女性の答えに黒い女性は頭を抱える。


「お前、神でも骨が折れる作業を一介の生命体に押し付ける気か!!3体だ!」


「3体も!!??そんなに!?私が壊れちゃう!!」


「術式を組むだけだろうが。調整はやってやるから変なこと言ってないで早くやるぞ。」


破壊神は秘書である上級神を一人呼び出すと、席を開けることを伝える。


「こいつしばらく借りるから。確認が必要な案件は後でまとめて持ってきて。」


「かしこまりました。創造神様、ファイトです!」


「いやぁあああ!!!待ってえぇぇぇぇ!!!」


秘書が執務室に帰る途中、部屋の中にいる創造神の悲鳴が廊下まで響き渡った。





ーー🥚🥚🥚ーー







「うぅ、酷い目にあった...」


「お前は術式に魔力注いでただけだろうが。そして私も同量の魔力を注いでるんだが?」


「あなたは私よりも魔力の扱いに長けてるんだからいいじゃないの。」


創造神と破壊神がソファに深く腰掛ける。目の前のテーブルには抱えるほど大きな3つの神精卵が布の上に鎮座していた。


破壊神は水をカップに注ぎ勢いよく飲み干すと、額に浮かぶ汗をタオルで拭う。


「ところでお前魔力を注ぐとき何を想像した?神精卵の模様が3つとも違うのはどういうわけだ?」


「全員同じなんて味気ないでしょ?こんな生き物がいたら楽しいだろうなっていうのを想像しながら魔力を注いだらこうなったわ。」


創造神はテーブルの上の神精卵を宙に浮かべると、ゆりかごのような籠に3つとも丁寧に入れた。


一つは紫と黒が迷彩柄のように入り混じったモノ、もう一つは淡い緑に水色の縦線が入ったモノ。三つ目は銀一色のモノ。


神精卵が孵化するまではただ待つしかできず、早ければ数ヵ月、遅い時は数十年ほどかかる場合もある。ましてや創造神と破壊神の神精卵など前例がないため孵化時間の予測もできない。


「数千年は待つかな?」


「そんなに早く生まれるか?数百万年は見とくべきだろう。」


創造神は卵をツンツンとつつき、ワクワクニコニコしながらそれらを眺めていると、


パキッ


「...おい、お前今割ったな?」


「違うよ!!確かにつついてたけど私が割ったんじゃないよ!!」


破壊神がジロリと創造神を睨むと、創造神は慌てて否定する。


パキッバキッ


「え?本当に?」


「まだ数十分しか経ってないんだが...?」


まさかこんな短時間で孵化するとは思いもしなかったため、二人はワタワタとし始める。そして

卵が割れて周囲が光に包まれ視界が塞がり、それが治まった時には籠の中で3体の生き物が騒いでいた。


「付属品が多いな...」


「一言目がそれはちょっと...」


破壊神の言葉を創造神が嗜めるが、破壊神は話を続ける。


「天使とは翼の色も形も違うしな...お前は何を参考にしたんだ?」


「今はもう消滅した惑星にこういう生き物がいたんだよ。確か『精霊』『悪魔』『龍』だったかな?参考にしただけだけどよく再現されてると思うよ!」


籠の中からクリクリした目で二人を見上げる3体。創造神は籠ごと抱えて破壊神に押し付けた。


「じゃあ私は仕事が残ってるので、あとは任せた!では!」


「は!?」


創造神はどこかに転移してしまい、破壊神は籠を抱えたままその場に立ち尽くす。


「訓練だけじゃなかったのか?子育てなんてしたことないぞ私は...」


はぁ、とため息をついた破壊神は籠を抱えたまま部屋を出ていった。





ーー🐥🐥🐥ーー



生まれた時は籠の中に収まる大きさだった3体はスクスクと成長し、今では破壊神と同じくらいの大きさになった。魔力制御も順調に取得、全属性の魔法に加えそれぞれの種族の特徴を生かした戦闘スタイルも確立し、下級神の仕事を一部やってもらうことで惑星の仕事の予習をさせた。何でも吸収しスクスクと成長する彼らに保護者役の破壊神は嬉しさと共に寂しさも覚えていた。


創造神が話していた彼らの名称は少し味気なかったので、破壊神が彼らに命名することにした。


自然を操る魔法を扱う『精霊』の女の子には【フェアリス】、精神に作用する魔法を扱う『悪魔』の男の子には【デビリアス】、身体に作用する魔法を扱う『龍』の女の子には【ドラグーン】。


破壊神による魔力制御の訓練により、彼らの能力はすでに中級神に匹敵する。


「子どもっていうのはこんなに成長が早いものなのかね...この前までこんなに小さかったのに。」


翼や翅を使って周囲を飛び回る彼らを眺めながら破壊神は想いに耽っていると、そこからともなく創造神が姿を現した。


「魔力制御の進捗はどう?」


「成長の速さに驚かされるよ。後百年ほどしたら現地に送ってもいいだろう。私も早く地球に行かないといけないしな」


「そういえばこの前、地球でドラグーンちゃんに似た生き物が絶滅してたのよ。溜まった魔力の影響で隕石が落ちたんだって」


「早いとこいかなきゃな。」



ーー🐓🐓🐓ーー



個体差という言葉が一番似合うのは人間だ。本能で行動するのではなく理性的に対処することが多いため、考え方にはすれ違いが生まれる。そのすれ違いは諍いを産み、その諍いは命を奪う。


賢くなるのは悪いことではないが、先の時代では人の命を奪う方向にやたらと頭を働かせていた。そのための兵器がたくさん開発され、それに伴って地球は命をすり減らした。


そしてそれはかの世界でも同じ。


フェアリスからの報告によれば、人間は領土争いのために絶えず戦争を起こし、そこに発生する邪な魔力溜まりからたくさんの魔物が生まれているそうだ。デビリアスも好戦的な魔族を抑えるために尽力し、ドラグーンは龍種の頂点として戦争に介入しないよう厳命しているらしい



「まぁ、地球の戦争は魔力の影響ではなかったからいいけどさ。」


平和になった時代で航空機に乗りながらコーヒーを啜る彼女はほっと息を吐いた。


この航空機も数十年前まで戦争の道具として使われていたのに、今では一般市民でも気軽に乗れる移動手段と化している。


人類の進化とは侮れないな...


そんなことはさておき、私は今とある悩みを抱えている。


「魔力が持ちきれない。」


『歪み』を通して地球に流れ出た魔力は思った以上に多く、一度戻る必要が出てきたのだ。


しかし目線の先に特大の魔力塊がある以上、ここで一度戻ってしまうとあの魔力塊はどこかへ移動してしまうだろう。


「仕方ない、あの娘もここで終わるよりはいいかな。」


そう呟いて創造神に連絡する。


『はぁい!どうしたの?』


「今目の前で女の子が亡くなったんだけど、そっちの世界に魂を送った。今まで集めた魔力も一緒に送ったからその娘を転生させてあげて。魔力はたくさんあるから結構強くなるはずだからよろしく。んじゃ」


『え、うそ!?ちょっと!?』


破壊神の地球探索はまだまだ続く。


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