第60話 - 利害

––––葉山の発言の数分前、石野は葉山の思惑に思考を巡らせる。


(おそらく葉山委員長は福岡にいる月島姉妹の母方の祖父母、吉塚よしづか夫妻と長崎にいる父方の祖母(祖父は既に他界)を始め、九州にいる親族との関係性の構築を行い、月島姉妹と良好な関係を築いていくつもりだろう。彼の人心掌握術や巧みな立ち回りがあれば上手く引き込むことが可能だという算段だろうか……)


#####


「月島さんのお宅へ上野菜々美事件解決への貢献に対するお礼と不協の十二音の件で巻き込んでしまったことへの謝罪をして来ました」


 葉山の予想外の発言に委員会メンバー全員に衝撃が走った。


(なっ!? わざわざなぜ教えた!? これだと各党からの警戒が強まると同時に彼のこれまでの行動から九州に住む親族から押さえようという思惑にもたどり着かれてしまうぞ!?)


 石野は動揺を隠せず葉山を見つめる。それは白井も同じである。


(あの小僧……ただの馬鹿なのか!? 一体何を考えているんだ!?)


 同じ党である日月党の面々も事前に知らされていなかった様子で葉山の行動に驚きを隠せていない。


「月島さんというのは……あの、我々の中でもよく話題にのぼるサイクス量が膨大だという少女のことで間違いないですか?」


 異共党の国田が動揺しつつも葉山に尋ねる。当の本人は国田の様子、そして委員会全体の凍りついた空気をむしろ楽しみながら答える。


「えぇ、月島瑞希さんです。お姉さんの愛香さんと偶然同席しておられた坂口さんにも労いの言葉をかけさせていただきました」


 委員会の空気は依然として重いままである。その様子を見て葉山は両手を広げながら少々わざとらしいアクションを見せつつ言葉を続ける。


「皆さん、どうかされましたか?」


 満を持して白井が口を開く。


「葉山委員長。個人的に一般の超能力者と接触するのは感心しないねぇ……」


 葉山は手を広げたアクションをしたまま横目で白井の方を向きながら、白い歯を見せつつゆっくりと答える。


「これまでも難事件の解決に貢献された方には謝意を示すことはあったと思いますが……。僕の記憶違いですかねー? それとも……」


 葉山は白井から視線を動かし委員会メンバー全体を見回した後にニヤッと笑って言葉を続ける。


「月島瑞希さんにお会いしたことですか? 僕はこのメンバーになったばかりですし、その辺のこと教えて頂けますか?」


(こいつヌケヌケと何を言ってんだ、馬鹿が……!!)


 日陽党の島田は頭の中で葉山に毒突く。


 超能力者委員会に限らず月島姉妹、特に妹の瑞希に関しては将来的にTRACKERSにおける最大戦力となることが期待されている。さらに瑞希の〝目〟の力と姉の超能力を組み合わせることで難解な事件や迷宮入りした事件解決へと導くことも期待できる。

 各党はこの月島瑞希をTRACKERSに加入させるだけでなく党の配下に置き、交渉のカードとして有利な立場となることを望んでいる。しかしながら、本人がまだ未成年であることや、姉である愛香の反発、日陽党・木村派が独立して手厚く保護していることなどから(木村派以外の日陽党員を含めて)各党が直接接触することに慎重になっていたのだ。


「僕は超能力者管理委員会、いや日本全体が協力して昨今の超能力者による犯罪に対処しなければならないと考えています。隠しごとや細工などせず誠意を持って取り組みましょうよ! そして皆さん、15歳の少女を巻き込むのは止めにしましょう。彼女には彼女の人生があるのですから」


 それまで愚か者の戯言として意に介していなかった白井が葉山を見据える。


(……気付いているのか? 私が奴の動向を探っていたこと。私の超能力ちからまで? こちらサイドに『裏切り者ユダ』がいる……?)


 すぐに白井は考え直す。


(いや、有り得ん。私の超能力ちからが看破されることはない。〝契約〟があるのだから。それを持たない者で私の超能力ちからを知る者は。考えられるとしたら奴、もしくは日月党員の超能力ちからに関係してくるか……)


(……宣戦布告)


 石野もまた葉山の言葉から様々なことを思考する。


(おそらく、いや確実に葉山委員長は我々を含めて前回の委員会の後に数名が彼の動向を探っていたことに気付いている。議員規則第四条より直接彼に超能力を発揮している者はいないと思われるが……例えば木戸さんが行ったような細工はいくらでもできるはず。月島瑞希と接触したことを晒し、全員の反応を観察、そして小細工は通用しないことをアピールした)


 石野の考えはさらに続く。


(非超能力者の俺にとってこのような超能力が存在するのか分からないが……、〝下手な〟と付け加えて強調することで、例えば彼自身が他人の超能力を見破る超能力の持ち主である可能性を示唆している。自分たちのカードをなるべく晒したくない各党にとって彼、いや日月党の動向に探りを入れることが難しくなった。我々も含めて慎重にならざるを得ない……!)


 各党に走る緊張を余所に葉山は最後に一言付け加える。


「まぁ、彼女が自ら希望すれば別ですがね」


 葉山の一言で情勢の全てが変わる。


 月島瑞希をTRACKERSに所属させる前提で各党は動いている。彼女が組織に所属する前、今の段階から彼女との関係性を築き、他党に対してアドバンテージを持とうと躍起になっていた。しかし、先にも述べたようにそもそも彼女を所属させること自体に障害が存在している。

 葉山のこの一言により彼が瑞希をTRACKERSに所属させ得る何らかのカードを持っていることを確信する。そしてこれは、月島瑞希を確実にTRACKERSプロジェクトに組み込むという前提に辿り着く。


––––全員の利害が一致した瞬間である。


 そしてこれは同時に、月島瑞希がTRACKERSに正式に所属した時点から5大政党による勢力争いを本格的に開始するという宣言でもある。


「良いだろう。私も葉山委員長の言う通り、協力を惜しまない。前委員長としての経験やこれまで積み上げてきたものを出し惜しみをしないことを約束しよう」


 葉山は白井の方を向き、ニッコリと笑う。


「ありがとうございます! 白井さんの力があれば怖いもの無しですね!」


 くして超能力者委員会は地方分割という最も大きな課題を終え、細かい調整へとシフトする運びとなった。


––––委員会後、日本の将来を担う若い超能力者と非超能力者が対峙する。


 葉山順也と石野亮太である。




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