第85話 - 乖離

 花は車をパーキングエリアに駐車させる。大きな道路を隔てた反対側には百道コンテナターミナルが広がる。エントランスゲートの前に1台のコンテナトラックが停車して窓からIDカードを設置されている機械にかざしている。その後、自動でゲートが開き、コンテナトラックは施設内へと入場してそのままゲートハウスへと向かった。 

 ゲートハウスでは、コンテナ貨物の受付場所でコンテナのダメージ状態のチェック、コンテナナンバーの照合、コンテナの重量測定、コンテナ貨物の受け渡しに必要な書類の確認などが行われる。従業員がやり取りをしながら消えていく様子を花は眺めている。


(一見、通常業務が行われているようにしか見えないわね)


 それでも花にはここが近藤組の拠点であるという確信がある。付近に到着した時点で瑞希が眼帯男の残留サイクスを視認しているからである。


「普通に見えますね」


 少し照れた様子の和人が車から出てきて花に声をかける。花は車内に目をやるとその理由を知った。車内では後頭部座席が後ろにスライドされ、そのスペースに向けて助手席の背もたれを倒してヘッドレストを外して接続、ベッド型に変形されている。

 瑞希は、上に羽織っている薄いピンク色のジャージを脱いでビキニを露わにしている。そして、そのままうつ伏せの状態で綾子に〝女子の秘密の努力ビューティー・メンテ〟のマッサージを受けている。それによって疲労を取りつつサイクスの流れを改善しているのだ。


「えぇ。まぁ場所の特性も考えて表立って行動しているとは思えないけどね」


 コンテナターミナルは『保税地域』に指定される特別地域だ。外国から運ばれてきてまだ国内の貨物として許可されていないものや、これから外国へと運ばれる貨物が蔵置ぞうちされており、一般人の立ち入りは禁止されている。 

 花は既に藤村を通して国に要請し、百道コンテナターミナルのエントランスゲートを突破するための特別コードの作成を申請、そのデータを待っている。その際、従業員が近藤組から懐柔されている可能性を考慮して百道コンテナターミナルにこの情報が漏れないように依頼している。

 3台の普通車が同じパーキングエリアに駐車し、中から3名の超能力者と3名の非超能力者の計6名の私服警察官が現れる。


「九州最大の都市である福岡であってもこの程度のサイクスしか持たない超能力者か……。各地域の超能力者の実力に乖離があるという管理委員会や内務省の意見はもっともね。増加する超能力犯罪に対して、こちらの力が釣り合わなさ過ぎる」


 到着した警察官のサイクスを観察した花は現状の厳しさに辟易へきえきしてしまう。


––––不協の十二音含め、それ以外にも何かしらの力が働いているかもしれん


 藤村が依然口にしていた言葉が花の脳裏をよぎる。端を発したのはやはり4年前の不協の十二音技によるサイクス第一研究所襲撃そして……


(月島夫妻惨殺事件か……)


 瑞希がジャージを羽織りながら車から出てこちらへ向かってくる様子を見ながら花は思考する。


(全く足取りの掴めない松下隆志という人物。他人に超能力を付与すると推測されるその力が全国的に影響を及ぼしている? そんなこと1人で可能? やはり奴も不協の十二音のメンバーの1人?)


 瑞希はエントランスゲートを眺めながら花たちに話しかける。


「間違いないです。眼帯の人の残留サイクスがある。それに浜辺で襲撃してきた人のものも」

「ここで間違いないわね」


 花は瑞希に返答する。


(今は余計なことを考えている時じゃない。まずは豊島さんと長野さんの救出が最優先)


 花はもう一度福岡県警の捜査官たちに目をやる。


(本当は西条さんと共に瑞希もここで待機させたいところだけど……。この様子だと瑞希に頼らざるを得ない。今の時点で3人の超能力者が和人と瑞希の実力に遠く及ばない)


 花は愛香の顔を思い浮かべながら深く溜め息をついた後に、「ごめん」と誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟くと、藤村からのデータ受信を確認して話し始める。


「エントランスゲートは完全に機械化されている。たった今、受信したこのデータコードで侵入は可能よ」


 花はそう言うと瑞希、和人、そして6人の警察官にコードを送信する。


「西条さんと非超能力捜査官、今野こんのさんはここで待機。今野捜査官は県警との連絡を取りつつ西条さんの安全を確保すること」


 指示された今野が頷く。花は残りのメンバーの方を向いて情報を共有する。


「県警からの情報によると近藤組の主力はリーダーの近藤勇樹、眼帯の中本秋人、そして皆藤勝。その内、皆藤は既に私が処理し、逮捕済みよ。中本はインテリ系の役割を担っている。油断は禁物だけど、現時点で最も危険な超能力を有しているのは近藤のみね。これまで固有の超能力は謎とされていたけど、瑞希たちの情報や潜入の際に得た情報で大体把握できている」


 花は一度間を置く。少し咳払いをして気を引き締めると再び話を始める。


「1台ダミーのコンテナトラックを用意しているからそれで侵入後する。瑞希、金本、町田は私と共にコンテナ奥に進んで敵勢力を制圧しながら潜伏する。対して和人、田川、岸、井尻はまず管理棟を目指して一般の従業員ごと制圧することをお願い。その後は和人と田川もコンテナ群へ。井尻と岸は残って監視カメラから私たちに状況報告をすること」


 瑞希が生成したイヤホン5つを花、和人、超能力者である田川、町田、井尻に配り自身のサイクスを込めるように指示する。


––––〝空想世界イマジン


 志乃と別れる際に複製コピーした〝空想世界イマジン〟を発動し、連携を容易にした。瑞希は仕組みを一通り説明した後に告げる。


「これで監視カメラの死角も潜伏組は情報共有が可能です」


 全員が準備をしている間に花が瑞希の側に寄る。瑞希の肩に手を添えながら少しだけ心配そうな表情を浮かべながら話しかける。


「西条さんの超能力はサイクスを回復させるものじゃないわね? 身体的疲労の回復とサイクスの流れをスムーズにするってところかしら」


 瑞希は黙って頷く。瑞希の表情から花がこれから尋ねる内容を予想できている様子だ。


「サイクスの残量は?」


 瑞希はポケットからp-Phoneを取り出して花に見せる。そこには「35」という数字が書かれている。


「〝宝探しハイライト〟も発動と解除を繰り返しながら戦闘してたものね。それと……」


 花は〝あなたと私の秘密シークレット・フェイス〟の説明をする。そして変声機を渡しながら「上手く使いなさい」と告げる。


「〝書き写すものトランスクライバー〟の使用で残りサイクスは30ね。なるべく消費を抑えつつやるのよ。〝アウター・サイクス〟を意識しなさい。もし自分のサイクスが切れそうになったら迷わずp-Phoneを解除して未使用分を戻すこと。使い切って3時間サイクスが使えなくなるよりマシよ」


 瑞希は「了解」と答えて集中し始める。


––––ズキッ


 瑞希は軽い頭痛を感じていたもののその原因を身体疲労と結論付けていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る