実家からの脅迫

 そんな訳で私たちがにわかに忙しくなってから一か月ほどが経った。

 最初は戸惑うことや大変なことも多かったものの、だんだんと慣れてきた。最初は毎日のようにあちこちに出向く生活に随分疲れたが、それが続くと慣れてきた。


 例えば最初は礼儀作法やドレスコードなども全部覚えていちいちそれをチェックしていたものだったが、人々が気にしているのはその中の半分ほどで、さして気にされていないものも数多くあると分かった。

 それにパーティーやお茶会で知らない人と話すのも最初はすごく緊張したが、だんだん初対面の話題の定番なども分かってきたため、随分力を抜いて話せるようになっていった。


 財政の問題も大変になるかと思ったが、私の評判が広まると周囲から贈り物が届いたり、王家からも「忠勤報奨金」というよく分からないお金をもらったりと意外と何とかなった。

 嬉しい気持ちもあったが、少し有名になった瞬間にここまで露骨に周囲が手の平返しをしてくると思うと怖くなってしまう。




 そんなある日のことだった。


「大変です、オールストン公爵家からの使者だという方がやってきました!」


 家臣が慌てて報告してくる。それを聞いて私とレイノルズ侯爵、そしてロルスは表情を変えた。

 ブランドが脅してきてから一か月ほど、何もなかったのでこのまま何もなく終わるのではないかという期待が芽生え始めていたが、やはりそうはいかないらしい。


「ついに来たか」

「とりあえず通せ」


 レイノルズ侯爵が言うと、この間この屋敷にやってきた父上の家臣が顔を見せた。

 前回私が啖呵を切って追い返したせいか、今度は最初から険しい表情をしている。


「用件はもうお分かりでしょう。レイラ様は今すぐに我が家にお戻りください」

「そんな勝手な言い分が通る訳ないでしょう!?」

「大体僕とレイラの結婚はそっちが決めたんだろう!?」


 特に自分の妻を奪われそうになっているロルスは怒り心頭だ。

 が、家臣は表情を変えずに答える。


「残念ですが、二人が結婚しているという証拠はありません。聞いた話によれば満足な式も開かれていないとか。そちらも最初はレイラ様が魔法が使えないと知って離縁しようとしていたのでは?」

「そ、そんなことはない!」


 侯爵はそう言うが、明らかに声が上ずっている。


「ブランド様からも聞いているでしょう。ここは元々結婚ではなく、たまたま長期の滞在をしていたとかそういうことにしておいた方が傷は浅いですよ」

「そんな馬鹿なことが出来るか!」


 ロルスは激怒する。結婚したように見えて実は遊びにきていただけだった、なんてそんな話は子供でも信じないだろう。


 父上としては自分がわたしの能力を見ぬけずに追い出したという事実をなかったことにしたいのではないか。もしくは私がきたせいでレイノルズ家が急に魔術の名門になりオールストン家を脅かす存在になることを恐れているのかもしれない。


「そうですか。それはオールストン家とオーガスト家の両家を敵に回すということでいいのですか?」

「理不尽な言いがかりをつけた上に脅すつもりか!?」


 ロルスはそれでも食い下がる。

 それを見てこちらの説得は難しいと思ったのか、家臣は今度は私の方を向いた。


「なるほど、ではレイラ様はいかがでしょう? ここで素直に戻れば今度はもっと裕福な暮らしが出来ます。多少の贅沢であれば思いのままです」


 父上のことだから私が実家に戻れば、きっとこれまでのいきさつなどなかったかのように私にも公爵令嬢並みかそれ以上の暮らしをさせてくれるのだろう。


 とはいえ、今更そんなことをされたからといってこれまでのことがなかったことになる訳がない。

 それに、せっかくレイノルズ家の人々と打ち解けたのに離れるなど持っての他だ。


「そんなものはいらない!」

「ならば逆でも構いません。このままこの家にいれば様々な迷惑がかかりますよ」


 私が語気を荒げて断ると、家臣はようやく本音をのぞかせた。

 恐らく前回の私の返答から穏便に解決するとは期待していなかったのだろう、彼は畳みかけるように言う。


「いいのですか? 風の噂だとここで仲良くやっているようですが、それならこの家の方々を守るために実家に戻っていただいた方が賢明と思いますが」

「くっ……」


 そう言われるとさすがに先ほどのように即座に断るという訳にもいかない。


「一体なぜそこまでするの? 大体ブランドなんて家柄だけの男にそこまでして私を嫁がせたいの!?」

「違います、家柄と武術だけの男です」

「いや、そういう問題では……」


 それは何のフォローにもなっていない。

 というか、それが分かっていて私を嫁がせようとしていたのか。


「レイラ様は聡明なのでお分かりのはずです。オールストン家とオーガスト家の両家が婚姻を結ぶことの重要さを。そしてその当人はそれぞれ魔術と武術さえ極めていれば何とかなります」


 ブランドは武術の実力さえ伸ばすことが出来れば血統により軍事の要職に就くだろう。その際に血縁があればメリットは大きいというのは理屈では分かる。

 政略結婚と言えばそれまでだが、だからといって一度婚約破棄と追い出し結婚までされたのにそれに従えと言われても無理だ。


 とはいえ、一応レイノルズ侯爵とロルスの方を向く。

 すると今度は侯爵が口を開いた。


「くそ、これが上流貴族のやり方か! 人間を駒のように扱うだけならず、それを他家にまで強要するとは! そのようなやり方に金と引き換えに屈すれば、我らは末代までの恥となるだろう!」

「恥になるというのは不自由のない家だけが言えることだと思いますが……」

「うるさい! それ以上上級貴族の理屈など聞きたくない!」

「そうだ、そうしないと上流になれないと言うなら我らはずっと蔑まれたままで結構!」


 ロルスも声を荒げる。

 それを聞いて家臣は顔をしかめた。そして席を立つと、捨て台詞のように言う。


「まあそう言うのは自由です。この後何が起こるかは分かりませんが、一応、後悔したらいつでも謝罪は受け付けているということだけは伝えておきます。それでは」


 そして彼はすたすたと部屋を去っていくのだった。


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