第71話 打ち上げ




「総合1位、おめでとーーーー!!!カンパーイ!!!」


「「「「「カンパーイ!!!!!」」」」」


西澤くんの掛け声とともにクラスメイト全員がグラスを掲げる。


駅の近くにある焼肉屋では複数の個室を貸し切って渚達のクラスが打ち上げを行なっていた。


文化祭の閉会式でミスコン及びミスタコングランプリの発表、そして各クラス出し物の順位を発表し、最後に総合順位の発表が行われた。


クラスの出し物であるコスプレ喫茶は飲食部門で堂々の1位を獲得し、集客順位としては全体で2位という好成績となった。料理の中でも一番好評だったのはケーキで、売り切れになるのが一番早かった。


「家がケーキ屋だってことも知れ渡ったから、賀塔んちはこれからは毎日行列になりそうだな。」


「まぁ、俺のケーキでみんなが喜んでくれたのならよかった。」


達也の言葉に賀塔くんは頬を掻きながら答えた。


「でも篠原はミスタコン残念だったな。3位だなんて。」


「1位がぶっちぎってたもんな。」


「まぁ去年グランプリだった文武先輩ですら2位だ。しょうがないさ。」


クラスメイトの言葉に達也は肩をすくめてそう答える。


達也の歌はかなり好評だったのだが、2年生のルークが舞台に出てきた瞬間に全てが吹き飛んだ。


「ルーク先輩に全体の3分の2の票が入ってたもんな。俺が3位に入れるなんて思わなかったが」


達也の言葉にクラスメイトの女子も口々に言葉を漏らす。


「篠原くんもイケメンだけど、ルーク先輩のイケメン度はなんというか...」


「篠原くんは親しみやすいイケメンだけど、ルーク先輩は話しかけるのすら烏滸がましいというか...」


「なんだかな、圧倒的な相手と比較されると何にも感じないな。」


達也が肉を頬張りながらそうぼやく。焼き係の渚は素早く空いたお皿に肉を放り込んだ。


せかせかとみんな分の肉を焼き続ける渚はそんな達也に慰めの言葉をかける。


「大丈夫だよ。達也は十分イケメンなんだから。ほら、お肉焼けたよ。どんどん食べな」


「サンキュな渚。」


孫を可愛がるおばあちゃんのようなことを言う渚をおいて、話題はみんなが気になっていることに移り変わった。


「ミスコンは...」


周囲の視線が渚の横に座る香織に向けられた。


「....なに?」


『余計なこと言うんじゃねえよ?』という圧をどことなく感じる笑顔を浮かべた香織に、男子は冷や汗を流して口をつぐんだ。


しかし、三度の飯より恋バナが好きな女子はそんなものでは怯まない。


「久里山さん!篠原さんとは付き合うの!?」


「久里山さんは篠原さんのこと好きなの!?」


渚は話に巻き込まれないように肉を焼くのに専念していたが、女子たちは鬼気迫る表情で身を乗り出し、渚に問いかける。


「そうだよ!久里山の方はどうなんだ!?好きなのか!?」


香織はダメでも渚に聞く分にはいいと思ったのか、男子も興味津々といった様子で渚に問いかける。


渚は肉を焼く手を止めると、こちらに顔を向けている全員ににこりと微笑む。


「...ほら、お肉焼けたよ。肉食え肉」


「「「「「あ、話を逸らした。」」」」」


わざとらしく焼き終えた肉を配り始める渚に総ツッコミが入った。


その後もクラスメイト達はなんとかして二人から話を引き出そうとしたが、香織と渚は頑として口を割らなかった。






************************************************************************************





トイレと言って部屋から出た香織は、用を済ませた後その足で建物の外に出てきていた。


季節は既に秋になっているものの夏の残り香が幾分か残っており、日中に熱を溜めたアスファルトが夜に熱を放出しているからか20時の段階でも外は蒸し暑い。


店の外に出た香織は、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


(うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!)


なんで!?なんであんなこと言っちゃったの!?


文化祭の雰囲気で少し浮かれてしまっていたけれど、どうしてあのタイミングで!?


なんと言うか、歌っている時に渚ちゃんに伝えたいことが溢れ出してきてしまって、いつもはもう少し考えて行動するんだけど今日に限ってはなんか口からポロッと出てしまったというか...


『渚ちゃん、好きだよ』


「ふうぅぅぅぅぅぅ!!!!」


『渚ちゃん、好きだよ』


「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 



自分の口から出た告白の言葉に悶絶する香織を、通りすがる人は訝しげに見ながら通り過ぎる。


「渚ちゃんにどんな顔して話せばいいの...?」


先ほど席が隣になった時はポーカーフェイスでどうにかなったが、今後もそれを続けられる自信がない。


あれ以降渚ちゃんをなんとなく避けてしまって会話らしい会話も出来ていない。


「どうしようかな...いっそのこと無かったことに...」


「そんなことしたらいくら僕でも寂しいんだけど?」


「そうだよね........え?」


香織はバッと背後に顔を向けると、そこには渚が膝に手を当てて香織の顔を見ていた。


「な、ななな渚ちゃん!?なんでここに!?」


顔を手で覆位赤くなった顔を隠した香織は、突如現れた渚に驚きを隠せない。香織の反応に渚は眉を下げ答える。


「なんでって、香織がいつまで経っても戻ってこないから。達也が探しに行って来いって」


「達也ぁ...」


達也のお節介か気遣いか、今の香織には少しよろしくない。


香織は指の間からチラッと渚の顔を盗み見ると、渚は道ゆく人たちを眺めていた。


「戻らないの?」


「香織と話したいからまだ戻らない。」


香織が渚に聞くと、渚は顔をこちらに向けることなくそう答える。


公衆の面前でぽろっと口から漏れてしまった告白について言及されると確信した香織の脳内はけたたましくサイレンを鳴らし始める。


香織が渚の顔を見つめ続けていると、渚はフイッと顔を反対方向に向けた。


「...いつもと違ったんだ。」


「え?」


突如話し始めた渚に香織は頭上に?を浮かべる。


「告白されたことは何回もあるけど、こんなにドキドキすることはなかった。こんなに顔が熱くなることも。」


渚は顔の向きを変えずに話し続ける。その横顔を見ていた香織はあることに気がついた。


(耳が真っ赤だ...)


さっきまでは夜の暗闇のせいで顔色がわからなかったが、通りかかった車のライトで顔が照らされるとよく見える。横からだと耳が目立つが、よく見ると顔も赤く染まっている。


「香織のことは好きだけど、それは香織が僕に対して思う『好き』とは何か違うと思う。」


「...うん。」


渚の言葉に香織は顔を俯かせる。


「だから待ってて」


「え?」


香織が顔を上げると、渚は香織を真っ直ぐ見据えていた。


「今度は僕から香織に伝えるよ。だからその時まで待ってて。」


渚の言葉に香織は笑顔を浮かべた。











「どうしたの紗良ちゃん、いきなり昔のアルバムを引っ張り出すなんて。」


自宅で突然アルバムを見始めた紗良に向かって皐月が問いかけると、紗良は頬に手を当ててはぁ、と息を吐く。


「いやぁ、渚姉ちゃんと香織ちゃんがとうとう結ばれるのかと思うと思い出に浸りたくなってね...」


「結婚前夜の父親かっての...」


皐月はため息をつくと、そのまま一緒にアルバムを見始める。


「あー、渚姉ちゃんが小学生の時の写真だ。」


「この姿を見ると元男っていうのが信じられないよね。」


二人で次々とアルバムをめくっていると、ページの隙間から一枚の写真が地面に落ちた。


「あぁ落ちちゃった...ん?」


「これ、家族写真?みんなちっちゃいねー!!」


皐月の言葉に紗良も写真を微笑ましく眺めていると、一つ変なところを見つけた。


「この人誰だ...?」


両親の間にいるのは4人の子ども。当時小学3年生の亜紀に幼稚園の渚と紗良、そしてもう一人の男の子。


「あれ、この男の子誰だろう?紗良ちゃんたちにすごく似てる!!誰か知ってる?」


「ううん、全然知らない。」


皐月の質問に紗良は首を振って答える。


顔立ちは亜紀や渚、紗良と兄弟と言ってもいいほどに似通っており、幼いながら女の子から人気になりそうな容姿をしている。


自分達ととても親しそうにしているところを見ると親族か何かだろうが、この人物のことを紗良は知らない。


しかし、見覚えがあることは確かだ。


「後でお姉ちゃんに聞いてみようかな...」



紗良の胸中には漠然とした不安が立ち込めていたのだった。




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