第38話 - 月に憑かれたピエロ (ピエロ・リュネール)

 ––––女子超能力サイキックバスケットボール決勝、終了数分前


JESTERジェスター、赤いゼッケンのチームの7番の女の子、絶品だって」

「あの子明らかに質が違うものねぇ。月島ってあれよね?」


 DOCドクからの電話にJESTERジェスターが答える。


「そうそうその月島。ってことで予定変更。あの子で少し遊ぶってさ。ただ厄介なのがいるんだよねー」

「あぁ、あれねぇ」


 JESTERジェスターがチラッと右奥の席に座る1人の女性に目をやる。


「あの人、ずーっと見てるよね。お姉さん?」

「いいえ、あの子のお姉さんは車椅子のはずよ。無関係ってことはないと思うけど」


 JESTERジェスターが、試合の行われている1階の方へと目をやると、体育館に足を踏み入れたグレーのパーカーにフードを被った男を見つける。


「あらら。樋口くんもう来ちゃったわよ」

「やっぱり言うこと聞かないじゃん。しかもあんなにサイクス放出してたら……」


 樋口の異様さを察知した翔子がその場から立ち上がる。


「ほらぁー。一気に警戒態勢入っちゃったよ」

「ウフフ、超能力者になったばかりなんだし、しょうがないじゃない。それにアレは私が相手するわ」


 翔子の方へと向かおうとしたJESTERジェスターに1通のメッセージが届く。


 ––––俺がやる


「あら、MOONムーンからよ。彼がやるって」

「へー、珍しい」


#####


(あの男、何かおかしい!?)


 女子超能力サイキックバスケットボール決勝の終了直前、体育館に入って来た1人の男を翔子が警戒する。


(あれだけ悪意に満ちたサイクスを隠す気なく入ってくるだなんて……一体誰に向けてるの?)


 その視線の先には樋口凛と彼女に手を差し伸べる瑞希がいた。


––––〝大食漢グラトニー


 樋口兼の〝大食漢グラトニー〟が妹の樋口凛の残り僅かなサイクスを喰らう。


「お兄ちゃ……?」


 多くの超能力者のサイクスを喰らい、強化された身体能力を得た樋口は、妹の目の前へ素早く移動し首を掴む。


「惨めだなぁ……凛」


 その間、〝大食漢グラトニー〟は標的を瑞希に変更し、樋口兼の意思とは関係無く襲撃する。


(あれは樋口兼! 瀧さんの報告では樋口の意思とは関係無く超能力者のサイクスを喰う! そしてそれはサイクス量が多い者に優先的に向かう傾向がある。瑞希ちゃんが危ない! あの子は〝レンズ〟を知らないからアレが見えていない!!)


 翔子が自身の超能力を発動しようと右手のリングを外した瞬間、突然頭にフルートの音色が鳴り響く。


(フルート!? どこから!?)


 頭上に巨大な満月が出現し、その光の中から1人の男が現れる。男は自身の顔面よりも大きい三日月を模した仮面を被る。欠けた部分から包帯が巻かれた左顔面の一部が露出し、冷たい目が覗く。仮面は切れ長の目に大きく裂けた口を持つ。男は宙に浮きながらフルートを奏でる。


 ––––〝月に酔ってモーントトランケン


 具現化したフルート(曲によって音色はピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ピッコロ、クラリネットに変化する)、〝月に憑かれたピエロピエロ・リュネール〟で演奏される7曲のうちの1曲である。

 奏でられた7音はサイクスの筋となって対象者へと向かい、それに触れた者は意識が月の幻想世界、〝月の染みモーントフレック〟へと誘われる。現実世界に残された肉体は眠りにつき、〝月に憑かれたピエロピエロ・リュネール〟から発せられるサイクスに覆われて触れた音の種類(最大7)だけ外界からの攻撃を全てキャンセルする。

 術者であるMOONムーンが自ら超能力を解除する、攻撃キャンセル回数が0になる、現実世界、又は〝月の染みモーントフレック〟内で〝月に憑かれたピエロピエロ・リュネール〟を破壊することで現実世界へ戻ることができる。〝月の染みモーントフレック〟内ではMOONムーンが全ての時間と空間を支配することができるが、彼自身で迷い込んだ者を攻撃することはできない。


(月!? 幻覚!? 精神刺激型の攻撃!? まずい!)


 翔子は〝レンズ〟を使用し、咄嗟にサイクスの筋を躱すが既に4音に触れている。薄れゆく意識の中で辛うじてリングを体育館コート内に投げた。


(お願い……!)


 月島瑞希、樋口兄妹、JESTERジェスターJOKERジョーカーDOCドクMOONムーン以外の生徒・職員・保護者は全員、その場で眠りについた。


##### 

 

 瑞希は、樋口兼が眼前に姿を現した瞬間、反射的に〝宝探しハイライト〟を樋口兼に対して発動していた。瑞希はレンズを習得しておらず〝ロスト〟によってサイクスが見え辛くなっている〝大食漢グラトニー〟を視認することはできない。

 しかし、空気中や地面に現れる残留サイクスによって〝大食漢グラトニー〟の動きを察知、また、樋口凛のサイクスが減少したことから他人のサイクスを奪う超能力であることを予測して回避行動に移った。 

 〝宝探しハイライト〟によって映るサイクスは残留サイクスであってライブではない。よって若干のラグが生じており瑞希は少量のサイクスを〝大食漢グラトニー〟によって喰われる。

 

(やっぱりサイクスを奪う超能力なんだ! 何かがいるのは分かるけど見えない! 予測して動かなきゃ!)


 瑞希は少しずつサイクスを削られながらも致命的なダメージを避けつつ、樋口の方へと目を向けると樋口凛が首を掴まれ持ち上げられていた。


(樋口先輩が危ない!!)


 瑞希は近くに落ちていたバスケットボールにサイクスを込め、樋口と直線上に立ってボールを投げる。


(真っ直ぐに飛べ!)


 手から放たれたボールはただ直線的に飛ぶのみ。瑞希は〝害意〟を込めた〝超常現象ポルターガイスト〟を会得していないがために思いついた咄嗟の行動である。しかし、そのボール速度はサイクスを込めないで投げた時と同じ速度、さらにその威力は〝応用的超常現象ポルターガイスト〟よりも大きく劣る。 


「あ? 何だクソガキ」


 樋口は妹を投げ捨ててボールを躱し瑞希に殴りかかる。


「〝優良配送業者プレミアム・シッパー〟!」


 兄の避けたボールをキャッチした樋口凛は首を掴まれた際、兄に僅かに残った自身のサイクスの一部を込め、〝優良配送業者プレミアム・シッパー〟によって正確にボールを兄に向けて投げ込み、妨害した。全てのサイクスを使い切った樋口凛はその場に倒れ込む。


「クソが! 〝大食漢グラトニー〟!」


 〝大食漢グラトニー〟が瑞希を襲う。


(来る!)


 瑞希は〝インナーサイクス〟を行い、サイクスを体内に留め肉体から放出されるサイクスを消した。瞬間、〝大食漢グラトニー〟の動きが止まる。


(サイクスを奪われていない! やっぱり!)


 〝大食漢グラトニー〟は体外にサイクスを放出している超能力者に向かってサイクスを喰らいに向かう。そのため体内にサイクスを留めて回復を図る〝インナーサイクス〟は〝大食漢グラトニー〟の対抗策となった。


––––〝病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ

 

 瑞希は自身に注射器を打って樋口の元へ移動して蹴りを見舞う。その後、即〝インナーサイクス〟を行い〝大食漢グラトニー〟を牽制する。その時、体育館の大半の人物がその場で倒れていることに気付く。


「皆んな!? 一体!?」


 視線を戻した時、いつの間にか目の前には赤髪の男が立つ。その男は不気味な仮面を被ったJOKERジョーカーJOKERジョーカーは瑞希に向かって拍手をする。


「素晴らしい!!!」


 バスケットコート内、センターサークル中央に翔子が投げたリングが着地し、冷ややかな金属音が鳴り響いた。



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