第56話再び





借り物競走は混沌を極めた。


【ヘリウムガス】や【3ヶ月以内にもらったラブレター】、【校長の抜け毛】はまだいいのだが、【異世界ハーレムを夢見る男子大学生】や【性転換を体験した学生】、【実は一回転生してる人】などのお題が出たときはみんなして(出題者頭大丈夫か?)と思った。


ちなみに最後のお題が出た時に遠くから視線を感じたのは気のせいだと思う。


そんなことがあり、体育祭はお昼休憩に入った。



「午後の種目はなんだっけ?」


教室でお弁当のバスケットを取り出しながら渚が尋ねる。


「男子が出場する騎馬戦にクラス対抗リレーかな。」


そんな渚の質問に答えたのは毎度のことながら香織であった。


渚と香織と達也は渚の作ったお弁当を3人で啄んでいた。


本日のメニューは片手で軽く食べられるサンドウィッチだ。バスケット一杯にミックスサンドにたまごサンド、カツサンドやデザートサンドなど色とりどりのサンドウィッチが入っている。


「かつサンドうまいぞ渚。」


「このたまごサンドも美味しいよ渚ちゃん。」


「ホント?ありがと!」


達也と香織がお弁当の感想を伝えると、渚は顔を綻ばせて微笑む。


「...美少女のお弁当は幼馴染の特権か...」


サンドウィッチを頬張る篠原兄妹を見て教室内から羨望の声が聞こえてきた。

そんな彼らの昼食はコンビニ飯。渚はサンドウィッチが余るようであれば少しお裾分けしようかと達也と香織に視線を向けると、二人は首を横に振った。渚の様子を見て何を言おうとしてるのか察したのだろう。渚が言葉を発する前に断りを入れてきた。


口一杯にサンドウィッチを詰め込む様子を見ながら渚もミックスサンドに齧り付く。トマト美味しい。


「そういえば渚ちゃん、血まみれの理由は教えてくれるのよね?」


突如思い出したように香織が渚に質問すると、渚はびくっと肩を震わせ咽せ込んだ。


即座にお茶を飲んで渚は喉を落ち着かせる。


「っ!!.....また今度でいい?」


「ダメ。」



笑顔で詰め寄る香織の迫力に渚は少々たじろぐ。


もう逃げられないと悟った渚は、ことのあらましを2人に話した。


いじめみたいな現場に遭遇したこと、加害者側がハサミをその娘に突き刺そうとしたこと(渚の手に穴を開けたことに香織は憤慨した)、そして傷を治してもらったこと。


「穴が塞がるって...魔法みたいだね!」


「やっぱりそうだよね!僕も凄く驚いたもん!気がついたら手の穴がなくなってるんだから!!」


「へえ、そんなファンタジーなことが渚の存在以外に起きるなんてなぁ」


「ちょっとそれどういう意味!?」


3人のわちゃわちゃした会話がクラスをほんわかとさせる。


「さて、渚ちゃんに風穴を開けたやつは後で〆に行くとして、渚ちゃんは午後私と一緒に行動しようね?」


「え?別にいいけどなんで?」


「決まってるじゃん!また血塗れにならないようにだよ。」


「いや、まさか1日に2回も血塗れにはならないでしょ!」





ー昼食後ー


「...ん?」


校内の自動販売機へ飲み物を買いに行く途中、ふと窓の外を眺めた渚。


何やら不審な動きをする黒い服の男がいた。


全身黒づくめなのは個人の自由ではあるのだが、真っ黒の菖蒲服の上にまた真っ黒の外套をつけている人なんて見たことがない。


不審者に見えてしまったのはしょうがないと思っている。


そして渚にとって看過できない点が一つ。


この男、腰に剣を仕込んでいるのだ。


膨らみを見る限り刃渡り30cmはゆうに超えているだろう。


刀剣類以外の刃物の所持について「業務その他正当な理由による場合を除いて、刃渡り6センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない」と銃刀法第22条にて定められているのだ。


遠目で見ただけだから見間違いの可能性も否定できないけれど、渚はほぼ確信している。


念のため確認しておくことにした渚は、下駄箱に向かって走る。


流石に窓から飛び降りるのは人の目もあり控えた方が良さそうな気がしたのだ。


足音を立てずに下駄箱から出ると、先ほどの男の元まで向かった。


「何してるんですか?」


渚が声をかけると、その男は無言でこちらにナイフを投擲する。


即座に臨戦態勢に入った渚は指でナイフを受け止め、地面に放り投げる。


「ほう、この世界にもそれなりにできるやつがいるものだ...な.........っ!?」


その男が振り返りながら渚の顔を見た瞬間、驚愕した表情を浮かべた。


渚もその男の顔を見ると、記憶のどこかに引っかかった。


「あれ...あなたどこかで...?」


「どうしてお前がここにいる!!??」


目の前の初老の男は渚へ指をさし、大声を上げる。


男の反応を見る限りお互いに知り合いのようなのだが...


ごめんなさい、全く記憶にない。


「くっ!こんなところにいるとは..!!別件で調査に来ていたがちょうどいい!!以前の報復も兼ねてお前をここで倒すとしよう!!」


その男は腰の剣を抜くと渚に襲い掛かってくる。


「えぇ!?うそぉ!!?」


いきなり振り下ろされる剣にびっくり仰天な渚は身体をのけぞらせ、バク転で後方に回避する。


次々に振り抜かれる剣を回避しながら、渚はジリジリと後退していく。


持ち前の反射神経があるからこそ回避できているものの、普通の人では即座に細切れにされてしまいそうだ。


今の渚は手ぶらのため、この剣を受け止めることはできない。であれば剣の腹を横から弾いて剣筋を逸らせばいいのだろうが、そうできない理由がある。


あの真っ黒の剣、嫌な感じがするのだ。


なんだか、必要以上に斬られる気がする。


やたらと刃物に触れるのはまずいと渚の直感が訴えている。


手を出したが最後、腕を斬り飛ばされるかもしれない。


「我々の世界で好き勝手する其方らも、この世界では羽虫同然!一瞬で捻り潰してくれる!!」


その男はさらに剣速を上げ、渚に斬りかかる。


今はまだ渚に一太刀も当たっていないが、渚の体力にも限界はある。


滅多なことで集中力が切れるほどやわな稽古はしていないつもりだが、極限の集中を長く続けているとそれなりに集中力が切れるのも早い。渚の身体に剣が届くのも時間の問題だ。


全力で隙を作ろうと周囲を見渡した渚は、あるものを見つけた。


無造作に投げ捨てられた血まみれのハサミが雑草の上に乗っていた。先ほど渚の手を貫通したものだ。


剣を避けつつ徐々にハサミに近寄ると一瞬でハサミを引っ掴み、振り下ろされる剣をハサミで受け止めた。


衝撃で渚の前腕に切り傷ができるが、ひとまず動きは止まった。その機会を逃さず渚はその男の腹部を思い切り蹴り上げた。


「ぐふぅ!!」


校舎の上まで飛んでいった男から視線を外した渚は自分の腕を見る。


攻撃は喰らわなかったはずだが、風の刃でも飛んできたかのような傷のつき方に渚は怪訝な顔をする。


通報することなど頭から吹き飛んだ渚はすぐに切り替えて校舎の壁を駆け登り、ジャンプで屋上に着地する。


「...どういうことだ...あの世界とは違う、どうして私の攻撃を避けられるのだ!!」


「やかましい!学校で刃物振り回すなんて危ないにも程があるわ!!」


四つん這いになって息を荒げた男に渚は注意するが、男は剣を構え直して渚を睨みつける。


渚は手加減するのも少々面倒になり、首に手を当ててコキコキと音を鳴らす。


「手荒になっても文句いうなよ?」


渚はハサミの繋ぎ目の金具をデコピンで破壊すると、ハサミを二振りの刃物として構える。


深く息を吐いて目の前の敵に集中すると、自然とハサミを握る手に力が篭る。


「〔纏気〕だと?この世界の人間はスキルを使えないはずだが...」


そこからは互いに譲らない激しい剣戟が始まった。


男の振り抜きは渚のハサミに阻まれ、渚の刺突は剣で受け止められる。


瞬きの間に屋上にはいくつもの火花が爆ぜる。


金属音が絶え間なく屋上に鳴り響き、刃を合わせるたびに花火のような火花が周囲に弾ける。


流石にここまで大きな音を立ててしまうと教師や生徒に気付かれると思ったが、渚の予想とは裏腹に誰も屋上に入ってこなかった。


渚が両手のハサミで剣を横に逸らし、渚の肘打ちが男の腹にクリーンヒットすると同時に男の蹴りが渚の腹に直撃する。


「がふっ」


「ごふっ」


数メートル吹き飛んだ二人は口から血を吐くが、二人の目からは闘志が消えない。


お互いに一歩踏み出したその時、


「懐かしい気配とウザい気配が戦ってると思ったら...」


渚と男が声の方向に顔を向けると、ゆっくりと歩み寄ってくる紅髪長身の青年が蒼い瞳に静かな怒りを纏わせて男を睨みつけている。


「...あなたもきてしまうとは、私は運が悪いようだ...」


「こっちの世界にまで干渉しやがって、魔界大罪魔将は暇人の集まりなのか?」


「あなたがたと違って長く滞在できるわけではありませんよ。それよりもそこの憎き小娘、しかも人間の姿如きに手間取ってしまうとは...」


「あの人は俺やニナ、クルルの師匠でもあるんだぞ?人間の姿だからってお前如きに引けはとらんさ。」


「確かにそれは認めざるを得ない、そこにあなたも加わると分が悪い...ここは撤退させていただきましょう。」


その言葉を最後に男は黒い霧となって消えていった。


「....え?どゆこと?」


「気にしないで、こっちの事情だから。」


渚が自分よりも遥かに背の高い紅髪の青年を見上げると、青年はにこりと微笑み、


「自己紹介してなかったね、俺はルーク・デビリアス。ニナから聞いてない?」


状況をよく理解できずに戸惑っていると、ルークは渚の方に手を置き、


「詳しいことは後日話すから、休みの日にうちに来て。」


そう言って彼は渚の手に地図を押し付け、屋上から出ていった。


渚はポカンとその後ろ姿を眺めていた。





※ルークは外国風イケメンです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る