実家からの嫌がらせ

「全く、一体人を何だと思っているんだ!」


 家臣が去った後もロルスの怒りは収まらないようだった。

 が、対照的にレイノルズ侯爵は頭を抱えている。


「やはりオールストン公爵も敵に回ったか。一体どうなるものか」


 私も自分の家の大きさが分かっているだけに無責任に「大丈夫ですよ」とは言えない。とはいえこれは私たち全員で決めたことでもあるから私だけが過剰に責任を感じ続けるのも逆に失礼だ。

 そう思って私はそれ以上何も言うことは出来なかった。


「一体どうすれば……」

「調査をしてもいいが、本当にオールストン公爵家がバックにいるなら証拠を出すようなことはないだろう」


 レイノルズ侯爵は苦い表情で言う。


「とりあえず今後は重要なものを運ぶ際にオールストン公爵家の領地には近づかないようにするしかないだろう」




 とはいえ、話はそれだけでは終わらなかった。

 むしろその事件は発端に過ぎなかったと言える。

 その翌日のこと、再び家臣が慌てた様子で駆け込んでくる。


「大変です、領地から運んでいた小麦の隊列が賊に襲われました!」

「何だと!?」


 その場にいたロルスがぎょっとした声を上げる。

 思わず私は彼と顔を見合わせた。


「幸い追い返すことは出来、我らは護衛の兵士とともに追尾したのですが、逃げていった賊はオーガスト公爵家の領地に入ってしまい、そこで追い返されてしまいまして」

「オーガスト公爵家!? ブランドの家ではないか!」


 それを聞いたロルスは怒りで声を震わせた。


「はい、賊の捕縛はこちらで行うから兵士の侵入は困る、と言われてそれ以上強行することも出来ず……」


 同じ国といえども貴族の領地はそれぞれの人物により治められているため、他家の兵士が入ることを拒否することは時々起こる。

 とはいえ、このタイミングで起ったということを考えると、おそらくオーガスト公爵家の息がかかった賊だったに違いない。


「くそ、卑怯な真似をしやがって!」

「大きな声が聞こえたが、一体何があったのだ」


 そこにレイノルズ侯爵もやってきた。


「今度はブランドにやられた!」


 ロルスは怒気を露わにそう言い、それから報告があったことをまくし立てるように伝える。それを聞いたレイノルズ侯爵は怒りというよりはどんどん表情が険しくなっていく。

 そして聞き終えると、吐き捨てるように言った。


「くそ、こちらが小さい家だと侮っているのか!」

「このようなことは許せません、どうにか仕返しする方法はあるのでしょうか?」

「落ち着けロルス、とりあえずオーガスト公爵に賊を引き渡すよう書状を送るところから始める他あるまい」

「分かりました。しかし、このままでは……」


 今回はたまたま撃退することが出来たから良かったが、今後たびたびこのような襲撃を受ければたまったものではない。


 もちろんこんなことが続けば向こうも怪しまれるだろうが、王国内で最有力のオーガスト家とオールストン家の両家が手を結んでしまっているため、なかなかそれに物申せる家はないだろう。


 父上が絶対にオールストン家に私を輿入れさせようとした理由が皮肉なことに身を持って理解してしまったのだった。





「大変です、領地からの税が届いてません!」

「何だと!?」


 数日後、家臣が血相を変えて飛び込んでくる。

 それを聞いて侯爵も表情を変えた。


「一体どういうことだ」

「それが、領地で納税された特産品の香辛料を王都に向けて運んでいた者たちなのですが、そこに謎の人物が現れて、運ばなくて良くなったと言われた、と」

「何でその謎の人物の言うことを聞いたんだ。そいつはわしの家臣の振りをしていたのか?」


 それを聞かれて家臣は首をかしげる。


「いえ、そういう訳ではないと思います。届かなかったことに異常を感じて調べようとしたところ、たまたま人夫の一人がそのまま王都に用があるからと手ぶらで王都にやってきたことで真相が分かったということなのですが、彼によると謎の人物は本当に知らない人だったということです」

「それで、人足頭がそいつの言う通りにほいほいと隊列を解散したと?」


 末端の人足ならまだしも人足頭にはそのようなことをしない信頼のある人物が選ばれているはずだ。

 そのため侯爵は信じられない、という風に首をかしげる。


「正確には、彼と親しい数人で近くの都市に物資を運ぶことになったので他の者はもう帰っていい、と給料だけ渡されて解散したようです」

「なんと……ちなみにその都市は」

「マンダールです」

「はっ」


 それを聞いて私は息を飲んだ。そこは私の、というかオールストン公爵家の領地にある都市だからだ。侯爵もそれを理解したのか顔が青ざめていく。


「つまり、オールストン公爵の手の者が買収なり脅迫なりで我が家の人足頭に物資を横領させた、と」

「おそらくそういうことだと」

「何と言うことだ……」


 そう言って侯爵は天を仰いだ。


「その謎の人物の行方は……」

「全く分かりません」


 家臣は力なく首を横に振った。

 それを聞いて私も背筋が震える。特産品を運ぶという仕事を任されているからには人足頭はおそらく歴が長いか信頼がおける人物だったのだろう。それを買収するなら多額の鐘が必要で、脅迫するなら周到な準備が必要なはずだ。

 それにそんなことをすれば当然周囲の顰蹙を買う。損得勘定で言えば物資を奪ってもなお損の方が大きい行為であり、つまり嫌がらせだろう。


 しかもこちらは今のところ全く証拠を掴んでいない。仮に今の情報だけで問い詰めたとしても、


「あなたの家の家臣の管理不行き届きでは?」


 と一蹴されるだけだ。その予想がつくからこそ、私は父上のやり方に震えた。


 やはり彼にとって人は駒に過ぎないし、望む結果を手に入れるためならば何でもやるということなのだろう。

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