第53話ニーナ・ドラグーン
体育祭も次々と進んでいく。
綱引きでは1年生の他クラスには圧勝できたものの、2、3年生相手に負けなしというわけにはいかなかった。
特に3年生相手には体格差というものがあり、その中でも陸上部部長のいるクラスの男子全員がゴリラサイズのマッチョだったため即座に敗北した。
2年生もそれなりに力と勢いが強く、押し切られることも多かった。
結果、綱引きは全体で4位という結果に終わり、次の種目に移る。
「久里山さん、次の種目は出ないんだよね?よかったら教室からリレー用のゼッケン取ってきてくれない?持ってくるの忘れちゃって...」
「ん、いいよ!教卓の上?」
「うん!全員分がカゴに入ってるから!」
「おっけい、次の種目頑張って!」
「ありがとー!」
そういって同じクラスの沢城さんは入場門に走って行った。
渚も昇降口で靴を履き替え校舎に入り、教室へと向かう。
外とは打って変わって静かな校内は、9月とは思えないほど空気もひんやりとしている。
教室の扉を開けて中に入り、教卓の上のカゴを手に取ると教室の外に出る。
「ねえ、そこのあなた。」
「?」
昇降口に向かう途中で呼び止められた渚が振り返ると、そこには一人の女子生徒。
緩やかな金髪ショートに紅の眼、真っ白な肌。顔立ちから日本人でないことはわかる。
香織と比べても大差ないほど容姿が整っている。
控えめにいって超絶美少女だ。
そんな彼女がこちらに歩いてくる。
渚が首を傾げていると、
「ニナ見なかった?」
「ニナ...?」
知らないひとからさらに知らない人についての質問をされる渚の頭は少々混乱する。
「あ、銀髪ショートの超絶美人な2年生で私の幼馴染なんだけど、校内に行くって聞いてから全く戻ってこないから...」
「あ、そういう事情でしたか。」
渚はなんとなく理解した。
「僕は見てないですね。もし見かけたら伝言しておきますよ。」
「そう?それじゃあ競技がもうすぐ始まるから早めに戻るように伝えてもらっていい?」
「わかりました。」
「ありがと、じゃあね。」
そういって彼女は走り去っていった。
渚は肩をすくませてゼッケンの入ったカゴを抱え直すと外へ向かった。
昇降口から外へ出て校庭へ向かう途中、体育館裏から何やら騒ぐ声が聞こえた。
喧嘩でもしているのだろうか?少々言葉に棘が多い気がする。
徐々に近づいてみると、曲がる直前で声が明瞭に聞こえた。
渚はこっそり影から覗き見る。
「あなたのせいで私がクラス対抗リレーに出れないじゃない!せっかく池峰くんと一緒に走るチャンスだったのに....!!あんた辞退しなさいよ!!」
「あなたなんかより橘さんの方がクラス代表に相応しいわ!」
「そうよ!少し顔が整っているからって調子に乗らないことね!!」
3人の気が強そうな女子が一人の女子生徒に詰め寄っていた。
被害者の女子生徒は銀髪ショートに蒼い瞳というこちらも日本人離れ...というか日本人じゃない顔立ちをしている。
そしてこちらもとんでもなく美人だ。
もしかして、この人が金髪の人から聞いたニナって人だろうか?
うわぁ、典型的ないじめっぽい現場に遭遇しちゃったぁ。
どうしよう。こういう場合って止めに入るのが普通なんだろうけど...
この空気の中入っていくのがすごく怖い。
「......話は終わった?」
「は?」
「終わったなら戻る。」
被害者の女性が踵を返してどこかへ行こうとすると、橘さんは肩を掴んで引き留めた。
「馬鹿にしてんの?」
「...あなたなんか馬鹿にする価値もないけど?」
「っいいわ...二度とそんな口聞けないようにしてやるんだから!!」
そういって橘さんがポケットから取り出したのはハサミだった。
ハサミを両手で抱えた橘さんは勢いをつけて彼女へハサミを振り下ろす。
渚は手に持ったカゴを放り投げ、影から飛び出す。
「...そんなもの効かないのに」
ボソっという呟きが聞こえた気がしたが、目の前のハサミに全神経を集中させている渚は全く気がつかない。
避ける気もない銀髪の彼女に覆いかぶさり、振り下ろされたハサミに手のひらをかざす。
先が鋭く尖っていたハサミは渚の手のひらを容易に貫通し、渚の手からは血が吹き出した。
「っつ....」
どくどくと流れ出す血液に渚は思わず顔を顰める。
吹き出した血液が渚の体操着に付着し赤い斑点模様をつけた。
「な!だれよあんた!!私は悪くないわよ!!あんたが邪魔したのがいけないんだから!!!」
そういって橘さんと彼女の取り巻きは走り去っていった。
「全く、こんなもの持ち歩いてさ...君は大丈夫だった?」
渚は銀髪の子に顔を向けると、彼女は渚のことをじっと見つめている。
「...どうしたの?」
「あの人の匂いがする。」
「え?」
「魔力も一緒。顔も姿も変わってない。動きも大体同じ。でも髪は黒い。」
「んん?」
「やっと見つけた。渡ってきた甲斐があった」
彼女がよくわからないことを口走っている。渚がポカンとしていると後ろから誰かが走ってきた。
「ニナ!やっと見つけた...ん?あなたはさっきの...?」
「あ、ニナっていうのはやっぱりこの人?」
「え、あ、うんそう....ってあなた!手にハサミが貫通してるじゃない!!早く治療しないと!!」
「え...あぁそうだった。」
渚は手に突き刺さったハサミを抜けないようにしながら保健室に向かおうとすると、ニナが渚を引き止める。
ニナは渚の手の鋏をむんずと掴むと勢いよく引き抜いた。
「ーーーーーーーー!!!!!!」
渚の声にならない叫びが周囲をこだました。
「ちょっとニナ!!!??何してんの!?」
「治すだけ。」
ニナが渚の手を覆うと、眩い光が手のひらに溢れ、それが治まった頃には渚の手の傷は塞がっていた。
「え....?」
「あなた、名前は?」
「え、あ、久里山 渚です。」
「私はニーナ・ドラグーン。この金髪はクルル・フェアリス。あともう一人ルーク・デビリアスっていうのがいる。覚えておいて。」
「あ、え?はい?」
目の前で起きた事象に頭が混乱した状態での自己紹介を終え、渚がさらに困惑する。
「もう戻っていいよ。」
「は.....あぁ!もうすぐ次の種目が始まっちゃう!!??」
悲鳴をあげた渚はゼッケンをかき集め、急いで体育館裏を抜け入場門へ走っていった。
ぼやっとしているニーナの肩をクルルが揺さぶりながら叱る。
「ちょっとニナ!!人前で治癒魔法はダメだって!この世界に来る条件忘れたの!?」
「大丈夫。もう見つけた」
「はぁ!?見つけたって何が..」
ニーナは地面に腰掛けてとある記憶に思いを馳せる。
♢♢
天空に浮かぶいくつもの島、暖かな草原に花が咲き乱れるなか、追いかけっこをしているニーナとクルル、そしてルークをある女性が呼び止めた。
『こら、危ないでしょ。こっちにきなさい。』
『えへへ、ごめんなさい!!』
ニーナは声の女性に向かってダッシュし、その胸に全力で飛び込んだ。
椅子に腰掛けた銀髪ショートの彼女のお世辞にもふかふかとは言い難い胸部に顔を埋めてすりすりとしながらにへらと微笑むニーナにその女性も思わず笑顔になる。
『あー!ずるいクルルもすりすりする!!』
『ぼくもぼくも!!』
そんな彼女のもとにクルルとルークもダッシュで飛び込み、ニーナと同じくすりすりを始める。
『はいはい、みんなおいで。みんな甘えん坊なんだから...精霊女王と魔王に怒られちゃう...』
『じょうおうさま、おこるの?』
『まおうもおこる?』
『...いや、君たちがいれば案外なんとかなるかもな。それよりもお菓子できたから精霊女王と魔王の用事が終わるまで食べよ?』
そんな全てを包み込む彼女の暖かさに全員が笑顔を浮かべていた。
しばらくすると、近くに門が現れ、その中から金色の髪を靡かせた精霊女王と紫色の髪の魔王が姿を現した。
『おまたせ!あなたのお菓子なんて何百年ぶりかしら!?』
『毎度毎度その精霊ジョークはいらんから。そして数日前にも食べたばっかりでしょ?』
『別にいいじゃない。あなたのその翼の如き懐の大きさで受け止めて?』
精霊女王は彼女の背後の白い龍の翼を指差しながらそういうと、座椅子に羽角腰掛けクッキーを一つ摘んだ。
『毎度毎度やかましいなお前は..』
『魔王は正反対だね。すごく落ち着いてる。』
『精霊女王との差でそう見えるだけだ。』
眉間にシワを寄せ、腕を組んで椅子に腰掛けつつ紅茶に角砂糖を次々に放り込む魔王に彼女は苦笑いをする。
そしてそこから6人でのお茶会が始まるのだった。
ニーナにとってはこの光景が幸せの代名詞であり、あの出来事が起きるまでは定期的に行われていた習慣でもあった。
♢♢
遠目に渚の姿を見つめながらニーナがボソリと呟く。
「一緒に訓練できないかな...」
「ちょっと!話の流れが掴めないんだけど!?いったい何を見つけたのよ!?」
「すぐにわかる。クルルもルークも。」
「ちょっ!詳しく説明しなさいよぉ!!」
ニーナが歩き始めるとその後ろをクルルが歩いてついてくる。
校庭に向かうニーナは溢れんばかりの笑みを浮かべていた。
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