第55話借り物競走
「うえぇ、ヌルヌルするぅ...」
ローションによってヌルヌルになった身体に顔を顰めながら渚は再度平均台の上に登った。
全身が浸ってしまったため服も身体にピッタリと張り付いてしまい、とても気持ち悪い。
平均台の上から周囲を見渡すと、鼻血を出して倒れている生徒や前屈みになっている男子生徒がとても多かったが一体どういうことだろう?
またローションプールに飛び込む羽目になるのは勘弁だったので、渚は平均台に集中する。
両手を広げてバランスをとり、ヌルヌルする足元を摺り足でゆっくりと進む。
平均台を渡り終え、渚がゴールしたすぐ後に他の3人もゴールした。
序盤でだいぶ差がついていたらしく、渚が平均台でドボンした程度では抜かすことはできなかったようだ。
そして全身がヌルヌルになったのは渚だけだったらしく、他の3人がヌルヌルになったのは下半身や足だけであった。
『さぁ、サービスシーンはまだまだ続きます!続いては...』
実況の生徒は変わらずに競技を進めるなか、渚が座ろうとしたところで香織がこちらに走ってくる。
「あれ、どうしたの香織?」
「渚ちゃん!服!服!透けてるから!!!」
「え?服って何が...っ!!!」
香織の慌てた指摘に渚は怪訝に思いながら自身の身体に視線を向けると、渚の顔がトマトのように真っ赤になった。
ローションの効果によって体操着に下着が浮き出ているのだ。今の渚の姿は意図せず扇情的になってしまっている。
両手を身体に巻きつけしゃがみ込むと、香織がそっとジャージをかけてくれた。
「美田先生にシャワーの使用許可もらってるから行こ?」
「うん...ありがと」
香織に連れられグラウンドから退場する渚。その恥じらいの顔を見て更に前屈みになった生徒も多数いたのだった。
...その後、その生徒たちは一部の女子生徒たちによる頭部への鈍痛によって記憶を消されたのだとか。
障害物競走もなんとか終わり、次の種目に移った。
『さぁ!次の種目は借り物競走!この競技で午前の部は最後となります!!』
『...あの、』
『どうしました?』
『どうしてそんなに顔が腫れているのですか?』
『名誉の負傷です。』
『...そうですか。』
実況と解説の生徒がおかしな問答をしている間に、出場生徒が入場門から姿を表す。
その中には香織の姿もあり、渚は自席でその様子を眺めていた。
渚の体操着は保健室で新しいものを貸してもらっている。血糊とローションで一つずつダメにしてしまったので予備がなくなってしまったのだ。
サイズが少々大きくてぶかぶかしているのは保険医の趣味である。
「香織ー!頑張ってー!!」
渚がブンブンと手を大きく振ると、声が聞こえたのか香織の顔がこちらを向いた。
香織はにっこりと顔を綻ばせると、手をふり返す。
「さすがだな渚、今の一言で香織の機嫌は治ったみたいだぞ。」
「?よくわかんないけどそれはよかった。」
達也の一言に渚は疑問を浮かべながら校庭の競技の進行を眺めていた。
渚と達也が仲良く会話している様子を香織は遠目に眺めていると、すぐ横に3年の西澤沙織先輩が腰掛けた。
「沙織先輩もこれに出るんですか?」
「んー、出る人がいなかったからね。数合わせってやつだよ。」
沙織先輩はそう朗らかに答えると、手を大きく振る渚に温かい視線を向ける。
「ホントに仲がいいんだねぇ、久里山さんと。」
「まぁ、幼馴染ですし...」
頬をカリカリと掻きながら答える香織に視線を直した沙織先輩がふーんと呟く。
「香織ちゃんはそれだけじゃなさそうだけどねー!」
香織がぴくっと肩を動かし何か言葉を発するが、周囲の音に呑まれてそばにいる沙織以外には聞こえなかった。
『さぁ!第一走スタート!最初のお題はなんなのでしょう?』
実況の声に合わせ4人が走り出し机に置かれた紙をそれぞれとると反応はさまざまであった。ある女子生徒は教師陣の元へ走り、ある男子生徒は自分のクラスへと走り女子生徒に土下座を、またある女子生徒は自分のポケットの中を弄りながらゴールに走り、とある男子生徒は絶望したようにがっくしと項垂れていた。
「お題はなんだったんだろうね!」
「あぁ、あの反応を見る限りすごく面白いのは確実だな。」
渚と達也が会話している間に最初の生徒がゴール前の審判に到着した。
『さぁ一人目のお題は...【体育祭のプログラム表】でした!そして一人目ゴール!!』
笑みを浮かべながらゴールをしたその女子生徒を見ながら、香織は安心していた。
「よかった、変なお題はないみたい...」
「いや、そんなことはないみたいだぞ?」
「え?」
沙織先輩の指差す方向を見ると、教師の元に走った女子生徒が審判に詰め寄っていた。
『いくらお題が【足がくさい先生の靴】だからって、これでは判断が...』
『先生が嗅いでくれれば一発です!さぁ早く!!』
『いや...でも...』
『いいから早く嗅げえぇぇ!!!』
『うが!やめ....うおウエエエぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
口を押さえて膝から崩れ落ちる審判にその場にいる全員が同情の眼差しを向ける。
『....OK』
『よっしゃ!!』
審判からおっけーをもらいその女子生徒はゴールした。靴の匂いを嗅いだ審判はもう涙目だ。
次に来たのは女子生徒を連れた男子生徒だった。
連れてこられた女子生徒は顔を赤く染めており、しきりにその男子生徒の顔をチラチラとみている。
『さぁ!この初々しい雰囲気を漂わせる二人のお題は...ん?【授業中消しゴムを拾うときに偶然二人の手が触れちゃって、『ごめん』の台詞と共にラブコメが始まりそうだった女子生徒】....です?』
「「「「え?」」」」
全員の戸惑いの声がハモって校庭に響く。
当該の女子生徒の首がぐるんと回りその男子生徒に向いた。その男子生徒は静かに空の彼方をみている。
審判も戸惑いながら、女子生徒に尋ねた。
『えーっと、ラブコメ始まりそう?』
「...はい....」
「え?」
その後、なんやかんやあり審判からOKをもらえた二人は手を繋いでゴールした。
『さぁ、最下位になってしまった彼のお題はなんだったのでしょうか?こちらにお題を見せに来てくださーい』
実況の言葉により再起動した男子生徒はゆっくりと審判にお題を見せる。
『えー.....まじか、辛...お題は【隣の席の女子生徒の下着】です。』
「そんなもん借りれるわけねえだろおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
先ほどまで絶望していたとは思えないほどの雄叫びが校庭に鳴り響く。その男子生徒は泣きながら校舎に走り去っていった。
「こ、こんなお題があるのか...」
「チョイスが酷すぎるね...」
達也と渚は顔を引き攣らせながら進行を見守った。
次は香織が出走する。おかしなお題を引き当てないことを祈るばかりだ。
『さぁ!第二走スタート!皆さんのお題はなんでしょうか?』
「お互いに頑張ろうね。」
「そうですね」
沙織先輩と二人で走り、お互いに紙を引いた。
「「えぇぇぇぇ....」」
2人同時に微妙な顔を見合わせる。
「沙織先輩、なんでした?」
「私は【女癖の悪い幼馴染】だってさ。これ私に狙って出されたんじゃないの?」
「っものすごいドンピシャですね...」
「香織ちゃんのは?」
「私はこれです。」
香織は沙織にお題を見せると、ものすごく微妙な顔をした。
「えーっと、これは狙ってる?」
「何かしらの意図を感じますよね...」
香織が手元の紙を見ながら微妙な顔をしているのがよくわかる。
「あの顔は、変なのを引いたな。」
「香織かわいそうに...」
達也と渚が可哀想に...と思いながら香織を眺めていると、
「ん?香織がこっちに来るぞ?」
香織がこちらに向けてダッシュしてきている。
「というかあれ渚に向かってね?」
「う、うん。僕もそんな気がするな...」
香織が瞬く間に渚の目の前で急停止し、渚に声をかける。
「渚ちゃん!体操着貸して!!」
「うぇ!?」
香織の突然の言葉に頭が真っ白になる達也と渚。
しかし、香織の表情は全くもって正常だ。
「無理だよ!?もう着替えないもん!!裸になっちゃうじゃん!!」
「そうだぞ香織!いくらなんでも強硬手段に出るのはよくない!!もうすこし段階をふめ!!」
「達也はなんの話をしてるの!?」
何かに気づいた達也が少々引き気味に香織に問いかける。
「まさか香織、渚が脱いだ服で一体ナニを...?」
「なんの話よ?私のお題が【ローション塗れ、血まみれの体操服】だから、さっき着替えた体操服貸してってことなんだけど?」
「あ、なるほど。」
渚が安心した表情を浮かべ、鞄からビニール袋を二つ取り出した。
ありがと!!という言葉とともに走っていく香織。
「よかった。双子の妹が特殊性癖に目覚めたとかだったらどうしようかと...」
「だから達也なんの話!?」
香織は1位だったようだ。
※他の二人のお題
【空気の抜けたサッカーボール】
【『いっけなぁい!遅刻遅刻ぅ!』と言いながら走ってくる少女とぶつかり、お互いに倒れて視線を合わせた瞬間に恋が始まるような2人組】
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