第70話 - 暴発

「ここだよ」


 瑞希は5人を案内する。人気ひとけの少ない砂浜に一行は辿り着く。近くには岩場もあり、まるで人工的な手が加えられた彫刻作品の様な出で立ちをしている。少し奥に行くと海が深くなっている。


「小さい頃にお祖父ちゃんが教えてくれたとこ。あんまり奥に行くと足がつかなくなるからおじいちゃんの側にずっといたんだよ」


 結衣は瑞希の言葉を余所に既に海に入って、仰向けになって浮かんでいる。


「結衣ちゃん、本当に泳ぐの好きだね〜」


 萌もそう言いながら砂浜を駆けて海に入りに行く。


「私、少し疲れちゃったから部屋に戻って休んでるね〜」


 瑞希はそう5人に告げるとホテルの方へと向かい始める。綾子は少し調子の悪そうな瑞希を心配して残っている4人に声をかける。


「なんか瑞希、調子悪そうだったし私、ついてくね。マッサージなんかもしてあげたら役に立つかもだし」

「了解。何かあったら連絡してね」


 志乃は綾子に返事をし、そのまま芽衣と共に砂浜を歩き始めた。


#####


(何だか調子悪いんだよなぁ。暑さのせいだけじゃない気がするんだけど。てか〝インナー・サイクス〟が安定しない……)


 瑞希は手元にp-Phoneを出現させてピボットに声をかける。


「ピボちゃん、私のサイクス量見せて」

「もちろん」


 そう言うとピボットはサイクスの残量を表示する。合計は200PBとなっており、サイクス量に変化はない。


「おかしいなー。何だか感覚おかしいんだけどなぁ」


 瑞希は自身のサイクスに違和感を持ちながら「ありがと」と言ってp-Phoneを消す。

 ピボットは瑞希に聞かれなかったために(正確には彼自身も最近気付いた)言及しなかったが、瑞希のサイクス量が増加してもp-Phoneに表示される瑞希の合計サイクス量、p-Cloudの容量、超能力の使用量、瑞希がp-Phone発動時に自由に使えるサイクス量の最大値はそれぞれ200PB、100PB、50PB、50PBで固定されている。変化するのは使用サイクス量である。

 つまり、p–Phoneに表示されている今の数値は、同値であっても数ヶ月前よりも実質的には増量している。具体的には現在、p-Cloud内に保存されている超能力は上野菜々美の〝病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ〟のみ。初めは11PBの使用量だったが、現在は9PBまで下がっている。また、p-Phone発現時を基準とすると瑞希の現在の合計サイクス量は240PBとなっており、約1・2倍にまで増加している。

 

瑞希がサイクスの扱いに違和感を持つことはごく自然である。


 ホテルオーキは百道浜へ行く宿泊者のために着替え室とシャワー室が用意されている。さらに40階から43階は1フロアを一部屋とする巨大な宿泊室となっており、VIP扱いの中でも最高レベルの待遇を受ける。 

 VIP専用の着替え室兼シャワー室が準備された瑞希は【VIPフロア43】と書かれた部屋へと入る。個室のシャワーは身体全体にお湯がかかるよう壁に複数箇所穴が空いており、そこからシャワーが噴射する。さらに塩分によるベタ付きを取るための殺菌なども行われ瞬間乾燥も施される。


(水着のまま部屋に戻っちゃおっかな……)


 瑞希は持ってきたタオルを身体に巻き、着替えを入れたバッグを片手に43階に直通するエレベーターへ乗り込む。部屋に入ると瑞希は大広間で持っていた荷物を下ろしその場で立ち尽くす。


(……いる)


 瑞希のサイクスが一気に暴発する。


(近くに〝悪意〟がある)


 瑞希のサイクスはホテルオーキを越えて百道浜を包み込み、さらに沖の方へと広がる。瑞希のサイクスはそれそのものに感知能力があり、また、あらゆる感情を読み取る。特に『悪意』や『害意』、『殺意』に反応しやすい。これは瑞希特有の〝第六感シックス〟と呼べ、彼女自身の強い正義感と潜在能力ポテンシャルに依るところが大きい。 

 本来、〝第六感シックス〟は範囲内の者たちに悟られないように発動する。しかし、瑞希は〝第六感シックス〟を正式に学んでおらず、彼女の膨大なサイクスはそのまま周囲を包み込んだ。その強大さは非超能力者ですらも異変を感じるほどである。


#####


(一体何!?)


 砂浜にいる4人は強大なサイクスに驚愕する。同時に芽衣はステッキを生成した。その場に円を描く。萌、結衣、志乃を近くに呼ぶと離れないように指示し、円の中心にステッキを突き刺す。するとサイクスが広がって1つの部屋を作り出した。


––––〝お得な総合施設ホテルホテルメイ


(これだけ強大なサイクス、攻撃を向けられたら私の部屋が耐えられるかどうか……)


 浴びせられるそのサイクス量に芽衣は不安を感じながら妹たちを守ろうと努めた。


#####


 この強大なサイクスを最も近くで受けている者、それは瑞希の体調を心配してすぐに後を追った西条綾子である。既に部屋の前に到着している。


(このサイクス、部屋の中から!? 瑞希!?)


 扉を開けると手で顔を覆わねば前を向いていられないほどのプレッシャーが綾子を襲う。しかし、そのプレッシャーとは裏腹にそのサイクスは優しさに満ち溢れていることに綾子は気付く。自分に対して害意が無い。そう悟った綾子は徐々に手をどかし、目を開き始める。


「瑞……希……?」


 そこには綾子がよく知る同級生の後ろ姿はなく、代わりに美しい銀色の髪の毛をなびかせた白い水着に身を包む、少し伸びかけのショートヘアーの少女の姿があった。その少女は綾子の声を聞いて振り向く。パッチリとした目に、整った鼻筋、雪のように白い肌の美少女……紛れもなく綾子の知る月島瑞希がそこに立っている。


 瞬間、瑞希のサイクスは消え、その場に倒れ込む。


「瑞希!」


 綾子はすぐに側に寄って瑞希を抱きかかえる。瑞希は気持ち良さそうに眠りについており、スースーと微かに寝息が聞こえる。


(あれ?)


 瑞希の髪色は元の綺麗な黒髪に戻っている。


(見間違いだったのかな?)


 綾子は瑞希をそのまま個室のベッドへと運んだ後に布団をかけ、側で見守った。


#####


 瑞希の予想だにしないサイクスの暴発を諸に受けた者が海中にいた。


(止まった……? 一体何やったんや、今のとんでもないサイクスは!?)


 近藤は強大なサイクスが向けられた瞬間、大量の海水燃料を消費、遊泳速度を最大値にして即座にその場から退避していた。


(福岡の連中にあんなやばそうなサイクスを持った奴はおらんはず? 別のとこから応援が来たんか? だとしたらまずいな)


 近藤は陸に上がって部下たちと合流する。彼らもただならぬ様子で中には気を失っている者もいる。それを見ながら近藤が思考する。


(クソ、すぐにでももう1匹のギフテッドを捕まえたいとに、迂闊に出れんな。少し様子を見らないかんか……)


 近藤はそのまま百道浜を後にした。




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