第59話 - 独壇場

 前回の超能力者委員会の葉山の欠席に際して、彼の動向を調べていた陣営は日本光明党だけではない。日本陽光党もその1つである。それを指示した男は日陽党の重鎮であり、前超能力者管理委員会委員長・白井康介である。


「私だ。それでどうだ?」


 白井は電話で何者かと話をしている。机上には多くの書類が散乱し、それらには黒いサイクスが輝いている。


「ほう、月島のとこか……。結局のところあの男もあの姉妹を懐柔したいといったところか。ふん、まぁ焦る必要はない。あんな小娘ども後からどうとでもできる。それにいくら葉山と言えども彼女らを引き込むのは容易じゃないさ。木村派が黙っているはずがない」


 日陽党にはいくつかの派閥があり、その中でも白井康介を領袖りょうしゅうとする白井派と木村栄治前内務大臣を領袖とする木村派が最大派閥となっている。

 木村は決断力や問題に対する処理能力が早く、白井も一目置いている。警護能力に優れる阿部翔子を月島宅に派遣し、愛香の警護、そして瑞希の監視をいち早く指示したのは紛れもなく木村である。


「追加の金は既に支払い済みだ。〝再契約〟のための〝署名〟はなるべく早く手にしてくれ。何があるか分からんからな」


 白井は電話を切り、眼前に散らばる書類を床に払いのけて自分の髪の毛を掻き上げた。


(あのガキ、腹に何かを抱えているのは確実だ。警戒するに越したことはない……。チッ、それにしてもあんな若造のために〝駒〟を使わされるとは……恩を仇で返しおって……。葉山め……親も親なら子も子だな)


 白井は少し苛立ちを垣間見せた後、すぐに冷静な表情に変わる。


(まぁいい。手順を踏めば何度でも使える。それにしても青さが出たな葉山め。委員会に入ったのは最近だからまだよく分かっていないのかもしれないが、ここの連中はあの月島姉妹、特に妹の扱いには慎重だ。このことを知られれば全党からの非難は免れられまい)


#####


––––超能力者管理委員会


北海道地方超能力者管理委員会

––––代田しろたあつし(日本陽光党)/木戸香織(日本光明党)


東北地方超能力者管理委員会

––––飯島いいじま周太しゅうた(国民自由党)/宮内みやうち晴子はるこ(異能共生党)


関東地方 (統括) 超能力者管理委員会

––––葉山順也(日本月光党)/白井康介(日本陽光党)/石野亮太(日本光明党)/青木あおき裕介ゆうすけ(国民自由党)/国田希(異能共生党)


近畿地方超能力者管理委員会

––––島田修太郎(日本陽光党)/野本恵(日本月光党)


 既に委員会では前回決まらなかった北海道・東北地方の分割が行われ、日本月光党以外の4つの党が管理することとなった。


「さて、後は中部地方、中国・四国地方、九州地方ですねー」


 葉山が明るい声で全員に伝える。白井は馬鹿にしたような表情で葉山を見ている。


(我々、日陽党は3枠を使い切ったが北海道、関東、近畿と重要地域は全て取りきった。ククク……これで〝駒〟も増える。それにしても北海道・東北を取りに来ないとは葉山の奴も先見の明はないのかもしれんな。月島の確保で手一杯か? 俺たちはさらに有能な超能力者の出現の確保も視野に入れているのだよ。若さが出たな)


 白井は他の党員たちのことも見回しながらほくそ笑む。


「白井先生、これは私たちの勝利と言えますね」


 小声で島田が白井に囁き、白井は笑みを隠しきれずにいた。その様子をしっかりと視界に捉えていたのは石野と葉山の2人。葉山はそれでも余裕の表情を崩さない。


「さて、残りの分割ですが、我が党の江藤議員が福岡出身です。彼は福岡だけでなく、九州での地盤があります。よって九州地区を任せていただきたいのですがどうでしょうか?」


 葉山が全員に対して提案をする。


(やはりそうきたか……!!)


 葉山の提案を聞いて石野が真っ先に手を挙げる。


「石野さん、どうされましたか?」

「我々日本光明党も九州地方を希望しようと考えていました」


 葉山から一瞬笑顔が消える。しかし、石野を少し見つめた後すぐに笑顔が戻る。


「そちらで空いているのは……曽ヶ端さんですね。曽ヶ端さんは何か九州地方でコネクションがありましたっけ? 僕の記憶では愛媛県出身だったと思いますが」

「……」


 石野が言葉に詰まる。


(そう、こちらが九州地方を希望しても向こうの九州地方へのアドバンテージを指摘されると不利になるんだ。そして現在の超能力者による犯罪率の上昇や凶悪化を考えれば一刻も早くTRACKERSを立ち上げねばならない。そのためにも担当地域の基盤がしっかりしている者を優先し、作業を効率化しようという動きになることは自然な流れだ。そして俺自身もそれに準ずる発言を最初の委員会でしている……! 葉山委員長はこうなることを初めから全て読んでいたのか……!?)


 返答に困る石野を見て葉山は手元にある紅茶を一口飲んだ後に穏やかに続ける。


「TRACKERSの理念は近年異常な増加傾向にある、超能力者による犯罪や凶悪化への抑制・対策にあります。九州地方は先天性超能力者の出生率が全国で最も低い地域となっております。その統計から、例えば関東の凶悪犯罪者が隠れ蓑にしてしまう可能性もあるわけです。福岡の警備会社、『PSYDIANサイディアン』は江藤議員のご親族が始めた会社で、安全面に関して連携がし易い。他にも福岡は東アジアとの貿易の中心地で、中でも犯罪への対策が進んでいる韓国とのやり取りも盛んです。色々な側面から迅速な対応が見込めるでしょう。僕は皆さんに使えるコネクションは積極的に使って欲しいのです! そのために関東に残られたのでしょう? 白井さん」


 突然の振りに白井は少し驚きつつ、眉をひそめながら面倒くさそうに頷く。

 

「曽ヶ端さんには是非とも中国・四国地方を担当して頂きたい! そちらの方が効率的でしょう?」


 葉山は完全に委員会の主導権を握っている。


(こうなってくると彼の独壇場ね……)


 野本も完全に場を掌握した葉山に感心する。


中部地方超能力者管理委員会

––––伊田裕子(国民自由党)/宮本みやもと 貴之たかゆき(異能共生党)


中国・四国地方超能力者管理委員会

––––曽ヶ端莉子(日本光明党)


九州地方超能力者管理委員会

––––江藤隆弘(日本月光党)


(こんなに早く話がまとまるとは思わなかった。正直、葉山委員長の手の平で転がされている感があるが……他党の意見を反映させつつ委員会の主導権を握り、自らの思惑通りに進めている……)


 石野がそう考えている最中、分割が終わって少し空気が緩む中おもむろに国民自由党の伊田が葉山に尋ねた。


「差し支えなければ葉山委員長、前回はどのようなご用だったのですか?」


 事情を知る者たちは普段通りの姿勢を崩さずに葉山の返答に耳を傾ける。


「月島さんのお宅へ上野菜々美事件解決への貢献に対するお礼と不協の十二音の件で巻き込んでしまったことへの謝罪をして来ました」


 葉山がいつものペースを崩さずにこやかに答える。その一方で委員会全体には衝撃が走った。



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