第22話第1回イベント①

【紗良/シル視点】




イベント開始から15分経過した頃、草原のフィールドにて。



「私は近接戦闘は得意じゃないんだけどね、できないわけじゃないんだよ」



シルは目の前でうつ伏せで倒れている男性プレイヤーの背を見ながらそう語りかけた。



シルの魔法使いのような装備をみて、近接戦闘は得意でないと考え戦闘を仕掛けてきたプレイヤーの一人である。



草原フィールドに転送されてきたシルは魔法スキルと〔杖術〕スキルを駆使し、次々とプレイヤーを戦闘不能にしていた。



シルは他のゲームでも自身のキャラクターは魔法使いとして育成しており、近接用に杖で戦うことも多かったため、運動は得意ではないにしても杖の扱いは慣れたものである。



「でもお兄ちゃんには一回も当てられないんだよなぁ」



数日前、シルの〔杖術〕を鍛えるためにナギと訓練をした。


ナギは近接戦闘において杖は使わないが、扱うことはできる。というかシルよりも上手に扱う。


むしろ、ナギの教授によってシルも多少扱いが上手くなった。



その後、シルの経験のために模擬戦をしたが、結果としてはシルの敗北だった。



ナギにはハンデとして[使う武器は長杖のみ][スキルの使用禁止]を課しており、逆にシルは魔法スキルもアイテムも使用可能というものだ。



最初こそシルは魔法を駆使してナギを近づかせず、即座に発動できる魔法でナギの体力を削っていく。


そして自身へ〔攻撃力上昇〕〔防御力上昇〕〔速度上昇〕のバフをかけ、近接戦闘も仕掛ける。



あくまでシルの訓練のための模擬戦だったため、ナギもシルに合わせながら戦っていたが、ナギも徐々に本気を出していく。



魔法で距離を取ろうにも即座に間合いを詰められ、最大火力で葬ろうにも魔法は回避される。逆に威力が弱い魔法は杖で弾かれる。


そんな状態ではシルには勝ち目はない。



気づいた時には自分は地面と見つめており、ナギは倒れているシルを心配そうに見つめていた。



模擬戦をやってくれたおかげで、シルは自身の戦闘スタイルを確立することができた。



近接戦闘は相手に近づかれた場合のみとし、通常は魔法で戦うこととした。



その結果、今のこの状況である。




「少し移動してみようかな。」



ふと思いついたシルは歩き始めたその時、気配を感じた方向に顔を向けた。



何かを感じたシルは一歩、左へ移動した。



その瞬間、水の矢がシルの頬を掠め、赤い線を引いた。



「ほぉ、あれを避けるか。」



その言葉が聞こえた先には、全身を青い鎧に包んだ筋骨隆々の男性が背中に自身の身長よりも大きい大剣を背負って歩いてきていた。



「あれを避けれるのは“死神““勇者““巫女“くらいだと思ったのだがな...まさかお前もあいつらに並ぶくらい強いのかぁ?」



こちらを吟味するようにジロジロとみてくるこの大男。雰囲気からそれなりに強いことが伺える。シルはある程度強い人の情報は頭に入れていたのですぐにわかった。



「(“蒼剣“のグレイル!)」




そのプレイヤーは全身の色と使用する魔法によりその二つ名が付けられた。



先ほどの水属性魔法の矢はスピードも威力もすごかった。当たっていた場合、今のシルであれば一撃で退場していただろう。



以前“死神“アリエルに無謀にも決闘を挑み、ボコボコにやられたと聞いてからは情報がまったく出てこなかった。




現状では情報が少なく対処もできないため、ひとまず時間を稼いで情報を多く抜き出す。




「まずはお前の力試しだ!」



そういうが早いか、彼はこちらに向かって勢いよく駆け出していく。



「(早い!魔法は間に合わない!)」



そう考えたシルは魔法の展開を中断し、〔杖術〕にて彼の大剣の側面を叩き、力の方向を変えることで受け流した。しかしその勢いのまま大剣を大きく横薙ぎに振るわれシルの身体は大きく吹っ飛んだ。




「ぐっ!...かぁああ...手が痺れるぅ...」



大剣の衝撃は抑えきれず、シルの腕は未だぴくぴくとしている。



あまりにも手にかかる負担が大きかったらしく、シルは自身のHPが多少減っているのを確認した。



「はっ!これを耐えるか!だがまだまだこれからだぜ!」



グレイルは手のひらにいくつも生み出した〔水球(ウォーターボール)〕をシルに向けて放つ。



シルは即座に〔風壁(ウィンドウォール)〕を展開し、グレイルの魔法を防御すると、〔石槍(ロックランス)〕をいくつも彼に放つ。




しかし、彼はそれを大剣を一振りし難なく消し去る。



「なんだ?そのチンケな魔法は。そんなもん目を瞑ってたってあたらねぇぞ?w」



彼はそう言ってせせら笑った。



シルは〔火球(ファイアーボール)〕を彼の顔面に放ち、その隙に少し距離を取る。



グレイルはその〔火球〕をモロに顔面に食らったが、煙が消えた時には無傷の状態で立っていた。



「はぁ.....少しは楽しめると思ったんだが、ここまでか。」



そういうが早いかグレイルは勢いよく踏み込みシルに近づくと大剣の刃の反対側でシルの腹部を打ちつけ、そのまま振り抜いた。




「が...!ゲホッ...」



シルは勢いよく吹き飛ばされ、地面へと打ちつけられた。被ダメージが大きくHPが残りわずかになってしまった。



「はぁ、はぁ、はぁ...」



「こんなんじゃ肩慣らしにもなりゃしねぇ。あいつと...アリエルを倒すにはもっと体をあたためなきゃなぁ。そんでもって俺は今度こそアリエルに勝って一位の座をゲットしてやるんだ!!」



グレイルは地面に横たわるシルを見ながらそうつぶやいた。



どうやらこの男はあのアリエルに負けたことを根に持っており、やり返す機会を望んでいたようだ。



このイベントの開催が決定したときはそれはもう歓喜したことだろう。そしてこの機会は絶対に逃したくはないだろう。



しかしシルとて、そう簡単に勝ち星をくれてやろうとは思わない。



「....〔つむじ風〕!!」



「んあ..!?うおぉぉぉお!!!??」




シルが唱えた風属性魔法によってグレイルは空中に巻き上げられた。



地面に落ちてくるまでに少々時間がかかるだろう。




シルは杖を構え、残った全てのMPを消費することで一つの魔法を準備する。


それは〔火属性魔法〕と〔土属性魔法〕の混合魔法であり、魔法スキルを複数もっていることが発動条件となる魔法。




そして今シルが準備しているこの魔法は、彼女が出せる魔法の最上位に位置する魔法であり、ゲーム内では上位に位置する魔法である。



この魔法を発動したあとはシル自身も動けなくなるだろうが、これであいつを倒せるのなら本望だ。




そしてグレイルが着地する直前のタイミングでシルは魔法を発動させた。




「...〔噴火〕!!」




地面が大きく膨らみ、その穴から溶岩が勢いよく吹き出した。



勢いよく吹き出した溶岩はそのままグレイルの全身を包み込んだ。



そのまま空高く吹き上がった溶岩は、周囲に火山弾と礫を撒き散らした。



大爆発によって粉塵が巻き上がり、周囲を火山灰が埋め尽くし視界が悪くなる。



「はぁ、はぁ、...やった...かな...?」





息を荒くして地面にへたり込んだシルはそう呟いた。



自分もすでに満身創痍だが、残りの全ての力を注ぎ込んで放った〔噴火〕はグレイルのHPを全て削り取っただろう。



こういうことを言うのは「フラグを立てる」と言うのだが、私に限ってそんなヘマはしないと信じている。





「はあぁぁぁぁ....もう動けない...疲れたぁ!」



シルは両手を大きく広げ仰向けに倒れ込んだ。



動けるようになるまで時間がかかりそうだ。しばらくこうしてよう。



シルはそうして目の前の空を見つめたのちに目を閉じるのだった。


































ザリ…





ザリ…





ザリ…













不意に周囲に響いた土を踏み鳴らす音。




対して大きくはない音だったが、シルの耳にはよく聞こえた。




目を開け、音のした方向に顔を向けると、灰で視界が悪いところに人影が見えた。




その人影は近づくにつれ鮮明になっていき、誰か判別できる頃にはすでにその人物はシルの目の前だった。



「.....生きてたんだ。」




「あたりめぇだ。防御が間に合わなかったらちと危なかったがな」




煤に塗れたグレイルが横たわるシルを見下ろしていた。



グレイルは背中の大剣を抜くと、シルに突きつける。




「俺にこんな攻撃を喰らわせたお前に敬意を表し、俺の手で葬ってやろう。」



「...できればそっとしてもらえると助かるんだけど」



「それは無理な相談だな。」



グレイルはニカっと笑うと大剣を大きく振り上げた。




「名前を覚えておいてやるよ。お前の名は?」



「偉そうだなぁ...シルだよ」



シルが名乗るとグレイルはそうか、というと



「じゃあな、シル。」




そういうとグレイルは大剣を振り下ろし、シルはこの世界を退場して行ったのだった。







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