第21話稽古という名の現実PvP





自宅内の武道場に移動した渚たち一行。



マンション内に武道場があるというのは一般的にはあり得ないらしい。しかもマンションの住民の共用スペースというわけではなく、久里山家のフロアのみである。



生まれた時から家の中に武道場があることが当たり前の渚はそれがよくわからない。



「ここは相変わらずねぇ。最近使ってる?」



動きやすいように道着に着替えた亜紀がそう問いかけると、同じく道着に着替えた渚はしばし考える。



「稽古は相手がいないから道場に行ってたけど、筋トレはしてたよ。」



いざというときに動けないと困るので、毎日筋トレとランニングは欠かさないようにしている。



そんなハードな筋トレを毎日してるのにも関わらず、筋肉は生成される様子を見せない。


相変わらず渚の腹部はほっそりとしており、スレンダーな体型を維持している。




そんな渚の言葉を聞いた亜紀はニヤリと笑う。


「ほー、その体型はそんなトレーニングの賜物なわけだ。」


「そゆこと」



渚が訓練用の武器が保管されているところの扉を開けると、中には様々な大きさの木剣や竹刀、籠手、槍、薙刀が丁寧にしまわれている。



ちなみに薙刀と槍も木製であり、突き刺さることはない。



「お姉ちゃんは何使う?僕はとりあえず竹刀を使うけど。」


渚がそう言って竹刀を手に取ると、亜紀は少し考えたのちに



「そうだなぁ、じゃあ薙刀でも使おうかな」



そう言って薙刀を手に取った。



「「やっぱり現実は違うなぁ」」



お互いに呟いた言葉は達也たち観客陣にのみ聞こえていたようだ。少々顔を引き攣らせている。





そうして渚と亜紀は正面に向かい合う。



「とりあえず5分一本勝負ね。勝ちは有効打1回。」


「わかった。今日は負けないよ。」



渚と亜紀はお辞儀をすると渚は竹刀を、亜紀は薙刀を構えた。




「よーい、はじめ!」



紗良の合図と共にお互いに一歩踏み出し、渚と亜紀は同時に手元の武器を袈裟懸けに振り下ろす。



刃が触れた瞬間、甲高い音が鳴り響き周囲に風が巻き起こる。達也と香織はそのまま眺めているが、紗良と皐月は思わず耳を塞いでいた。



「やっぱり初撃は防ぐよね。」



亜紀はそういうと手の中で得物をくるくると回しながら様々な角度から渚へ薙刀を振り下ろし、突き入れる。



渚はそんな亜紀を注視しながら涼しい顔で竹刀で攻撃をいなす。そして渚も積極的に亜紀へ竹刀を振り続ける。




そんな二人は盛大に動き回っている。跳びながら回避し、空中で横向きに振るう。しゃがみながら回避しそのまま回し蹴りを放つ。



二人が通っていた道場は実践的な武道を学ぶ道場のため、二人が武器として現在使用しているものも作法は学んでいる。



しかし、「実戦で作法も何もあるか!」という師匠の考えから、手元の武器がなんであれ、蹴りや拳を使うことにも一切の迷いがない。


剣道や薙刀といったものを習っている人からしたらそれは無作法だと思うだろう。


実際、門下生の中にはそのやり方に難色を示していた者も多く、受け入れられないと辞めていった者も多い。


しかしそんな状況で幼い頃から真面目に稽古をし続けた結果、亜紀と渚は他の門下生との実力が大きく開いた。



今となっては亜紀と渚の相手をできるのは師匠のみとなっている。



この道場はそんなところなのである。




亜紀と渚は横に縦にと動き回りながら打ち合っている間、達也たちはその様子をじっと眺めていた。



「久しぶりに見たけど、二人の動きは本当に人間辞めてるわね。」



香織がそう呟くと皐月がうんうんと頷いている。



「空中で打ち合うとか本当にアニメみたいだよね。人間離れしすぎてて逆に怖い。」


皐月が少々引き攣った顔で激しい攻防を繰り広げる渚たちをみてそう言った。



「私は道場通わなかったからなぁ...こんな動きはできる気がしないよ。」



紗良が少しがっかりしたように言った。




そんな中、達也だけは亜紀の動きを注視していた。




(似ている...?というか全く同じ?)



武器の取り回しといい、足の運び方といい。



何もかもあの人と一緒だ。




達也の脳裏に浮かぶのは、達也が手も足も出ずに敗北した一人のプレイヤー。



全身を黒い衣服に身を包み、身体の2倍もの大きさの刃を持つ大鎌を指先のように操るあのプレイヤーと目の前にいる亜紀の姿が脳裏でピッタリと重なる。





「.....!!!!!!」














「...達也、どうしたの?おーい」



目を見開いて固まっている達也をみて、香織が声をかける。



それでも微動だにしない達也の肩を掴み、ぶんぶん揺らしたところで達也は反応した。



「あ、あぁ...なんでもない....」



(アリエルは亜紀さんだったのか....どおりであんなに強かったわけだ。渚の戦い方が彼女に似ていたのも当たり前だ。兄妹で同じ師匠に教わったんだから。)




達也の胸のモヤモヤが一つ晴れた瞬間だった。









「しばらく相手をしないうちにこんなに実力をつけてたんだね。さすが渚ぁ!」



打ち合いがしばらく続いたところで亜紀が言いながら横薙ぎに薙刀を振るう。




「これでも強くなったと思ったんだけど...ね!」




渚はそういって亜紀の横薙ぎに合わせて竹刀を振るう。



もうすぐ5分経とうとしているのにもかかわらず激しい攻防は続き、お互いに有効打を入れることは叶わず時間が迫る。




「これで最後かな」



亜紀はそう呟くと薙刀を上段に構えた。



こちらを見つめる目にも力が漲り、次で決めようとしていることが伺える。



それをみて渚も竹刀を鞘に収めるように構えた。



抜刀術の構えである。



お互いにタイミングを伺い、二人の周りには葉擦れの音すら許さない静寂で満たされる。





その様子をみていた達也の額には汗が滴り、その雫が地面へと落ちた。




その瞬間、二人の足は地を蹴り、相手に迫る。





渚は抜刀の要領で振り抜き、竹刀は亜紀の首へと迫る。


同時に亜紀の薙刀は振り下ろされ、竹刀と薙刀がぶつかった。



その瞬間、薙刀と竹刀はバキッと音を立てて砕け散り、5分のタイマーが鳴った。






「あぁ、折れちゃったか」





亜紀は柄しか残っていない薙刀を地面に置くとにっこりと笑みを浮かべ、渚の肩をバシバシと叩いた。




「やるじゃん!!ここまでできるとは思わなかったよ!強くなったんだね!!」



「お姉ちゃんは相変わらず強すぎだよ...」




昔から変わらない亜紀の強さ。



姉に勝てる日は来るのだろうかと渚は少々意識が遠くなるようだった。






**********************************************************************************







あれから数日、渚たちは第1回イベントの当日を迎えていた。




身体の痛みは相変わらずだ。というかなんだか増している気がする。






亜紀は一日前に一人暮らしの家に帰っていった。



どうやらどうしても外せない用事があるそうだ。



「終わったらまたすぐにくるよ」

と言ってパタパタと玄関から出て行った。



外せない用事と聞いて達也が頭を押さえていたが、気にしないことにした。





両親も来るまでにはまだ時間がかかるそうだ。




今の時刻は朝の8時、イベントの開始時刻は13時だ。



とりあえず買い物と家事は全て午前中に終わらせる予定でいる。



とりあえず、昨晩夜遅くまでレベル上げをしていた紗良たちを起こさないとね。












「ふわあぁぁぁぁぁぁ....眠い....」



「あんなに夜更かしするからだよ。今日が本番なんだから早く起きて!」




「うーん...」



紗良にしては珍しく、布団にくるまった状態でなかなか出てこない。



しばらく声をかけていたが、一向に起きない紗良は諦めた。



開始時間が迫ったら起きてくるだろう。



達也と香織が起きないのは相変わらずだし、皐月も紗良と同様レベル上げを頑張っていたようだからしばらくは起きて来ないだろう。





とりあえず、朝食のサンドウィッチは冷蔵庫にしまっておく。




洗濯物を干し掃除機をかけ、食料品の買い物を済ませて戻ってきたところで達也たちが起きてきた。



イベントのことで緊張しているのか、全員の口数が非常に少ない。




寝起きで食べ物が喉を通らなそうだったが、渚は冷蔵庫のサンドウィッチを達也たち全員の口に突っ込み、強引に食べさせる。




「ほら、早く食べて!時間ないんだから!」




その後も家事をやり続け、全ての家事が終わったのはお昼を回った頃だった。



朝ご飯のサンドウィッチは昼にも食べられるようにたくさん作っておいたので、昼食の心配はしなくても良い。



ささっと昼食を済ませて渚は自室から『Liberal Online』へログインした。









目を開けるとそこはいつもの噴水。しかしイベント直前だからかプレイヤーはいつもより多い。



とりあえず、ロイたちを探さなきゃ。




人をかき分けて歩いているといつもの背中が見えてきた。




「お待たせー!」



ナギが声をかけると、そこには新品の装備に身を包んだロイたちの姿が。



ロイは銀色の鎧にマント、背中に剣を背負っている。


フレイヤは腕の裾が大きく広がった動きやすそうな紅白の袴に漆黒の鞘に入った刀を装備している。



シルは緑色のローブに茶色の三角帽子、そして魔法用の大きな杖を持っている。



紗良は首元に灰色のスカーフを巻き、忍者のような格好をしている。



「これで全員揃ったな。」



「10位以内目指して頑張ろう!!」



達也と香織の言葉の後に周辺には声が鳴り響く。







『さぁ!お待たせしました!只今よりぃ!第1回イベント、バトルロイヤルを開始します!わたしはこの『Liberal Onkine』のマスコットキャラクター[パパラ]だよ!よろしくね!


バトルロイヤルのルールは簡単!制限時間内により多くのプレイヤーを倒したプレイヤーの勝利です!上位10人には特別報酬があるのでお楽しみに!今からフィールドへ転送されるのでお気をつけて!』




その声を聞いた後に、参加プレイヤーたちが次々と対戦フィールドへ転送されていく。



全員の転送が完了すると、パパラが喋り出した。




『それでは開始します!カウントダウン!』



観客席にいるプレイヤー全員で同時に唱える。



5!


4!


3!


2!


1!



『START!!!!!健闘を祈ります!!』






こうして第1回イベントが開始された。




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