第70話 スキル【無】の件
翌朝、起きた俺達はやって来たカーラに、また研究室に案内された。タイサンはおらず、マーラインだけが俺達を待っていた。
「お早うございます。昨日は大変に有意義な時間を過ごす事が出来ました。有難うございます。お陰様でナッツン宰相より定期的にスライム素材も輸出して頂く事になりました」
「おお、それは良かったな。これで、研究は進みそうだな」
「はい、車輪ではなくタイヤを試作する事を先ずは始めます。それから、錬金術師に依頼を出して、昨日教えて頂いたボルト、ナットの制作にも掛かります。やるべき事は多いですが、やる気がドンドン溢れて来ます!」
マーラインは本当に嬉しそうにそう言う。これは本当に一〜二年後には車が出来そうだなと俺は思った。まあ、俺にはゴーレム馬車があるからいらないけど……
それからマーラインが、
「陛下の政務はもう間もなく終わる筈です。今日はこちらではなく、陛下の自室にトウジさん達に来てもらうように言われてますから、カーラに案内させます」
そう言うので、俺達は分かったと返事をして研究室を出た。ソコにはカーラが立っていた。
「皆様、これから陛下の自室にご案内致します」
そう言って歩き出したカーラに付いていく俺達。途中でシャナの姿を見かけたが、何やら慌てて走って行った。気になったけどまあ何も言われてないから良いか。
そしてカーラが立ち止まり部屋の扉をノックすると、バーンと内側から扉が開いてタイサンが満面の笑みで言った。
「お早う! 昨夜は有難う! これで車開発が進みそうだよ! さあさあ、そんな所に突っ立ってないで早く入って!」
朝からテンションが高いタイサン。
「それで、今日は何をするんだ?」
俺がそう聞くと、
「今日はトウジのスキルについて考えたいんだ。それを元に魔道具のヒントなんかも得られたら良いなと思って。だから、サヤとマコトは良かったらカーラにまた王都の案内をさせるよ」
しかしタイサンの言葉にサヤとマコトは案内はいらないけど、冒険者ギルドに顔を出してくると返事をした。
「そうかい。なら、僕がトウジを独占しちゃうけど、怒らないでね」
うん、俺はその
そして、タイサンと二人になったら、
「トウジ、部屋に無音はかけてるかい?」
と聞かれたので、俺は掛けてると返事をした。
「うん、これから話す事はこの世界の殆どの王家が秘事としている伝承なんだ。だから、トウジにしか教えられない。何故、トウジには言えるのかは、話を聞けば分かると思うから、暫くの間僕の話を聞いてくれるかな?」
その言葉に黙って頷いた俺を見て、タイサンは話し始めた。
……これはこの世界の各王家、皇家に伝わる秘事なんだけど、この星を創造された女神様には二柱の眷族神と、その眷族神の子供神様が三十八柱おられるんだ。
トウジのスキルに関わりがあると思われるのは、二柱の眷族神様で、【有の女神】様と【無の男神】様のご夫婦なんだ。
【有の女神】様はもう長らくこの星に顕現されて居ないんだけど、どうやら創造神様に何かでお怒りをかって、この星の何処かに封印されてしまってると伝えられてるんだ。
【無の男神】様は【有の女神】様を探して時折この星に顕現されていたそうなんだけど、それも千年前から無くなってしまった。
今、この星は創造神様も居なくなって、二柱の子供神様が見守って下さっているそうなんだけど、五百年前に違う星から邪神達が住み着き始めて、この星の人々を堕落させようとしているんだ。
邪神達はこの星から居なくなった創造神様と契約をしてこの星に住む権利を得たそうなんだけど、その契約内容が【直接手をくだして人を殺してはいけない】だと創造神様から、各王家、皇家、神殿に神託があったんだ。
神託はそれ以外もあって、この星は既に創造神様の手を離れて三十八柱の神が見守って下さっているけれど、神力が弱くて邪神達が来るのを止められない事も伝えられた。そして、自身が封印された【有の女神】様を探して封印を解けば邪神達を一掃出来るだろうとも。
【無の男神】様については創造神様は何もおっしゃらなかったけど、恐らくまだ【有の女神】様をこの星で探し続けているのだろうと言うのが、各王家、皇家、神殿の見解なんだ。
けれど、僕はトウジに出会って少し違う考えを持つようになったよ。恐らく召喚された異世界人の中からトウジを選んで【無】のスキルを与えてくれたんだと思うんだ。そして、それをトウジが極めた時に何かがこの世界に起こるんだと思う。
それが何かは分からないけどね。そして、【有の女神】様はヒジリだったかな? その異世界人によって一度は見つけられてるんだと思うよ。そして、まだ封印は解けてないんだ。勿論、僕の憶測に過ぎないから間違ってるかも知れないけど……
これが王家の秘事と僕の見解なんだ。
そして、タイサンは話を終えた。
「タイサン、俺は妻二人にも言った事があるんだけど、英雄や勇者を気取るつもりはないし、そんな力も無い。ただ、自分が知り合って関わりを持った人達が困っていたら出来る限り、力を貸そうとは思ってるんだ。見えない場所でもしかしたら今も邪神に苦しめられてる人も居るかも知れない。けれどその人達を救う為に動こうなんては微塵も思ってない。どうだ? 失望したか?」
俺の言葉にタイサンは、
「失望なんてしないよ、トウジ。邪神はこの世界に住む僕達の問題だしね。トウジ達はこの世界に無理やり召喚されたんだし、世界を救う義務なんて無いんだら、それで良いと思うよ。手の届く範囲でね。僕が王家の秘事をトウジに教えたのは、これから違う国に行った時に、ソレを知ってるのと知らないのとじゃ、トウジが動く時に不利にならない様にと思ったからだよ」
そう言ってくれた。俺には有り難い事だったけど、秘事を洩らしたとバレたらタイサンの立場が悪くならないかと心配になった。ソレをタイサンに言ったら、
「元々、国民には近いうちに明かすつもりだったし。問題ないよ。冒険者ギルドに【有の女神】様を探す依頼をS級以上の冒険者を対象に出すつもりだったしね」
そう答えて微笑んだ。続けて、
「魔道自動車もその為に開発してるんだよ。まあ、何れは庶民生活を豊かにする為のモノでもあるけどね」
そう言って話を締め括った。それから俺はタイサンの私室を出て、俺達の部屋に戻って今聞いた事を考えていた。
ギルドに依頼を出すって言ってたな。元々何かアテがある旅じゃ無かったし、依頼を受けてこの世界を旅してみるのも良いなと思う自分が居た。
サヤとマコトが帰ってきたら相談してみよう。そう思いながらウトウトした俺は寝てしまった。
夢を見ていた。どこかの場所に見えない鎖で縛られた女性が俺を見て訴えかける。
『お願いします、この世界を守って。間もなくこの世界に厄災が訪れようとしています。その時に貴方の【無】の力が必要なんです。だから、お願いします』
そう訴えてくる女性は【有の女神】だと俺には分かった。夢だとわかっている俺だが女神に問いかけた。
『貴女は何処に居るんだ?』
『言えないの。でも、探して下さい。私もこのままでは力を使えない。厄災に対する為に、この世界に生きとし生けるものを守る為に、私を探して封印を解いて欲しい。もし厄災が来るまでに間に合わなかったら、貴方の力で世界を……』
『世界を、何だ? 何て言ったんだ?』
女神の最後の言葉が聞き取れなかった俺は聞き返してみたが、そこで目が覚めてしまった。
俺の力で世界をどうしろって言うんだろう。しかし、英雄になるつもりは無いけど、俺と妻二人の幸せを壊そうとするなら厄災もぶっ潰してやると心に誓った。
それから、俺達は凡そ二週間の間タイサンの城であるいは自動車開発の手伝いをして、あるいはタイサンにスキル【無】について話してみたりと日々を送り、いよいよこの国を出て、違う国に行く事を決めた。出ていく俺達にタイサンは、
「捜索依頼を受けてくれたんだね、トウジ。有難う。そして、気をつけて旅を続けてね。僕は次に会うまでに素敵な女性と出会って婚約しておくよ」
そんな事を言ってきた。俺は、
「意外と近くに居るんだぞ、素敵な女性は」
とアドバイスを送っておいた。そして、笑顔でタイサンと別れた俺は、ヤーマーラ国を目指して出発したんだ。
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