第108話 - 挑発

「失敬だなぁ。盛大に、派手にお出迎えしたのに」


 JOKERジョーカーは両手を広げながら仁に話しかける。

 那由他ビルの屋上には鹿鳴組34代目組長・鹿鳴那由他の死体を初め、鹿鳴組59名の死体が横たわっている。彼らの血が整備されたコンクリートを赤黒く染め上げる。足場はほぼ血で埋めつくされて、白色のコンクリートはところどころ剥き出しになっているだけである。そのため、歩を進めるたびにネチャッと気持ちの悪い音が身体の芯に響く。

 JOKERジョーカーはその音を楽しそうに鳴らして愉快に踊る。それとは対照的に仁は不快そうにその様子を睨みつける。鈴村は革靴に血が付くことを忌々しそうにしながらじっとJOKERジョーカーPUPPETEERパペッティアを警戒し、柳は腕を組んで微動だにしない。


「そこらに転がっとるのは社会のクズ共に間違いはないが……。少々やり過ぎじゃな。不愉快極まりない」


 その言葉を聞いてJOKERジョーカーはクククと声に出して笑い、PUPPETEERパペッティアは頷きながら話す。


「そうだよ、JOKERジョーカー。身体の部品パーツバラバラにしちゃってさーぁ」

「え〜、キミあっち側なの? キミの場合、ありがたいでしょう? 使える玩具増えてるんだからさぁ」

JESTERジェスターは良いさ。俺の場合は欠陥品だと扱い難いんだよ。できれば何人か生かしてて欲しかったんだけど」

「アハハ。確かに」


 JOKERジョーカーPUPPETEERパペッティアまるで2人しかその場にいないかのように楽しそうに会話を繰り広げる。その隙に鈴村は地面に手を触れて〝点検者インスペクター〟を発動し、那由他ビルの構造を読み取りつつ、ビル内の状況を把握する。


(……このビル内の生き残りは0ゼロか。女、子供も全員を殺している……。血も涙も無い奴らめ)


 鈴村は頭の中でJOKERジョーカーPUPPETEERパペッティアを毒づく。


「そろそろワシらの相手もしてくれんかのぉ」


 仁はゆっくりと2人に声をかける。


「あぁ〜、ゴメン、ゴメン。お爺ちゃんでしょ? ボクの〝第六感シックス〟の邪魔してたの。下手に彼女の気を引きたくなかったから引き下がってあげてたのにわざわざ来るだなんて……」


 JOKERジョーカーは少し間を置いて軽く息を吸い、サイクスに若干の敵意を込めて言葉を続ける。


「死にたいの?」


 JOKERジョーカーがサイクスに込めた殺意は本人にとってほんの僅かなものであったが、その激しい自然科学型サイクスは鈴村と柳を一瞬にして警戒態勢に移行させるのに十分なものとなった。


(へぇ……)


 一方で、JOKERジョーカーのサイクスを目の当たりにしても顔色一つ変えずに動じない仁にPUPPETEERパペッティアは感心する。


「ワシは吉塚仁という者じゃが……」


 仁は周囲の惨状を一通り見渡した後にJOKERジョーカーPUPEETEERパペッティアを真っ直ぐに見据えて静かにサイクスを発する。そのサイクスはJOKERジョーカーの激しさと禍々まがまがしさを孕んだ自然科学型サイクスとは違い、真夜中の閑散とした樹海を思わせるほどに静かで滑らかに流れ、そのまま能古島の美しい自然に溶け込んでいく。


「ワシのォ……4年前に娘夫婦を亡くしたんじゃ。そしてお主の言う〝彼女〟とは十中八九みずのことじゃろ? 可愛い孫まで亡くすわけにはいかんのじゃよ」


 仁のサイクスはそのまま静かに広がり、やがてJOKERジョーカーのサイクスと衝突する。明らかに質の違う2つの自然科学型サイクスが共鳴し、お互いの力量を確かめ合う。仁は表情を崩さないまま静かにJOKERジョーカーを見つめ、JOKERジョーカーは興奮を隠しきれない様子でゾクゾクッと身体を震わせる。


「なるほど、なるほど。瑞希ちゃんのお祖父ちゃんか」


 その言葉を聞いて仁は腑に落ちない表情を浮かべてJOKERジョーカーに尋ねる。


「コンテナターミナルにおった仮面の若い女子おなごもお主らの仲間じゃろ? 情報共有適当じゃの」


 笑いながらJOKERジョーカーが返答する。


「ククク、自由行動がモットーなんだよね、ボクたち」

「その通り」


 PUPPETEERパペッティアの周りに黒いサイクスのドームが広がり、黒い渦の中からJESTERジェスターが現れて会話に加わる。


「あっ! あのお爺ちゃん、瑞希ちゃんのお祖父ちゃんよ」

「知ってる」


 JESTERジェスターは自分たちを静観している仁、鈴村、柳の3人に向かって右手を挙げて「やっほー」と旧友に再会したかのように馴れ馴れしく挨拶をする。


「ねぇ、仁さん」


 JOKERジョーカーは仁に向かって話しかける。


「ボクらがやってること、仁さんにとっても悪い話じゃあないんだよ?」


 JOKERジョーカーは仁が無言でいることに静かな笑いを漏らしながら言葉を続ける。


「その亡くした娘さんとまた会えるかもしれないんだよ?」


 仁の眉間にしわが寄ったのを愉快に見ながらJOKERジョーカーは続ける。


「キミら家族全員がサイクスをなるべく使わないようにしていたり、姉妹だけになった時に側にいてあげなかったりしたのも全部警戒していたんだろう? 彼女たちの中にあるであろうサイクスが共鳴しないように」


 仁はJOKERジョーカーの言葉を聞いてゆっくりと目を閉じて何かを考え始める。柳と鈴村は相対あいたいするJOKERジョーカーJESTERジェスターPUPPETEERパペッティアの3人が隙を突いて攻撃を仕掛けてくることを警戒して目を離さないようにじっと見つめる。その様子に気付いたJOKERジョーカーは笑顔で手を振りながら自分たちにその意思が無いことを表明する。


 仁は目を開いて目線を下からゆっくりと上げ、JOKERジョーカーを見る。


「その話を知っている者はごく僅かなはずなんじゃがなぁ……。まぁ良い。それよりも……」


 仁は一度言葉を切って語気を強めて尋ねる。


「その場合、みずはどうなる?」


 その問いに対して JOKERジョーカーは少しだけ笑い、挑発に満ちた声色で仁に告げる。


「一度で二度おいしい的な?」

「下衆が」


 仁はそこで初めて自身のサイクスに明確な敵意を込める。その瞬間、周囲の木々がザワめき立ち、野生動物がその異様さを察知して一斉に走り出す。JOKERジョーカーはそれを見て興奮した様子でサイクスを放出する。歯を剥き出しにした、その不気味に満ちたマスクは緑色のサイクスと相まって怪しく輝いた。




 

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