第2話 【戦乙女の涙】
私は昔から恋愛ゲームが大好きだった。現実での恋愛経験がなかったわけではなかったが、やはり物語のようなスリルやときめきはそう簡単には転がってなどいなかった。それは私が物語のお姫様のような特別な存在ではないからだろう。
だからこそ、そういう感情を手ごろに味わえ、かつ臨場感のある恋愛ゲームに没頭していった。特に気に入っていたのが【戦乙女の涙】というゲームだった。キャラクターはもちろん全員大好きだったし、ヒロインも健気で勇敢で常に選択肢に好感が持てた。その中でも特筆すべき点はそのタイトル通りこのゲームは「恋愛」だけではなく「戦争」をコンセプトに取り入れていたところ。
ファンタジー学園モノが前半、そして後半は好感度を上げたキャラクターと共に戦争へ身を投じる、といった一風変わった構成だった。ストーリーにメリハリがあり、また剣術や魔術などのステータス育成などもてんこ盛りの神ゲー。
そう、ストーリーも育成パートもキャラクターも文句なし…なのだが。ただ一つ、このゲームの難点があった。
(ヒロインと結ばれたキャラ以外はみんな死んでしまうのよね…)
そうである。なんと結ばれた二人以外は必ず無惨な死を迎えてしまうのだ。仲間に裏切られたり、自ら命を絶ったり…とにかく悲惨なのである。これでは結ばれた二人も素直に幸せになれない。逆にヒロインが誰とも結ばれないと、どうあがいても全員(もちろんヒロインも)死んでしまう。なんという地獄。私を含め、箱推しオタクはもれなく死んでしまう悪魔の構成。
(って、あれ?わたくし、今何を…?)
聞いたこともないはずの物語の名前。心当たりのない記憶。知らない単語。
(げえむ?キャラクター?いったい、なんのことかしら…、でもなんだかすっごく、懐かしい…)
そういえばわたくしは、池に落ちてしまったような…?
「…リア!」
「ユリア!!!!」
「っ、はい!」
大きな呼び声で今までの霞んだ思考がたたき起こされるような感覚を感じ、ユリアは思わず飛び起きた。今まで生きてきた中で、大きな声で怒鳴られたことのなかったユリアは目をぱちくりさせてあたりを見渡した。
「ユリア、よかった、目が覚めた!」
「あれ、ここは……わたくしの、お部屋?」
目の前にはユリアの手を強く握る父の姿があった。ところどころ白髪交じりの黒い髪に、黒縁の眼鏡。そしてあたりを見渡せば、そこは見慣れた壁と家具、ユリアのお気に入りのぬいぐるみたち…間違いなくここはユリアの部屋だった。
目元を赤くしたユリアの父親、ジェイド・シュヴァルツは今にも泣いてしまいそうな表情でユリアに笑いかけた。
「よかった…本当によかった…」
「おとうさま…」
「アルフィード殿下が魔法で引き揚げてくださったんだ。今は応接室にお通しているよ…本当に、もう二度と起きないかと思ったよ、ユリア」
「ごめんなさい、心配をかけて…」
「まったくだ」
そう言う父の表情は穏やかだった。ユリアが目覚めるまで、ジェイドの様子はそれはもう酷い有様だった。唯一の娘を失いかけたのだ、それも当然の反応だろう。
「おとうさま、わたくしアルフィード様にお礼を言いたいです」
「ああ、そうしなさい。ただ…そうだな、殿下には悪いがお前の体調のこともある。後日また日を改めていただけるか相談しよう」
「わかりました」
ユリアの頭をなで、ジェイドは満足そうに立ち上がる。そこで、ユリアは今まで父が膝をついて手を握ってくれていたのだと気づいた。自分のことをどれだけ心配してくれたのかが伝わってくる。
ジェイドが扉に手をかけた瞬間、一人の少年がユリアの部屋に転がり込んできた。
「ユリア!」
「アルフィード殿下!」
「あ…」
ジェイドが止める間もなく、アルフィードがユリアのもとへ駆け寄ってくる。父と同じように膝をつき、ユリアの手を取り心配そうな瞳で覗き込んだ。
「ごめんねユリア、僕がついていながら、怖い思いをさせてしまった…」
切れ長の黄金の瞳と絹のような髪、透き通るような肌、優しい声そしてアルフィード…【戦乙女の涙】の、アルフィード・フリージア。
「きゃあああああああ!!!!」
「「!?」」
ユリアの頭の中で何かが大きくはじけたようだった。戸惑う二人に構うことなく、ユリアは悲鳴を上げた。
(なんで、どうして…!?私、わたくし…、あ、アルフィード…!)
頭の中に大量に情報が流れ込んでくる。名前も知らぬ少女や青年の笑顔、泣き顔、そして…戦争で命を落とす不遇な運命…情報が渦となり、幼い少女の頭をかき乱す。
「ユリア!?しっかりするんだユリア…!」
父親の声も虚しく、突如襲ってきた情報量に耐え切れず、ユリアはそのまま意識を手放してしまった。
(まさか、そんな、嘘よね…?お願い神様、嘘といって…!)
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