第22話 逃げた勇者の件


 ナッツンの部屋に無音はかけたが、俺とサヤは姿を現さずに通信石で会話をする。

 不意に侍女さんや文官さんが来た時にバレないようにだ。


 ナッツン

『さて、今後彼らをどうすれば良いですかね?』


 俺

『サヤもナッツンも若いから知らないかも知れないが、俺は日本のホラー映画、それも新しいのじゃなくて、古い怪談シリーズが好きで夏にDVDを借りて良く見てたんだ。それを彼奴あいつら相手に再現したいと思うんだが、どうかな?』


 サヤ

『例えば、どんな感じなの?』


 ナッツン

『キヒヒヒ、私も怪談は好きでしたよ。洋物のホラー映画と違って、背筋がゾクゾクするあの感じは良いですね。

そうですね、例えば寝室で寝ている時に奥から延々と同じリズムで物音がする。けれど確認してもそこには誰も居ないし、音を出す物もないみたいな感じでしょうか······』


 俺

『そう、そんな感じだ。そして、寝ていたら顔に何か当たる。天井から血がピッチョン、ピッチョンと···· しかし、天井には血の後がないとか』


 ナッツン

『猫のギャーッって言う鳴き声とか······』


 俺

『見えないけど、蛇が部屋中を這いずり廻る音とか······ 現れて恨み言をいう影とか······』


 サヤ

『ゴメンなさい。私には何処が怖いか分からないわ······ そんなので大丈夫かしら?』


 俺

『論より証拠、先ずはさっきのショウジにやって見せよう。サヤ、着いてきて見ててくれ。面白い物が見れるぞ』


 俺には確信があった。前振りが済んでいるショウジなら間違いなく怖がる。

 日本人のDNAにある恐怖心を煽る事は間違いないからだ。

 西洋文化のゾンビなんかは、心臓をビックリさせる恐怖だが、日本の幽霊は背筋を凍らせる恐怖なのだ。


 そして、ナッツンに言って城の地図をもらい、ショウジの部屋に向かう俺とサヤ。


 ちょうど部屋から世話係だろう男性が出てきた。


「それでは、ショウジ様。お休みなさいませ」

 

 そう言って扉を閉める男性。

 男性が廊下を曲がったタイミングで、俺は扉を開けてサヤと二人で中に滑り込んだ。

 開けた扉はわざと閉めない。

 開いた扉に向かってショウジが言う。


「どうした? 何か忘れたか?」


 先程の男性が戻って来たと思っているようだ。

 しかし、待っても返事がない事に不振に思ったショウジは、扉まで来て廊下を見る。


「ちっ! 誰も居ねぇじゃねぇか! 建付けの悪い扉だなっ!」


 悪態を吐きながら扉を閉めるショウジ。

 その時には俺とサヤは部屋にある風呂場に入っていた。


 ショウジはそのままベッドに寝転がったようだ。

 そこで俺は桶に水を入れて、無色と無音をかけた。それを持ってベッドに向かう。


 寝ながらステータスを見ているのだろう。

 ショウジは中空を指差してブツブツ呟いていた。


 俺は桶を持ったまま、ベッドに上がってショウジの周りを歩いた。

 突然、ギシギシ音を立てだしたベッドにギョッとするショウジ。



「な、何だ! だ、誰か居るのか!」


 気配察知を使用しても何も反応がないからパニックになっている。

 そんなショウジの顔に向けて、俺は桶に指先を入れて、ポタポタと水を滴らせた。


 俺の指先から落ちた水は、ショウジの顔に当たった瞬間にスキルが解ける。


 落ちてくる水は見えないのに、濡れる顔を必死の形相で拭いながら飛び起きたショウジ。


 そこで俺は近くに立ったサヤに桶を渡して、ベッドに静かに水を注いでもらった。


 濡れていくベッドを見たショウジは、


「ギャーーッ!」


 と叫び、部屋を飛び出し向かいの部屋の扉をドンドンと叩く。


「お、お、お、おいっ! 居るんだろっ!マコトっ! は、は、早く扉を開けてくれっ!」


 ガチャリと音がして扉が開く。


「ショウジさん、どうしたんですか? そんなに慌てて」


 マコトが不思議そうに聞くが、ショウジは皆を集めろとマコトに言う。

 理由も教えて貰えずに、不満そうに従うマコト。そして、全員が揃ってショウジの部屋に入ってきた。


 それまでの間、俺はサヤの抱腹絶倒の姿を見て満足していた。


『ヒー、ヒー、凄いわ! トウジの言った通り面白い物が見れたわ!』


 ウンウン、サヤさんや俺も大変満足しているよ。貴女のその笑顔が俺には幸せです。


 ショウジが皆を連れてきて、一所懸命に説明している。

 

 ベッドに寝ていたら誰も居ないのに、誰かがベッドの上を歩いていた。

 顔に当たるまで見えない水が落ちてきた。

 ベッドが静かにいきなりびしょ濡れになった。


 そう説明しているショウジを他の四人は呆れたように見ている。

 そこでショウジはナッツンが言っていた『神の守護』の話を始めた。しかし、四人の目付きは変わらない。そこでショウジがキレた。


「何だよっ、その目はっ! 俺の言う事が信じられないって言うのかよ!」


 ショウジがそう言った瞬間に俺は開いていた扉を思いっきり力を込めて閉めた。


 バアーーーーンッ!


 突然大きな音を立てて閉まった扉に五人全員がビビった。


 サヤが大笑いする。


「な、何だ、何だ!」


「突然、閉まりやがって!」


「か、風の所為だろ?」


 口々に騒ぎ出す五人。そんな奴らを尻目にサヤは桶を拾い風呂場に行く。

 慌てて俺も着いていく。水に無色かけないと。


 桶一杯に無色透明になった水を入れてサヤは俺に桶を持たせて、指先に水をつけて五人の背後に回り、首筋に水を落としていった。


「ひゃっ!」


「うわっ!」


「ぎゃっ!」


 口々に悲鳴を上げる五人。サヤは桶を俺から奪い、奴らの足元に注いでいった。


 突然濡れだした足元にビビる五人。


「うわっ! どこから水が!」


「け、気配察知には何も引っ掛からねぇぞ!」


「魔力感知も反応がねぇ!」


 そこで顔を見合せる五人。

 マコトがゴクリと唾を飲み込み言った。


「な、なあ。この城に居たら俺達、そのうち呪い殺されるんじゃねぇか······」


「か、か、神が人を、の、呪い殺したりするのかよ······」


「宰相にとって神ってだけで、本当はとんでもない力を持った、存在かも······」


 ショウジが意を決して言う。


「おい、今から逃げるぞ! ここに居たら死んじまう! 皆で各部屋を回って必要品をまとめて、隣国にでも逃げよう!」


 ショウジはそう言って、武器や防具を魔法鞄に入れていく。それが終わると、皆が一斉に部屋を出ていき、マコトの部屋へ。


 俺とサヤはそれを見ながら五人について歩き、五人が門衛に止められるが、強引に城外に出て行ったのを確認。

 そのまま、更に後をつけて町から出て行ったのも見届けてから城へと戻り、ナッツンの部屋に行った。


 ナッツンの部屋には文官らしい人と、門衛の偉いさんがいて話をしている。


「宰相閣下、勇者五人が強行突破で城外に出て何処かに向かいました。宰相閣下のご命令だと言う事でしたが、本当でしょうか?」


「いえ、私はそのような命令は出しておりませんよ。どちらに向かいましたか?」


「ハイッ、城を出た彼らは真っ直ぐに進んで行きました。町を出ての任務だとか言っておりましたので、町の外に出てしまったかも知れません」


「直ぐに兵を組織して、後を追って下さい。十人体制で二班でお願いします。見つけても後をつけて、居場所の把握だけで構いません。彼らは気配察知、魔力感知が使えますから、近付き過ぎない様に徹底して下さい」


「ハイ、畏まりました! 直ぐに手配します! 失礼します!」


 そして、文官の人が残った。


「閣下、陛下と王妃殿下からまた無理難題が来ました。隣国に攻めこむのはいつなんだと·······」


「むう、またですか? ふむ、それについては明日の朝に陛下に私から話をしましょう。少し考えをまとめますから、明日まで待って下さい」


「はい、よろしくお願い致します······ 閣下、一言だけ言わせて下さい。閣下が宰相になって下さって本当に良かったと、王族以外の者は皆がそう思っております」


「キヒヒヒ、そんなに褒めて頂いても、給与は上げられませんよ」


 照れ隠しだろう、ナッツンはそう言って文官さんも退室させた。

 

 俺は通信石を握り、ナッツンに話かけた。


『ナッツン、奴らは町を出た。東門から出ていったよ。どうやら脅しが効きすぎたみたいでな······ サヤが張り切っちゃって······』


『あら、張り切る私を嬉々として手伝ってくれたのは誰かしら?』


『キヒヒヒ、お二人とも有り難うございました。当初の予定とは違いましたが、これで私も安心して政策に挑めます。しかし、サヤさんのご家族には何て説明しましょうか······』


『ナッツンさん、説明は私からしておきます』


『おお、それではサヤさんにお願いしますね。トウジさん、明日の夕方に英雄のお二人を連れて、エルさんのお店に来て貰えますか? 今後についてお話したいのです』


『ああ、分かった。それじゃ予定と違うが俺達は家に帰るよ。また、明日な』


『はい、また明日。よろしくお願いします』


 そして、俺達は城を出て家に帰った。

 家の前に着くと、あの声が微かに聞こえてくる。サヤの顔は真っ赤になっている。

 それもそうか、近所の人には俺とサヤが頑張ってると思われるからな······

 俺は家に無音をかけて、声が漏れない様にしてから中に入り、邪魔しない様に居間でサヤと二回戦をして、

 翌朝、二人にバレないように家を出てから、今帰った風に演技しなきゃいけないなぁと考えながら眠りについた······

 


 

 


  


 

 

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