第3話 決意
前世の記憶とでもいうの…?
わたくし、おかしくなってしまったの?
幻覚や、嘘であってほしい。
だって、そうでなければアルフィード様が、わたくしの大切な人たちが
死んでしまう
ユリアはあれから一週間近く寝込んでしまっていた。
父や母、婚約者のアルフィードは勿論のこと、屋敷の使用人にも慕われていたユリアを心配する声はいつも扉の向こうから聞こえていた。しかしユリアはどうしても一人にしてほしかった。こんなに幼い少女が死にかけてしまうような事故に遭ったのだ、それも当然だろうと皆思っていた。…が、ユリアを苛んでいたのはまた違う問題だった。
おそらくきっと夢だ、何気なく読んだ本の記憶が適当に混ざってしまったのだろう、そう思い込もうとしても詳細な記憶が蘇ってくる。ユリアが知らなかったようなこの国の出来事やいったことのない他国の景色、情勢…この一週間の間にユリアは一縷の望みをかけて調べ尽くした。全ては自分の思い込みで、池に落ちた衝撃で頭がおかしくなってしまったのだ…だからきっと、すべてがでたらめだ。
(全部…全部本当のことだったなんて!!)
結果、ユリアの期待とは裏腹に、調べ上げたすべてがそれを裏付けてしまった。【戦乙女の涙】という名前の本は見つからなかったが、ユリアの頭はぐちゃぐちゃだった。知らないはずなのに、知っている。未来のことなのに、まるで見てきたかのように予測できてしまう。そして、会ったはずもない人たちの顔が浮かぶ。
(…やっぱり、そうだわ)
自分以外にもう一つの自分の記憶があるような感覚。知らないはずの世界。知らない景色と家族らしき人々、使ったことのない道具。そして、鮮明に思い浮かぶ見目美しい男女、この国の歴史とおそらく未来。
(わたし…わたくしは、一度死んでしまったのね)
普通ならばありえないことだったが、実際にユリアは体験している。ということは、ありえてしまうのだろう。なぜ自分なのかと考えても仕方がない。果たして、池に落ちるまでの自分はこんなに達観していただろうか。
「ふふ、一週間前のわたくしに教えて差し上げたいですわ」
池に落ちる前までのことははっきりと覚えている。が、もうそのようにふるまうのは無理だろうとユリアは感じていた。体を置いて心だけが大人になってしまったような、不思議な感覚だった。
「はぁ…わたくし、アルフィード様と幸せになるつもりでしたのに」
おとぎ話のを締めくくるお決まりの一言。
【そうして、王子様とお姫様は幸せに暮らしました】
全て思い出してしまった以上、自分がそこに当てはまらないことはわかっていた。
アルフィードは元の世界で言う【攻略対象】…つまり、ヒロインと結ばれる可能性があるということ。そして【戦乙女の涙】ではアルフィードが登場した時にはすでに婚約者である私とは婚約解消していたのだ。それもそこそこショックだが、もう一つ最大の頭痛の種が残っていた。それを認めたくない、嘘だと信じたい。
でももう、退路は断たれてしまった。
「なんでよりにもよってみんな死んでしまうの…?」
アルフィードは勿論、これから出会うすべての人々。時に認め合い、高めあい、信じあった者たちの悲惨な未来。自分に何ができるかなど、ユリアにはわからない。全く役に立たない可能性のほうがきっと大きいだろう。
「…でも、何もしないよりは、ましよね」
やらずに後悔するよりはやって後悔したほうが、きっと寝覚めはいいだろう。それに、一度死に、さらについこの前にも死にかけた。そんな自分だからこそ、踏み出せる一歩だってあるはず。
ユリアの目は、もう恐怖に怯えた色はしていなかった。
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