第62話兆し




早退した渚がお昼寝から目が覚めたのは14時過ぎになってからだった。


「ん...」


ゆっくりと目を開け上半身を起こした渚は、今まで感じたことのない腹部の痛みによりベッド上でうずくまった。


「いっ....ーーー!!」


目をぎゅっと閉じて腹部を押さえた渚はそのまま痛みが治まるのを待つが、治まるどころか悪化している気がする。


何この痛み!?尋常じゃないほど痛い!!


多少痛みには耐性がある方だけど、この痛みは自分ではどうしようもない気がする!?


確かキッチンに痛み止めの薬があったような気がする...とりあえず飲んでおこう。


これから病院に行くのは時間的に難しいから、明日学校を休んで行こうかな。


そう考えた渚は痛みを堪えてゆっくりと足を地面につける。


渚はその拍子に自らの下腹部に目を向けた。





.........え





「.........え?」




両太腿にべっとりと赤い色がついており、制服のスカートにも染み込んだかのように変色している。


渚が寝ていたであろうベッドにも水溜まりのような赤い染みができていた。



そういえばそうだった。



渚はベッドに仰向けに横たわり、目を閉じる。


思わずため息も出てしまった。



僕って今、女の子だった。


咄嗟の出来事に頭が真っ白になってしまい、何をすればいいのか全くわからない。


まずは深呼吸。


「.....すぅ.....はぁ...」


よし、落ち着いてきた。


......これが、女の子の日ってやつか.....



とりあえず....ここが鉄臭いのはどうにかしたい。

腿に滴る血は落とした方が良さそうだ。あとは制服とシーツの洗濯。そしてマットレスのシミ抜き...


「シャワー浴びようかな...」


一旦考えることをやめ、ひとまず動き出すことにする。渚がベッドから立ち上がると、視界がぐらりと揺れた。


「あ、れ...」


立ちくらみがして足元がおぼつかない渚はそのまま地面に倒れ込み、多少の貧血も重なって渚はそのまま気を失った。








「....ゃん...さちゃん!渚ちゃん!!!?」


「....ぁ...」


「渚ちゃん!?よかった気がついた....」


「ぁれ..香織...?」


「何があったの!?こんなに血だらけで!!?泥棒に何されたの!?」


「いや....泥棒なんて...」


「部屋も散らかってて、ベッドにも床にも血がついてるし!!渚ちゃんは血溜まりの上で倒れてるし!!」


香織が涙をボロボロと流しながら渚を抱き抱える。渚が生きていたことに安心して声を上げて泣き始めた。


香織が勘違いしていることだけはわかったがひとまず落ち着いてもらわないといけないと思い、渚は香織の頭を撫で、香織が泣き止むのを待つことにした。


するとそこに最初の香織の叫び声を聞きつけた達也に紗良、皐月が渚の部屋に駆け込んできた。


「どうした!!??」


「渚姉ちゃんの部屋で何....が....?」


血溜まり、横たわる渚を抱えて泣く香織、充満する血の匂い、ベッドの血痕。


紗良は全てを理解した。


「達兄、香織ちゃんを引き離して泣き止ませておいて。さっちゃんはシーツを外してお風呂場まで持ってきて。私はお姉ちゃんの体を洗ってくる。」


「わかった。」


達也は嫌がる香織を羽交締めにして渚から引き離す。「渚ちゃぁぁぁぁん!!!!」と悲劇のヒロインのような声を発する香織をなんとかリビングのソファに運んでいった。皐月がベッドのシーツを外している間に紗良は渚をお風呂場まで運び、服を全て剥ぎ取る。


ちなみに渚はまたもや気を失っていた。


血がついた渚の内腿を中心に身体全体を洗っていると、


「....なんだこれ?」


渚の腰と左右の肩甲骨にそれぞれ意味不明な突起を見つけた。他の場所に比べて妙に硬い。


あまりに不自然な突起だが、お姉ちゃんは気がつかないのかな?


まあいっか。


身体を洗い終わった紗良は、どうせなら髪の毛も洗ってしまおうと考えた。


ショートカットの渚の髪なら乾くのも早いから大丈夫でしょ!と思い、ささっとシャンプーで髪を洗った。


渚の脳天部分の髪の毛が少し白っぽくなっていた。ストレスが多いのかな?


そして全体を洗い終わると渚の髪と身体の水滴をタオルで拭きとり、ナプキンと女の子の日用の下着を装着、楽な部屋着を着させる。


「達也くーん!お姉ちゃん運ぶの手伝ってー!!」


唯一の男手、達也を召喚し、渚をリビングのソファまで運んでもらう。


渚をそっとソファに下ろすと、達也はふうっと息を吐いた。


「ごめんな、俺ったら何もできなくて。」


「気にしないで。男の子じゃできることは少ないから。香織ちゃんを引き離してくれただけありがたいよ。」


紗良はそうして香織に視線を向けると、香織は部屋の隅で顔を真っ赤にしながら体育座りをしていた。


「..........................死にたい」



「お姉ちゃんってば、渚姉ちゃんが殺されたと思ってすごく取り乱しちゃって、さっきまですごく泣いてたんだよ?お兄ちゃんが慰めながら誤解を解いたら今度はあんなになっちゃって...」


「だ、だって!渚ちゃんが血まみれなんてぇ!!確かに生理のことは頭から抜けてたけどさ!血まみれで倒れてたらまずは事件を疑うでしょ!?しかも血溜まりの上にうつ伏せだよ!?事件現場じゃん!!名探偵コ○ンにありがちな展開じゃん!?」


皐月の説明に食ってかかる香織。


「まぁ大好きな渚があんなことになってたらそりゃあ取り乱すわな。よかったじゃないか。誤解で。」


「まぁよかったけどさ...。ん?達也今なんて...」


「渚のために買ってきた方がいいものあるか?ポカリとか。」


香織の言葉を遮って達也は紗良に質問すると、


「今回は私が持ってたナプキンを使ってもらってるから今はまだ大丈夫。お薬も前に私が使ったやつが残ってるし...お姉ちゃんの近くにいてくれたらいいよ。私は夜ご飯を作るから。」


紗良は少し考え、渚の要望に応えてもらった方がいいと思いそう伝える。


「わかった。おい香織、恥ずかしいのはわかったからここで勉強してよう。渚が起きたら介抱してやろうぜ。」


「そ、そうだね...でも私も夕食作り手伝った方がい」


「私はお姉ちゃんみたいにフォローできないから来ないで」


「あ、ハイ」


香織の申し出を全力で断り、紗良は料理を始める。


香織は期末考査が近いということもあり、大人しく勉強を始めた。


皐月も勉強を始めたのをみた紗良は料理を始めた。







*************************************************************************************



「...」


目が覚めた渚が目を薄く開ける。


「あ、渚が起きたぞ。」


リビングのテーブルで勉強していた達也の声に反応した香織が渚に近寄る。


「渚ちゃん大丈夫?気分はどう?」


「..よくはないけどさっきよりはマシかな。」


渚がそう答えると香織はホッとした表情で元いた場所に座り直した。そのすぐ後に紗良が渚のそばにしゃがみ込む。


「お姉ちゃんどう?何か食べられそう?」


「今はまだいいかな。受験生なのに色々やってくれたみたいでありがとね。」


「いつもやってもらってるからこれくらいはね!」


お粥は作ってあるから言ってくれれば温めるよ、と言って紗良は夕食作りに戻った。


若干落ち着いた腹痛を我慢しながら渚は身体を起こす。


まだ少し視界が揺れるが、歩く分には問題なさそうだ。


キッチンから漂う出汁の香りで気分も落ち着いてきたので、渚は薬を飲もうとゆっくりと立ち上がろうとしたところで、近くに座っていた達也が静止をかけた。


「渚は寝てろって。何が必要なんだ?俺がとってくる。」


「え、でもキッチンに行くだけだし。」


「お前がまたぶっ倒れでもしたら香織が泣き叫ぶんだよ。さっきもワンワン泣いてたしな。」


達也が横目で香織を見ると、香織は顔を真っ赤にして勉強に集中するふりをしていた。


「というわけで、俺がとってくるからお前はじっとしてろ。」


「うん、ありがと...」


こうして達也に動いてもらって薬を飲み、再度眠気に襲われた渚はソファで眠りについた。







「あれ、お姉ちゃんは寝た?」


エプロンを外しながらキッチンから出た紗良が落ち着いてすやすや眠る渚を見てホッと息を吐く。


達也はソファに腰掛けて、眠る渚の頭を撫でていた。


「その様子を見てると恋人同士みたいだね。」


「そういうのは香織に任せる。」


達也はそう言って香織に話を振ると、勉強を一通り終えた香織が渚の頭のすぐ横に腰かけた。


「...かわいい」


柔らかく微笑みながらそう呟く香織は、完全に恋する乙女の顔になっていた。


「ほら、こういうのが恋人っていうんだぞ。」


「そうだね、私が間違ってたわ。」


「渚姉ちゃんが寝てるからって...お姉ちゃんの恋心がバレたらどうすんのさ。」


「「むしろもっと押した方がいい」」


「えぇ...」


達也と紗良の言葉に皐月が引いてると、香織が顔を上げる。


「..渚くんが前回体調が悪くなったのって、女の子に変わる前だよね?」


「...そうだな。」


香織の質問に真剣な顔で答える達也。


「生理痛の痛みや症状は人によって違うけど、お姉ちゃんが気を失うのって相当だと思う...」


「前に病院に行くって言った時も驚いたもんね。『あの渚姉ちゃんが!?』って。」


紗良と皐月の言葉に達也も頷いた。


「俺にはその辛さはわからんが、何かしらの前兆の可能性はあるか...」


達也が考え込むように顎に手を当てる。


「あ、」


紗良が思い出したように話し始めた。


「お姉ちゃんの身体の異変といえば、お尻の上と肩甲骨あたりに不自然な突起があった。」


「不自然な突起?」


達也が怪訝な顔をして聞き返すと、紗良はうん、とつづける。


「その部分だけ骨...とは感触が違うものが皮の下にあるっぽかったんだよね。これから何か生えてきそうな...皮を突き破ってきそうな...」


「こういうやつ?」


皐月が渚の額の髪を掻き上げると、そこには小さい突起が二つ。


「そうそうこんな感じ...というかそこにもあったんだ...」


「絶対異常あるなこれは。間違いない。」


こんなに身体に異常があるのになぜ渚は何も言わないのか疑問だが、ここ数日の渚は集中できていないようだったし気が付かなくてもしょうがないのかもしれない。


とりあえず、早めに病院に連れて行くべきだろう。


「紗良、一応亜紀さんに連絡しておいてくれないか?病院に連れてくなら亜紀さんの方が時間の都合がつけられると思うんだが。」


「そうだね、連絡してみる。」


紗良が亜紀にメールを送ると10秒後には既読がつき、さらに5秒後に返信が来た。


「『今から行く』だってさ」


「さすがだな」


とりあえず今日は渚をこのまま寝かせておくことにし、達也たちは紗良の作ったご飯を食べるべく準備を始めるのだった。




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