第3話 彷徨3

 彼は一瞬頭上は天井が崩落したのかと思った。だが違った。目の前に現れていたのは、背が高く頑健な大男だった。その大男は精悍な顔つきで、満面の笑みをたたえている。

「よお。」

 大男はさわやかにあいさつした。木村は先ほど大男が現れた衝撃で、地面に倒れ伏していた。

「なんで床の上で寝てるんだ?俺様がきてやったんだ。起きろよ。」

 木村は心の中で舌打ちした。倒れたままにしておく姿を見て喜んでいるくせに。木村にはこの感覚に覚えがあった。大男自体は知らないが、この男に似たような存在は知っている。

「何か用か?」

 木村はまだ衝撃で起き上がれず、座ったまま答えた。

「『何か用か?』じゃねえよ。さんざん警告してやったのに俺様を無視しやがって。無視していいと思ってたのか?ああ?」

 木村は別に無視しようと思って無視をしたわけではなかった。ただ、彼は身動きが取れなかった上に、その他の課題が連続して押し寄せてしまったために、彼への対処が遅れてしまったのだ。

「悪かった。」

 木村はぼそぼそと答えた。

「ふん。今更謝っても遅いよ。」

「何?」

 大男は暗く微笑みながら続けた。

「もう遅いって言ったんだ。お前の荷車の車軸を潰してやったよ。」

「なんだって?」

 大男が言った荷車とは、彼が旅の移動で使っているもののことだ。この白い神殿までも荷車で来ていたし、あれが無いとほとんど移動できないといってよかった。

「なんてことを……。」

「ははははははは。だから俺様を無視すんなって言ってんだ、ばかが。」

 そう言うと、彼はつむじ風とともに去っていった。

 大男が去ると、木村は一人残されていた。まだ神殿のような空間は雑然としており先生の課題も残ってはいたが、いったん外に出てみることにした。

 大男が言い放った通り、彼の持っていた荷車の車軸は曲がっていた。これでは遠出することも、速く移動することもできそうになかった。

 木村は神殿に戻ると考え始めた。

 先生に言われた課題はまだ多く残っているが、この荷車の件も放っては置けなかった。しばらくはゆっくりと移動するしかないだろう。また遠方への移動もしない方がよい。移動するとすれば、光急を使うしかないだろう。光急は人間が運営している移動手段で、金はかかり、時間の制限があったが速度が速く、便利ではあった。

 荷車の修理は、彼にはどうすることもできなかった。人のいる街に降りていくしかないだろう。

「どうしましたか?」

 気づかないうちに、一人の女が後ろに立っていた。能面のような仮面をつけた女である。名前を小唄といった。

「いや。せっかく迷宮に来たのに、たどり着いたそばから嵐にあったような感じだ。」

 木村は愚痴っぽく言った。彼は小唄に対しては、何の遠慮もなく話をすることができた。

「そうですか。仕方ありませんね。嵐は突然に来るもの。誰にも予測はできませんから。」

「いや。今回の嵐は俺が呼んだようなもんなんだ。半分は、俺に責任がある。」

「そうなのですか?」

 小唄は表情のわからない、仮面の下からつぶやいた。

「ああ。この数か月身動きが取れなかったうえに、家檀の対応があってね。まいっていたこともあって、警告を無視してしまったんだよ。」

 家檀とは、彼に係りのある人間たちのことであった。それはある一定の時期になると、礼祭を行うという習慣があった。その対応に追われいたのだ。

「同時にこなすことができていたら、あいつを怒らせて、荷車を壊されることもなかったのかもしれない。」

「今言っても仕方ありません。今できることをしましょう。」

「そうだな。」

 小唄の言っていることは正しく、彼は悄然とうなずくしかなかった。彼はいつも追い込まれてしまう自分を不甲斐なく思っていた。なぜ自分はこうも追い込まれてしまうのだろう。

「それで先生は?」

 小唄はあたりを見回していった。木村もつられて周囲を見回す。

「出てこない。ということは、課題は継続ということだ。」

「そのようですね。」

「でもここに閉じ込められているというわけではないようだ。人里まで降りなければならないが、荷車を直す手筈を整えるよ。」

 小唄がうなずいたかのように見えたその時、入り口に新たな人影が現れていた。




 














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