第51話クリスマス特別編〜聖夜の幻?〜

【クリスマスSS】




12月24日午前11時。


渚はスーパーに食材の買い出しに来ていた。


今晩は盛大にクリスマスパーティを行うために、渚が料理を振るうのだ。


七面鳥やローストビーフ、サラダにキッシュ、ミネストローネなどなど。


さらにはケーキをも手作りをする予定なのである。


そのため、渚の両手にはパンパンに膨らんだエコバックがいくつも下がっている。


「誰かに一緒に来て貰えばよかったかな...」


渚の呟きに反応する人は誰もいない。


紗良と皐月は朝からクラスの友達と遊びに行ったらしく、家にはいなかった。


達也と香織はゲーム内でイベントに参加するらしく夕飯までゲームをするらしい。


つまり、誰も来れないのである。


「さ、早く帰って作り始めないと...夕飯までに全部作り終わるかな...」


渚がエコバックを持ち直して角を曲がると、


「.......え?」


人が倒れていた。


全身がもこもことした赤と白の服と帽子をつけた小太りのおじさんがうつ伏せで倒れていた。


こんな大通りで倒れるなんて一体何があったんだ!?


すぐ横を通る人もこのおじさんを見向きもせずにスタスタと通り過ぎる。


時間に余裕がないのかな?でも流石に薄情じゃない?


渚はすぐさま近づいた。


えぇと、小太りのおじさんが赤い服ってことはクリスマスのコスプレなのかな...ってそうじゃなくて!!


「だっ大丈夫ですか!?」


荷物を置いて身体をひっくり返すと、見事な白くて長い髭がファサッと揺れる。顔立ちもどこか外国人のようだ。


少し声をかけると気がついたのかうめき声を上げた


「う...」


「あ、よかった意識ある!えーと、『How are you feeling?《体調はいかがですか?》』」


「...日本語でだいじょぶデェス...」


「あ、そうですか。」


「...腹減ったのデェス...」


「....」







〜移動中〜




「ーーーーーーー!!!」


「あ、あの、もう少し落ち着いて食べた方が...」


渚は視界に入ったカフェにそのおじさんを連れていき、適当な食事と飲み物を注文する。


食事が到着した瞬間、そのおじさんの目が開いたかと思えばフードファイターのような勢いで食事を掻き込み始めた。


「ーーーーくはぁぁぁぁ!!食った食ったぁ!!」


ものの数分で食事を終えると、そのおじさんは爪楊枝で歯の掃除を始める。


「ありがとな嬢ちゃん、飯を恵んでくれて助かったぞ!」


「そ、それならよかったです。」


おじさんの勢いに押されながら渚は一番聞きたかったことを聞く。


「どうしてあんなところで倒れてたんですか?」


その問いにおじさんは


「あぁ、今晩の仕事場の下見に来ててな。毎年この日に夜中の配達の仕事があんだけどよぉ、この地域担当のやつが今日急遽休みになっちまってな。俺が自分の地域に追加で配達することになったんだよ。」


「そうだったんですか!大変ですねぇ。」


「わかってくれるか嬢ちゃん!!ったくあの野郎、『今日は大事なイベントがあるんです!』じゃねえっつの、何年も前からこの仕事は決まってるっていうに...一年に一回の仕事くらい休まず来いやって話だよなぁ!!?」


おじさんは気を良くしたようで色々と話してくれた。


配達の仕事は歩合制らしく、配達件数や重量に応じて給料が上がっていく仕組みらしい。毎年この日が唯一の稼ぎどきらしいのだが、最近は電子化が進んだせいで配達物が軽量化しているそうだ。具体的にはゲームのダウンロードコンテンツやソシャゲの課金アイテムを購入するためのプリペイドカードだ。


配達物の重量によって給金が変わるおじさんたちにとって、この傾向はあまり喜ばしくない。


この日のお給料で一年間生活する彼らにとって、軽量化による給料減少は死活問題だ。


生活が困窮するほど給料がもらえない人もいるらしく食費を節約して生活することを余儀なくされており、小太り体型を維持することができないらしい。


まあそのおかげで年に一度の健康診断の結果は前年よりは良くなったらしいが。


そのほかにもやれトナカイが人参ぶら下げないと走ってくれないとか、この時期は手が寒いとか、オーストラリアはこの時期バカンスを楽しめるから最高だとか、プレゼントの集計が大変だとか、最近はツリーの前にココアとクッキーを置いてくれる家庭がなくなったとか。


「ーーーそんでな?最近の子供ってやつはあれか!?素直にぬいぐるみとか欲しがらねえのか!?この前届いた手紙には『プレゼントには《荒○行動》のコラボ限定車がほしいです』とか書いてあったんだぜ!?俺が渡せるのは現物だっての!!!ゲームデータは取り扱ってねえんだよ!!でもこいつ宿題やらねえし家の手伝いもしねえからプレゼントは目覚まし時計をくれてやるわ!!ふははははは!!!ゲホ、ごほ...」


勢いに乗りすぎたのか咽せるおじさん、気がつけば時刻は3時を超えていた。


「おっとすまねえ!俺はもう行かなきゃいかん!買い物終わりにすまんな!礼と言っちゃあなんだが、何か欲しいものはないか?」


「欲しいもの?」


渚は少し考えるが、これといって欲しいものは思いつかない。


あ、でもこの前セーターが破けちゃったから新しいのが欲しいけど...


「なるほどな、任せとけ嬢ちゃん!俺が最高級のものを用意してやるから待っとけ!!」


「え!おじさん!?」


渚が声をかけると同時におじさんは瞬きの瞬間に消え去ってしまった。


周囲を見渡してもおじさんの姿は見つからない。気配すらも感じられない。文字通り煙のように姿を消してしまった。


目の前の席にはおじさんが食べたはずの食事がさも今届いたかのような湯気を昇らせていた。


そしてすぐ横の今日買った食材の袋を見ると、若干の冷気を漂わせていた。


この店は暖房がよく効いているはずなのだが、袋からはずっと外にいたような冷気を感じる。


どういうことなのか....


しかしそれより...


「このご飯たちどうしよう....」


目の前に広がるほっかほかのカフェごはんたち。


勿体無さを感じ、仕方なく全て持ち帰ることにした渚なのであった。









**********************************************************************************



「それって、サンタさんだったんじゃない?」


渚の話を聞いていた香織がローストビーフを頬張りながら言うと、口の中のキッシュを飲み込んだ達也は首を振る。


「サンタなんているわけないだろ?ラノベの読みすぎだぞ香織。」


「現実は小説より奇なりっていうじゃない?渚くんが渚ちゃんになるっていう珍事が起きてるんだからサンタさんだっているかもしれないでしょう?」


「確かに渚が女の子に変わったのはそうだけどさぁ...サンタは違うだろ?」


「何がどう違うっていうのよ...!!」


「サンタは元から想像上の生き物って言ってもいい存在だろ?ツチノコとか河童と同じだ。でも渚は元から8割女子だったじゃんか。むしろ元々男子だった方がおかしいんだよ。」


「....確かに」


「香織、もうちょっと粘ってよ...そこで諦めないでよ...」


香織と達也の言葉の掛け合いにがくっと肩を落とす渚。


確かにあのおじさんが目の前から消えてしまったのは気になるところではあるが、僕にも感知できないほど気配の消し方がうまいのだろう。


やはり、世界は広いのだ。


「うん!僕ももっと頑張って訓練しよう...!!!」


渚が気合を入れて拳を握ると、香織と達也がこそこそと話していた。


「...なんだろう、渚が間違った方向に気合をいれてる気がする。」


「奇遇ね、私もそんな気がするわ。」


目をキラキラと輝かせる渚を横目に香織と達也は食事を続けるのだった。










時刻は23時45分。


いつもは夜ふかし気味の香織と達也も、今日はすでにベットの中で寝息を立てている。


気温も氷点下に差し掛かかっているこの時刻、渚は寝室のベットの上でぱちっと目を覚ました。


いつもは朝まで起きることはない渚が起きた理由は、窓の外に気配を感じたからだった。


渚たちが住んでいるのは高層マンションだ。そんなマンションで外に気配を感じるなど本来はあり得ないのだが...


渚が気配がする方向にあるカーテンをさっと開けると、



「よぉ!昼ぶりだな!」


昼のおじさんがソリに乗っていた。


ソリの先には複数体のトナカイが繋がれており、ソリの後部座席には渚のベッドよりも大きな白い袋が積まれていた。


注意すべき点は、ソリもトナカイも宙に浮いているというところだが。


「ここが嬢ちゃんの家だったのか!結構いいとこに住んでんじゃねえか!!ガハハ!!」


「...聞きたいことは多々ありますが...とりあえず上がります?」


「お!悪いな!邪魔するぜ!!」


渚は窓からこのおじさんを招き入れた。





渚が紅茶を入れて戻ってくると、おじさんは座椅子に腰掛け、書類にボールペンでチェックを入れていた。


「このガキには届けたから..次はここか?...この町ガキンチョ多くねえか....?あいつが休みたくなる気持ちもわかるな...」


「ところで、あんなところで何してたんですか?」


渚が座椅子の横のミニテーブルに紅茶とクッキーを置くと、おじさんは紅茶を一気に飲み干し質問に答える。


「あれ、俺言ったよな?配達だよ配達。そしたら嬢ちゃんがいるのがわかったから寄ってみたんだ!!」


「...さいですか」


本気かどうかは知らないが、少なくとも害意があるわけではなかったのでそのまま放っておくことにした。


渚は地面に腰掛けると、おじさんは書類をパッと消し去った。


タネはわからないが、先ほどから摩訶不思議なことばっかり起きているので渚は考えることをやめた。


これは夢だ。


「なあ嬢ちゃん、お前さんと同じ年齢の嬢ちゃんがこの家にいると思うんだが、その娘が欲しいものが何かわかるか?」


同じ年齢の嬢ちゃん...香織のことかな?


「香織は...アニメのフィギュアだったら喜ぶと思う..ます。」


「いや、確かにそれはそうなんだが、あいつの頭ん中見たら嬢ちゃんが欲しいって...いやなんでもない。」


おじさんが何やら気になることを言っているが、気にしてはだめだ。


これは夢、夢だ。





「さ!こんなところでサボってちゃいかん!ついてこい!!」


「え!?ちょっと!!」


突如立ち上がったおじさんに手を引かれ、渚は窓の外に連れ出された。


ソリに乗せられた渚は外の気温に思わず身震いをする。


「とりあえずこれ羽織っとけ!いくぞぉ!!」



渡された赤いモコモコのマントを羽織るより先にソリは宙を走り出した。


時速50キロくらいのスピードで大きく旋回しながら高度を上げるトナカイとソリ。


突き刺さるように冷たい風が渚の頬に刺さる。


街を一望できる高度に到達したところでソリの動きが止まる。


「こんなスピードでこんな高いところにいるってのに全く悲鳴あげねえのな。」


「慣れてるので。」


「なるほどな。」


おじさんが納得したところで渚は問い詰めることにした。


「それで、僕はなんで連れ出されたんですか?」


よくわからない間に連れ出されたので、何か用事があるのかと思った渚。


しかし、おじさんの返答はそんなことはなかった。


「昼の礼にな、嬢ちゃんを俺らサンタクロースのソリに乗せてやろうと思ってな。」


白髭を靡かせながら誇らしげにいう目の前の赤いおじさん。





....サンタクロース?


............サンタ?






あぁ、これ夢だった。


「ありがとうございます。」


とりあえず礼をする渚。


「さ、とりあえず空の旅を楽しんでくれや!!」


そう言ってソリは月の光に照らされながら空を駆けていった。








**********************************************************************************






「....ん...?」


渚が目を開けると、外はすでに明るくなっていた。


「...夢か...」


あんなファンタジーみたいなことが起こるのは夢の中だけだもんね。


サンタとか、空を飛ぶソリとか...


そう思いながら渚が身体を起こしたところで気づいた。


マントを羽織っていたのだ。赤いモコモコのマントを。


もちろん渚の所持品にこんなものはないし、見たこともない。


夢の中で渡された以外には。


「....?」


渚がふとミニテーブルに顔を向けると、そこには紅茶カップとクッキー。


そして赤と緑の装飾が施された包みが置いてあった。


そのすぐそばには便箋。



「なんだこれ?」


渚が包みを開けると、中からは真っ白のカシミヤ100%のセーターが出てきた。


自分で買った覚えはないので、誰かのプレゼントだろうか?


渚はセーターを持ってリビングに向かった。


「あ!渚ちゃんおはよう!」


声の方向にはモコモコした服に身を包んだ香織が朝ごはんを食べていた。


「よく眠れた?」


「あ、うん。それとこのセーターくれたのって香織?」


「ん?...いや、私じゃないよ?」


「そっか、じゃあ達也かなぁ..」


「いや、俺でもないぞ」


達也がコーヒー片手に椅子に腰かけていた。


「親じゃねえのか?それか紗良とか」


「えー私じゃないよ?それにお母さんはお姉ちゃんに下着を買ったって言ってた。」


「何それ初耳なんだけど!?」


部屋に入ってきた紗良が漏らす言葉に思わず声を上げる渚。


えぇ?それじゃああんな高級品をくれたのは一体...?


「手紙はなかったの?」


香織からの質問に、渚は包みのそばに置いてあった便箋を持ってくる。


赤と緑の装飾が入った便箋を開き、中の手紙を確認する。


『空の旅は面白かったぜ!色々とありがとな!メリークリスマス!!』


渚はそれで昨日のおじさんを思い出した。


そういえば昼頃、何が欲しいか聞かれた時にセーターのことを思い浮かべたような...?


そして夢の中で、自分はサンタだと名乗っていたあのおじさん...


いや、あれはそもそも夢だったのか?


ミニテーブルの上の紅茶カップにクッキー。


赤いマント。



「まさか...ね...」






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