どきどき文化祭!?

第60話わからないものはわからない




体育祭が終了し、通常の授業に戻った学校。


選手宣誓で告白すると宣言していた3年生の城田さんは体育祭終了後、香織を校舎裏に呼び出し告白をしたようだ。


達也を含むクラスメイトだけでなく校内の全生徒が隠れて見学していたらしく教室の窓や木の陰、室外機の後ろなどに生徒が張り付いていた。


ちなみにこの場所に渚は来ていなかった。


野次馬というものがあまり好きではない渚は、体育祭の片付けを率先して手伝っていた。


あと香織から「渚ちゃんは来ないでね!」と念を押されたのも理由の一つ。


そんなことがあり、観衆の中で城田さんは香織と向かい合っている。


「篠原さん!一目惚れしました!俺と付き合ってください!!」


「ごめんなさい」


顔を真っ赤にして好意を告げる城田さんに対し即座に断る香織。


告白の言葉に盛り上がる時間もなかった。


「え...どうして...?」


「私、好きな人がいるので。」


「ぐふっ....」


香織の言葉に城田さんは崩れ落ち、女子生徒はきゃあ!!と黄色い声をあげていたとのこと。





「へ?香織って好きな人いたの?」


渚は勉強の手を止めて正面に座る達也を見つめる。


渚と達也は現在、図書室で勉強しながら香織を待っていた。


授業終了後、帰宅の準備をしていた香織が先生から呼び出しを受けどこかへ行った。


いつも一緒に帰っている渚と達也は香織を待つ時間、2週間後の定期テストに備えて図書室で勉強することにしたのだ。


勉強の合間の雑談で達也がポロッと「香織が告白を速攻断ったんだよな」と話したので渚がなぜか尋ねたところ、またもやポロッと達也が口を滑らせたのだ。


「香織には好きな人がいるからな」と。


「...それはアレだよね?アニメのキャラとかにマジ恋してるわけじゃないんだよね?」


「いくら香織がオタクとはいえ、そう思われてるのは心外だと思うぞ?」


「そっか...香織は好きな人いたのか...」


苦笑いした達也がそう返すと、渚は思わず天井を見上げる。


渚にとって、恋とはよくわからないものであった。


家族としての好き、友達としての好き、恋愛感情としての好きなど違いがあることは理解しているが、3つ目を経験したことがない渚にとっては恋愛感情というものがわからない。


紗良に亜紀、両親は家族として愛しているし、達也や香織、皐月にしのパパしのママも家族のような親しみを持っている。


学校でも仲良くしている人はいるから、友人としての好きとはそういうものだと思っているけれど、自分に告白をしてきたり達也や香織に告白をしている人を見ると、家族や友人に向けるそれとは違うものだということはなんとなくわかる。


小説やドラマにおいて、恋愛をしている人はもれなく『ドキドキが止まらない』『胸が締め付けられる』といったことを言っていたが、渚にとって前者は「稽古後みたいな感じ?」といったもの、後者は経験したことないからわからないといった感じだ。


渚の性別が変化する時に身体中が痛くなっていたため、『胸が締め付けられる』とはこういう痛みか!だとしたら恋って病気じゃない!?と思っていたほどだ。


まぁ『恋の病』という言葉があるくらいだからあながち間違いではないのかもしれないが。


「ねえ達也。」


「なんだ?」


「達也は恋したことある?」


渚の質問に達也はノートへの書き取りの腕を止めて渚を注視する。


「珍しいな。渚がそんなことを言い出すなんて。」


「いやね?香織の応援をするためにはその感情を理解しないと全力での応援ができないかもしれないじゃん?だから参考までにその感情を教えてほしいなーって思って。」


達也は渚の言葉に少し考えた。


「...あくまで俺の思う恋だが...」


「ん?」


「気がついたらその人のことを考えてるとか、その人と一緒にいて心地いいとか、嬉しかったことは最初にその人に最初に教えたいとか、そう感じたらそれが恋なんじゃねえか?」


「なるほど...ちなみに達也の恋の相手は?」


「言わん。」


「そっか」


達也の言葉に渚は考え始めた。


気がついたらその人のことを考えるか...ないな。いつも考えてることなんて今日のご飯何作るかぐらいだもんね。


その人と一緒にいて心地いいか...家族と篠原家だけど...これもないな。これは恋じゃなくて親愛だもの。


嬉しかったことを最初に伝えるか...達也と香織には最初に伝えたいなと思うけど、それ以外は?...家族以外ないな。


「僕に恋はまだ早いのかもな。全く該当する人がいない。」


考えても特に相手が思いつかなかった渚は考えることをやめた。


わからないのなら今はまだ答えを出す必要はない。


「まぁいいか」


達也も納得した。


そうして二人はテスト勉強を再開する。




香織に好きな人がいると知った時、少しモヤモヤしたのも多分気のせいだろう。


渚はそう考えた。




**********************************************************************************



『Liberal Online』へログインしたナギは自らの所属するギルド『空蝉の城』のギルドハウスへとやってきた。


中へ入ると、その場にはカエデが一人でソファに腰掛けて画面をタッチしていた。


カエデはナギのログインに気がつくとパッと顔を綻ばせる。


「あ!師匠!」


「カエデじゃん!何してるの?」


「前に戦ったくまやら悪魔やらの素材が割と集まったので、整理してたところです!」


ナギがカエデの横に腰掛けると、カエデは画面をスライドさせてナギに見せた。


ブラッドベアの爪、ブラッドベアの骨、ブラッドベアの皮、悪魔の前翼etc...


「こんなにドロップしてたんだね...ドロ率低いはずなのに」


「ラッキーでしたね!」


目をキラキラと輝かせて画面を覗き込むカエデの横で、ナギも自身の今まで獲得したドロップ品を確認する。


素材の加工にはそれ専用のスキルが必要になるが、ナギは生産方面のスキルは未所持である。


自分で加工ができない以上加工できる人に素材を売るか、それをもとにアイテムを作ってもらうかになるだろう。


「生産スキルを持ってる人...だめだ。僕の知り合いは揃いも揃って戦闘狂ばっかりだ。」


ナギは自分の知り合いを想像するが、出てくるのは姉やロイ、フレイヤなど上位ランカーばかりだ。


これは、自分で売却先を開拓した方が良さそうだ。


「カエデ、素材売りに行こうか。」


「はい!」


こうしてナギとカエデはたくさんのプレイヤーが集まる街へと転移する。


いつもの噴水がある町ではなく、新エリア開放と同時に解放された商業都市【ポロッポ】へ行くことにした。


商業都市であれば噴水の街よりも高価で買取をしてくれる気がしたのだ。根拠はない。


「それじゃあ少しぶらぶらしようか。」


「はい!」


そんなわけで街中を二人で歩き始めた。


商業都市【ポロッポ】は噴水の街よりも活気に満ち溢れており、デパートのように大きな店舗で武器や装備を売っているところもあれば、個人経営の小さな店舗で道具や消耗品を売っているところ、道路脇の露天で食事を売っているところもあった。


ほとんどがNPCの店だが、一部プレイヤーの経営する店舗もあるようだ。外観を見るだけでは区別することはできないようになっている。


「し、師匠...何だか見られてませんか?」


「特に気にしなくていいよ。」


「そ、そうですかぁ?」


カエデは周囲の視線が気になるのか、身を縮こませながらナギの服を掴んでいる。


ナギも視線に気づいているが、特に気にすることもなく街を歩く。


キョロキョロと露店を見渡しながら街を歩くナギ。


とある露店の前で足を止めると、その店の店主に話しかける。


「すみません、ここって買取とかやってます?」


「あぁ?ゴブリンの耳とかホーンラビットの皮とかはお断りだ。もっと上位の素材なら買い取ってやるぜ。」


「これとかは?」


ナギはビッグブラッドベアの爪を取り出し、店主に見せた。


「...1つあたり30Gってとこだな。」


「30G...ですか」


モンスターのランクに応じて素材も高価になる世界において、仮にもAランクのモンスターの素材が回復薬と同程度の金額などあるだろうかと考えたナギは少し食い下がる。


すると店主の機嫌が悪くなった。


「そのモンスターのランクを考えるとそんなもんだ。文句があんなら帰んな。」


そう言って彼はシッシッと手を振る。


素材の市場価格を知らないナギは、店主の言った金額が適正価格なのかと思い、謝罪の上で買取をお願いしようと。


次の瞬間、大きな気配を感じたナギはその方向に顔をむけた。


「あらん?それ、Aランクのビッグブラッドベアの素材じゃない!」


ナギが顔を向けた先にいたのは、スキニーパンツにタンクトップ姿のマッチョお兄さんであった。しかしその顔は女性のような化粧を施されており、ナギのとある記憶を刺激する。


その男性は素材をもつナギの腕を覗き込んでいた。


「な、なんでお前がここに...!!」


「あらあなた、初心者生産職プレイヤーを騙して素材を奪い取って他の生産職相手に高価で売りつける悪質転売プレイヤーじゃないの!!生産職相手に存在が知れ渡ったからって戦闘職相手にそれをするなんて身の程知らずねぇん...」


「う!うるせえ!!騙されるこいつらが悪いんだ!」


「あらん♡そんなこと言っちゃってぇん!!あなたはあたしからの濃厚なキスをプレゼントしてほしいみたいねん♡」


「く!覚えてろよぉ!!!」


店主は顔面を蒼白にして即座に店じまいをし去っていった。


「ごめんなさいねぇ♡邪魔しちゃって!お詫びにその素材は適正価格の2倍で買い取ってあげるわん♡私の店へいらっしゃい!」


ナギは思い出した。お尻をフリフリとしながらそう話す彼、いや彼女は第1回イベントにおいて4位を記録していた一番存在が濃かった人物。


「あたしはプリティガールっていうのよん!よろしくねん♡」




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