番外編②-12 – SHADOW

「ふぅ……」


 愛香はVRヘッドギアを外して机に置き、息を吐いて肩の力を抜く。丁度その部屋に玲奈が入室し、手に持ったペットボトルの飲料水を手渡す。愛香は「ありがとう」と小さく礼を告げた後に蓋を開けて喉を潤す。


「どう?」


 玲奈は愛香の隣の座席に腰掛け、愛香の方を向きながら尋ねる。


「今は第3地区〜第5地区の学校機関を見てるけど、該当する超能力者は見当たらないわね」


 愛香は両手を上に伸ばしながら玲奈に告げる。

 合同捜査会議が行われた7月25日から約3週間が経った8月17日現在、愛香と玲奈は藤村からの指示で各地区の教育機関(2人は高校に絞って第1地区〜第5地区を調べるグループに割り振られている)をしらみ潰しに調べて『血液が必要な身体刺激型超能力者』をピックアップしている。

 通常、登録された超能力者の個人情報を開示することは不可能である。しかし、不協の十二音に関する捜査であることから超能力者管理委員会も譲歩し、超能力の詳細ではないものの、『血液が必要な身体刺激型超能力者』という限定的な情報の提供をしている。


「さすがに厳しいわよね」


 玲奈も溜め息をつきながら愛香に同意する。


「身体刺激型超能力者の場合、政府への届け出をやってない人、結構いるものね。基本的に身体能力を底上げするだけの超能力だからいちいち報告するのが面倒って言って」


 現在、日本では出生と同時に超能力者であるか非超能力者であるかの届出を義務化している。そして後天的にサイクスが発生した場合も政府に届け出ることも義務化されている。

 一方で固有の超能力の場合、その超能力の概要をプライバシーの観点から政府に知らせる義務はない。しかし、政府側も近年、増加する超能力者による凶悪犯罪の対策としてなるべく固有の超能力を届け出ることを推奨しており、もし協力すれば個人に対して給付金を支給する仕組みを構築している。

 この政府の呼びかけは国民全体に行き渡っているとは言い難い。また、手続きに時間がかかることから届出の割合は高いとは言えず、今後の課題として議題によく上っている。


 愛香と玲奈は同時にVRヘッドギアを装着し、同じ仮想空間内に入り込む。


「これが届け出をしていない身体刺激型超能力者のリストよ。教育機関に限定しているとはいえ、絞り込むのは至難の技。それでも届け出をしている人は結構いるからまだマシだけどね」


 愛香は政府に固有の超能力を届け出していない身体刺激型超能力者の教師をリスト化し、仮想空間内に映し出してスライドさせながら玲奈に告げる。


「さすがに骨が折れるわね。DEEDの残党、課長の見立て通りならそろそろ捕らえにかかるんだっけ? そこで新たな手がかりが掴めないと別の方法を考えないといけなくなるわね」

「そうね」


 そう言い残して2人はVRヘッドギアを外して愛香が作ったリストをデータ化する間に休憩に入った。


#####


 合同捜査本部はあえてすぐにDEEDの残党を捕らえずに泳がせ続け、D–1、D–2、本部周辺地域の住人への注意喚起を入念に行うこと、そしてDEED側が十二音と連絡を取ることを試みる瞬間を待っていた。


「DEEDの本部、課長の読み通り昨夜に忽然と姿を消したそうです」


 1人の捜査官の知らせを聞いて藤村は「おう、ご苦労さん」と告げ、隣に立っている瀧の方を向いてニヤリと笑いながら「ほらな?」と告げる。


SHADOWシャドウの超能力ですかね?」

「だろうな。奴らの所有するD–1、D–2、そして本部の3棟。とっとと残党狩りしても良かったんだが、奴らも簡単には捕まりたくないはずだ。横手の証言ではどちらかと言うとGOLEMゴーレムの方が冷静さを欠いてたみたいだからな。SHADOWシャドウに協力を求めるんじゃないかって思ってたのさ。ま、連絡手段が無い場合のために期限は定めてたんだけどな」


 瀧はマップに表示されているD–1、D–2、DEED本部の位置を見ながら尋ねる。


「本部だけを影で消したみたいですね。確かDEEDの中心人物で残っているのは許斐このみ。そいつが本部で残りは囮って考えるのが自然ですかね」

「あぁ。もしくは俺らを誘ってるかだ。まぁその答えは直に分かるぜ。既に徳田がD–1に入り込んでる」


––––ピピッ


 その時、藤村の携帯の通知音が短くなる。


「お、噂をすればだな」


 藤村は携帯を手に取ってメッセージを確認する。


––––徳田: D–1、D–2の制圧完了。許斐と思しき人物の姿は見当たらず


 藤村は花からのメッセージを見てフッと笑い、「了解、そのまま待機」というメッセージを送信し、サイクスを纏いながら瀧に合図を送る。


「よし、俺たちも第2地区へ向かうぞ」

「了解」


#####


「さ、皆んなご苦労様。課長からは待機命令よ」


 花はD–1、続いてD–2の制圧を完了して藤村のメッセージを確認した後に他の捜査官たちに指示する。


(私はできることからやっていこうかしらね……)


 花は捕らえた8名のDEED構成員を横目で見ながら近付く。


「さてと、あなたたち、DEEDの残りの上の連中、許斐の居場所を吐く気はないかしら?」

「吐くはずねーだろ、クソが」


 花はその悪態に対して意に介さず話を続ける。


「囮に使われて可哀想に。捨て駒だっていう自覚ある?」


 花のその冷たい一言にも捕らえられた者たちは臆せず言葉を告げる。


「俺たちはそれも役割の1つなんだよ。それにこっちにはSHADOWシャドウがいる。奴がお前らなんか消してくれる」

「他人に頼ってみっともないと思わないの?」

「余計なお世話だ、くそアマが」


––––ズズズ……


 瞬間、花は背後の不気味なサイクスに気付き、振り返りながら後ろへ距離を取る。


「!?」


 花の背後には音もなく影に貫かれて戦闘不能にされた捜査官が横たわり、影が花に襲いかかる。


「へぇ。よく反応したね」


 花の眼前に立ちはだかるは不協の十二音 、第12音・SHADOWシャドウ


SHADOWシャドウ、そのままその女を殺っちまえ」


 SHADOWシャドウは無表情のまま捕えられた8名の喉元に向け影を伸ばしてそのまま貫き、死に至らしめる。


「君たちに用は無いよ」


 花はその隙に拳銃を発砲し、オフィスデスクの陰に隠れる。SHADOWシャドウは放たれた弾丸の方を見向きもせずに影がそれを防いで弾き飛ばす。


「お姉さん、結構強そうだね。先に殺しちゃうね」


––––ズズ……


 花の机の影が動き、花の喉元に向かって伸びる。


(しまっ……!)


 花は何とか反応してそれを躱したものの、その影は左肩を貫き負傷する。


(物質の影を操作して攻撃を仕掛けるのか……!ただ、自分以外の人間の影は操作できないみたいね)


 花が態勢を整えようとした瞬間、違和感に気付く。


(動けない……!?)


 花が攻撃を躱している間にSHADOWシャドウの影が花の影に接続され、花は動きを止められる。


「終わりだね」


––––チャキッ


「お前がな」

「!!」


 SHADOWシャドウの後頭部に超能力で生成されたハンドガン・〝八方美人トランスフォーマー〟を突き付けた藤村洸哉が立つ。


––––ドンッ


 藤村は引き金を引き、SHADOWシャドウの頭部に向けてサイクスのエネルギー弾を放った。




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