第52話続100m走

※ もともとの『渚の100m走』に少々追記したお話です。


前半部分に変更はありません。







100m走の列も順に消費され、次の走者は渚となった。


「この人たちはどれくらい速いのかな。」


渚はスタートラインに立ち、コースの外側に並ぶ先輩たちに目を向ける。


陸上部部長の人は短距離に特化した筋肉をしているようで下半身、主に太腿が筋肉で大きく膨らんでおり、それとは対照的に上半身はしなやかな筋肉がついている。


鍛えているだけあって身体は大きく、顔もそれなりに整っている。髪は細かく切り揃えられており、いかにもスポーツマンですっ!といった感じだ。


ウォーミングアップをしていたのか、彼はすでに全身が汗でびっしょりだ。


帰宅部の神童と呼ばれている先輩はすらっとした体型をしており、校内では頭ひとつ抜けた容姿をしている。チャームポイントであるメガネを数分ごとにすちゃっと直している。


神童と呼ばれるだけあって、昨年の『全国高校生学力オリンピック』ではトップ10に入るほどの実力者だそうだ。


身体能力も高いらしく、昨年の体育祭では見事なフォームで走る姿と当時の陸上部部長に負けないほどの速さにたくさんの女子生徒が魅了されたらしい。


ちなみに現陸上部部長とは校内でも仲がいいらしい。


そしてサッカー部の部長だが、彼はいかにもおちゃらけた高校生といった茶色い髪にピアス、体操着でさえも着崩している。


しかしサッカー部の部長を務められるほどの実力は持っており、全国大会にも出場を果たしている。


特定の彼女は作らず、たくさんの女の子と遊ぶことが多いというのは沙織先輩から教えてもらった。



「まぁ犬よりは遅いらしいし、なんとかなるかな。」


渚は手を組んで大きく伸び、スタートの位置についた。



「頑張ってくださーい!!」


「あんな1年生潰しちゃえー!!」


「接戦だろうが...勝つのは我ら陸上部の部長だろう!!」


「おーい!お前の彼女たちが見てるぞー!みっともない姿見せんなよー!!」



女子生徒の黄色い声援と、陸上部の脳筋たちの応援の声、サッカー部の冷やかしが校庭に響く。



『ーーよーい......』 パンっ!!!!



乾いた銃声が鳴り、4人が一斉に飛び出す。


「「「えぇ!!!!????」」」


一緒にスタートした3人は驚愕の声をあげる。



銃弾のように勢いよく飛び出した渚が瞬く間に3人と大きく差をつけ、気づいた時にはもうゴールテープを切っていた。


渚は息を切らすこともなくそそくさと1位の旗の列に腰掛けた。


「...確かに犬よりは遅かったけどさぁ...」


渚は数年前に行った大型犬との徒競走を思い出しながら呟く。


そういえば、犬と人間の徒競走ってなんやねんと今更ながら思ったが、まあそこは置いておく。


当時も犬には勝ったわけだし。




『.....これは思わぬダークホースですね。どうですか?校長先生』


「彼女の走りは目を見張るものがありましたね。チラッと見えたおへそが非常にそそります。次はぜひもっと盛大なへそちらや胸ちらを求めます。」


「「「「......」」」」


『....』


「...冗談ですよ?』


『さぁ!3年の得点にどれほどの影響が出るのでしょうか!?次のレースに参りましょう』



校庭が微妙な雰囲気で静かになったところで、帰宅部の神童が渚に近づいてくる。


「...久里山さん。いい走りだった。」


「え?」


負けたことで何か言われるのかと思ったが、彼が渚に向けるのは賞賛だった。


「君は成績も学年1位なんだってね。同じ帰宅部として誇りに思うよ。」


「あ、はい。ありがとうございます。」


「俺は文武涼太というんだ。困ったことがあれば連絡するといい。これは俺の連絡先だ。」


「あ、はい。」


文武先輩に自然な手つきで差し出された紙切れを受け取ると、



「「「「チッ」」」」


様々な方向から舌打ちが聞こえてきた。


学校内でとてもよくモテる人物らしいし、結構な反感を買ってしまったようだ。耳を澄ませると怨嗟の声が聞こえてきそうだ。


「やっぱりメスの顔してるわね...」


「手加減した先輩の優しさに漬け込んでチヤホヤされることに喜ぶ雌豚め...」


「殺すしかないでしょ?」


「処す?処すよね?」


「身の程を教えてやりますか」


うん、ばっちり聞こえた。主に上級生から。


「...なんか申し訳ないね。」


「いえ、気にしないでください。何かあれば遠慮なく連絡させてもらいますので」


「はは、ぜひそうしてくれ。俺のせいで君が嫌がらせを受けるのはあまりよくないからな。」


「ははは...」


文武先輩はあまり自分が人に与える影響を考えたりはしないようだ。



地面に座る渚の横に陸上部の部長さんが腰掛けた。


突如、彼が涙を流し始めた。


「え...大丈夫ですか...?」


渚が駆け寄り声をかけると、彼は渚に顔をむけ話し始めた。


「....忘れもしない、あれは俺が1年生の時」


「え?」



え、まじ?


今から回想はいるの!?


「体育祭前日、当時陸上部部長の俺の兄貴が同じクラスだった彼女に言ったんだ。『俺が徒競走で1位を取ったら付き合ってくれ』と。」




...え、これ僕聴かなきゃいけないの?




「しかし彼女は言ったんだ。『じゃあ私と一緒に走るあなたは1位になれないけど?』ってね。」


「...はぁ」



「そこで兄貴は言ったんだ。『正々堂々君に勝つから!!返事はその時に聞かせてくれ!!』ってね。その時の兄貴のキメ顔は弟から見てもカッコよかったんだ。」



涙を流しながらそう話す彼から渚はそっと距離を取る。


なんだか話が長そうだったのと、僕に向けて話すというよりは独り言っぽかったのでそっとしておくことにした。


最終的にはその彼女さんに勝って、仲良く付き合うことになったとかそういうことだろうし。


さ、香織の順番まで待機かな!



「まあ彼女には大きく差をつけられて負けた上に振られてたんだけどな。『タイプじゃないので、ごめん』ってな。彼女、久里山亜紀さんに」



お、今走っているのは西澤くんだ。頑張ってるなぁ。


聞こえてきた姉の名前は無視だ無視。


お!次は香織が走るみたいだ!


「そんな亜紀さんに俺は惚れたんだ。」




いやどうしてそうなったああぁぁぁ!!!???


今の流れで惚れる要素どこにもなかったような気がするんだけど!?


「だから今こそ言える。久里山渚さん。俺と付き合ってください。」


「ごめんなさい」



渚は香織の走りに集中することにした。




**********************************************************************************



陸上部の部長と話している渚から目を離した香織は、さっと立ち上がった。


何やら困った顔だったり驚いた顔と表情がコロコロと変わる渚ちゃんだったが、特に問題があるわけではなさそうだった。


そんなことより私は今、苛立っていることがある。



「ったく、1年生のくせに生意気なのよ。あの久里山って子」


「ほんと!文武先輩の連絡先なんて私たちだって知らないのに」


「今度嫌がらせしちゃおっか!」


「「「賛成!!」」」


隣から聞こえてくる上級生の話し声に香織は不機嫌になる。


私の前で渚ちゃんの悪口を言うなんて...


私が一緒に走るのは2年生が2人に3年生が1人。


2年生の2人は整列前に3年生の男子にしきりに話しかけており、今の1年生が入学してからは達也にも高い頻度で声をかけていた上級生の一人だ。すごく色目を使われていたと達也から愚痴で聞かされていたのでよく覚えている。


3年生の人は先ほど渚ちゃんと楽しそうに話してた紺色の髪の褐色美少女だ。


香織が彼女に視線を送っていると、彼女と香織の視線がかち合った。


彼女はニコッと微笑むとスタートラインに向かって歩き始めた。


「...?」


香織も自分のスタートラインに歩き、位置につく。


4人全員が位置につくと、係の生徒がスターターピストルを構えた。


「...目に物を見せてやるわ、渚ちゃんよりも学も体力も可愛さもないメスどもに...!!」


「「!!」」


「いいねぇ、盛り上がってきた...!!」


香織の呟きに2年生の2人は眉間に筋を入れ、3年生の沙織もにっこりと笑みを浮かべる。


『よーい....』パンっ!!!!!



『走り出しました!トップを走るのは3年西澤沙織さん!徐々に後ろとの距離を離していきますが、それについて行く1年篠原香織さん!大きく離される2年生の2人!解説の校長先生!どうでしょう!?』


「....ハァハァ」


『...校長先生?』


「西澤さんの体操着からやや透けて見える日焼け痕...篠原さんの汗が浮かんだうなじ...いいですねえ...ウェへへへへへへ....」


『教育者としてその感想はどうなんですか!?そして走っているところでよくそこまで見れますね校長先生!?』


実況と解説がうるさくしている中、香織と沙織は並んでゴールに差し迫る。


(この3年生、速い!?)


(この1年生、できる!!!)


香織と沙織は互いに隣で走る相手を横目で見ながらそう考えていた。


2人はすでに一緒に走っている2年生のことなど頭から抜けていた。


綺麗なフォームで駆け抜ける2人に会場は大きな盛り上がりを見せる。


お互いに身体能力は同年代の中でもずば抜けており、香織も同学年の中では負けなしではあるのだが今回は相手が悪かった。


香織と同等の身体能力を誇り、その上で毎日運動を欠かさない沙織には流石の香織も敵わなかった。


接戦の末に先にゴールテープを切ったのは、西澤沙織だった。


「はぁ、はぁ、はぁ...」


「いい走りだったよ。」


「...ありがとうございます。」


沙織が差し出した手を香織は掴んで立ち上がる。


「私は西澤沙織、弟がお世話になってるよ。篠原香織さん。」


「弟さん...?」


香織は彼女の苗字を聞いて、クラスメイトの学級委員の顔を思い浮かべた。


「あぁ!西島くんの!」


「うん、弟からは『クラスメイトに怪物がいる』って聞いてたけど...あなたではないのよね?」


「あぁー...それはおそらく渚ちゃんですかね...」


「あ、亜紀先輩の妹さんね!それなら納得だわ。」


この後の種目も頑張りましょうね!と言い残し、彼女は歩いて行った。


香織は、彼女となら仲良くなれそうな気がした。

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