レーヴェン公爵Ⅰ
「ところで、今日はレーヴェン公爵家に招かれているのですが、どうしましょう」
実家に続きブランドの家にまで嫌がらせを受け動揺していた私だったが、ふと今日は予定があったことを思い出して侯爵に尋ねる。こんなことがあったのに呑気にパーティーに行っている場合ではないが、かといってせっかく招待してくれたのに行かないのも角が立つ。
そんな私の疑問に苦々しい表情のレイノルズ侯爵が答える。
「それなんだが、わしらはこんなことがあった以上対処しなければならない。無駄と分かっていても調査はしなければならない。だからわしとロルスは家に残るから、レイラだけ行くのだ」
「え、私だけですか!?」
私はこの家に嫁いで日が浅い身です。そんな私がレイノルズ侯爵家を代表して大丈夫なのでだろうか。
「ああ。言ってはなんだが、レーヴェン公爵も恐らくレイラの魔力に目をつけてパーティーに呼んでくださったのだろう。だからレイラが行けば最低限大丈夫なはずだ」
「ああ、大変かもしれないが、僕らもこんなことがあった以上対策と情報収集にあたりたい」
ロルスも険しい表情で言う。
二人がそう言うのであれば私としてもそれに従うしかない。一人で、レイノルズ侯爵家の代表として赴くのは不安だが役目を果たさなければ。
「分かりました、行ってきます」
こうして私は一人でレーヴェン公爵の屋敷に向かうことになった。
レーヴェン公爵というのはこの国に古くからいる名家であるが、爵位とは裏腹に最近は国政はほぼ関われていなかった。歴史は長いが領地を発展させることに失敗して財政に余裕がなく、軍事や魔術ではオーガスト家とオールストン家に劣り、それ以外でも特にぱっとする功績がなく、名ばかり公爵家と化していた。
そんなレーヴェン公爵家に到着すると、古いながらも立派な屋敷があった。きっともっと勢いが盛んだった時代に建てられたのだろう。その前にはすでにたくさんの馬車が停まっていた。名ばかりとはいえさすがは公爵家だけあって人を集める力がある。
馬車には各家の紋章が刻まれているためぱっと見ただけでどの家が来ているのかが分かるが、ここ最近数回パーティーを回った時と共通する顔ぶれが多かった。
それを見て私はこれまで薄々思っていたことが正しかったと確信する。
私が招かれているパーティーは基本的に優れた魔法の力を示してしまった私とお近づきになろうという集まりだ。しかし私がオーガスト家やオールストン家と揉めているため、その両家と親しい家の人は顔を出しづらい。
逆にレーヴェン公爵家のように両家との繋がりがない家の者ばかりが集まるようになっていた。
私が馬車を下りて歩いていくと、早速近くにいた数人の貴族たちから話しかけられる。
「これはこれはレイラ殿。またお会いしましたな」
「最近は色々と大変ですが、いかがでしょうか?」
「レイノルズ侯爵は今日はいらっしゃらないのですか?」
最初はいきなりこんなに話しかけられて驚いたが、皆私に好意(例えそれが打算的なものだとしても)を向けてくれているため緊張する必要はないと気づいた。
「はい、すみませんが急用で」
「そうですか。そんな中来ていただけて良かった」
「いえいえ」
そんなことを話しながら私たちは屋敷に入っていくのだった。
「ようこそレイラ様、レーヴェン屋敷へ!」
私が他の貴族たちとともに屋敷に入っていくと、出迎えたのはレーヴェン公爵その人であった。年代物のタキシードを着こみ、顔には上品な笑みを浮かべている。年齢は四十近いだろうか。
「こ、これは公爵わざわざの出迎え、恐縮です!」
それを見て私は慌てて頭を下げた。いくら私がオールストン公爵家の娘とはいえ、レーヴェン公爵本人が出迎えるのは過ぎた礼遇だ。
が、公爵は恐縮する私に優しく微笑みかけてくる。
「いえいえ、最近はご多忙の中、わざわざ当屋敷に来ていただき、かたじけない」
「そんな! こちらこそお招きありがとうございます!」
「ところで最近は色々と大変と聞くが、大丈夫だろうか?」
レーヴェン公爵は柔らかな笑みを浮かべつつ核心を突いてくる。力は失っていても人脈はまだまだ健在な彼は今うちで何が起こっているのかの情報も入ってくるのだろう。
とはいえ、どれくらい知っているのだろうか。
それを探るために私は情報を小出しにしてみる。
「実は今色々とトラブルが起こっていまして……」
「ああ、知っている。大きな家に睨まれると色々大変でしょうな」
彼はまるで全て知っている、と言わんばかりに意味ありげな表情を浮かべる。
これはもしかして助けてくれる意志があるということだろうか。それともこちらの弱みにつけこんで何かしてくるということだろうか。
実家にいたころに貴族社会と断絶していたせいで、レーヴェン公爵がどのような人物なのかが分からない。
「そうですね、色々と大変です」
私は一度曖昧な答えを返したが、すぐに思い返す。
レイノルズ侯爵とロルスは調査にあたると言っていたが、あの二家がそんなにすぐばれるような証拠を残しているとは思えないし、ある程度のことは政治力で封殺されてしまうだろう。
となれば彼が信用出来るかどうか分からない人物でも、私が積極的に動いて味方を作らなければ。
「正直かなり厳しい状況ですが、そもそもレーヴェン公爵はどうして私をこのパーティーに招いてくださったのでしょうか?」
「実は、私には病気の娘がいるのです。王宮でよりすぐりの名医に診てもらったのですが、匙を投げられてしまいまして。そこでレイラ様ならどうか、と」
父上には訊かなかったのか、と尋ねようとして私は気づく。
あまり関係が良好ではない父上に対してレーヴェン公爵は借を作りたくなかったのだろうか。もしくは頼んで断られた可能性もある。
ここは私は気前のいい返事をして印象を良くしておこう。
「私で良ければわざわざこんな大がかりなことをしていただかなくても、いつでも協力しますわ」
「おお、本当か!? それはありがたい」
私の言葉にレーヴェン公爵はほっとしたような表情を浮かべる。
彼もやはり人の親ということらしい。少しでもうちの父が見習ってくれるといいのだが。
そして私に近づこうとした目的が純粋なものだったことにほっとする。
「あれだけの魔力がありながらそれを惜しげもなく他人のために使ってくれるのか」
「あんな魔力を持っていながらも偉ぶらないのは凄いことだ」
「オールストン公爵とは大違いだ」
そんな私の返事を聞いて、周囲の貴族たちもそんな会話で盛り上がっている。
そういう印象を持たれたのであればひとまず良かった。
「ではそれは後程ということでとりあえずはパーティーをお楽しみください」
こうして私たちはパーティー会場の広間に到着したのだった。
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